第312話 監察官・雷門善吉の閃き

 再び協会本部の『ゲート』の前に作られた本陣からお送りします。


「……これは。予想外の事実だな。キュロドスにアトミルカにとってそれほどまでに重要な拠点があったとは。偶然と呼ぶにはいささか幸運が過ぎる気もするが」

『それもこれも、下柳さんに『基点マーキング』を付けてくれた逆神くんの判断のおかげですよ』


 五楼は「それは認めざるを得んな」と頷いた。


「逆神を出してくれ」

『逆神くん! おおい、逆神くん!!』



『ひぎぃぃぃぃぃぃぃっ! あべぇぇぇぇ! おぎゃえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』

『大丈夫、下柳さん! 人はワサビじゃ死にませんから! 多分! そして僕の出せるワサビの数を知りたいですか? 53万です! さあ、どんどん行きましょう!!』



 なにやら混線している模様である。

 南雲が頭をかきながら、五楼に謝罪した。


『すみません。逆神くん、今は忙しくて手が離せないと』

「ああ。そうか。……一応最高責任者として聞くが、あの痴れ者は何をしている?」



『下柳さんの体中の穴にワサビ具現化して詰め込んでます。満面の笑みで』

「そうか。この耳障りな豚の鳴き声の理由が分かった」



 六駆は現在、下柳則夫のお勘定で忙しい。

 彼の犯した罪は重く、そして多い。


 償うのなら命をもってするくらいの規模だが、それではチーム莉子の乙女たちに刺激が強すぎる。

 また、南雲もそれを望まなかったため、六駆は温情をかけることにした。


 とは言え、自分の上官をあの世に短期出張させた罪はそう簡単にすすげるものではない。

 六駆はなんだかんだ言って、南雲の事が好きなのだ。


 よって、折衷案として「5回失神するまで、ワサビ責めの刑」に処する事にした。

 現在、下柳は3度目の失神をしているところだが、六駆のスキルですぐに覚醒させられる。


 人を傷つけると自分が傷つけられる時に何も言えない。

 やったらやった分以上にやり返される。


 この世の縮図をワサビで体現して見せる男。逆神六駆。


「……まあ、南雲の敵討ちのつもりなのだろう。私も個人的に下柳は許せんと思っている。特例的に、報復措置を見逃そう。逆神に言ってやれ。精々あの豚を苦しめてやれと。ただし、殺すなよ。豚にはこれから聞きたい事が山ほどある」


『恐らくですが、本部に着くころには従順になっていると思いますよ。この世の終わりのような叫び声がもう30分は続いていますから。逆神くんの名前を囁くだけで、尋問は終わるかと』


 なお、六駆と南雲のいる周辺だけに『無風監獄カームプリズン』が展開されており、豚の鳴き声は外部に漏れないと言う用意周到ぶりである。


『それで、今後の事なのですが。どうしましょうか? 意見具申させて頂けるのならば、私はこのままアトミルカの拠点を急襲すべきだと思います』

「確かに。現在の状況は千載一遇と言える。アトミルカの軍事拠点、それも最大クラスが存在する異世界に、敵が察知していない状態で探索員協会の部隊が潜入しているという事実。これは恐らく、過去に例のない好機だ」


 五楼は「だが」と前置きをして、続ける。


「部隊のメンバーの疲労はどうだ? 特に、チーム莉子と和泉は報告を聞く限り消耗しているだろう? 万全の状態でなければ、進軍は許可できんぞ」


 五楼京華は口調が厳しいだけで、中身はとても優しいお姉さん。

 探索員を預かるトップとして、まずは身内の安全を優先する。


『それなら大丈夫ですよ! 五楼さん! どうも、逆神です!!』

「……貴様の背後に汚い汁にまみれた豚が映っている。不快だから、アングルを変えろ」


 六駆は「ふぅぅぅんっ!」と言って、豚を蹴飛ばした。

 この豚には既に悲鳴を上げる体力も気力も残っていないようであった。


『どうも! 逆神六駆です!!』

「……分かった。5万やるから、端的に話せ」



『うひょー! 僕たちが軍事拠点まで進軍しますから、そこで『ゲート』を開いてですね! そっちで待機している監察官の皆さんに突入してもらうのはどうかなって!!』

「……貴様、5万でどうしてそんなに頭の回転が速くなるのだ? ……だが、悪くない案だ。少し待て。こちらで協議をする」



 六駆は「分かりました! 僕は豚柳さんを梱包してそっちに送る準備をします!!」と答えて、画面から消えた。

 『ゲート』の汎用性の高さに南雲も五楼も閉口している。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ワシは名案じゃと思うで? 門を潜りゃあすぐに敵陣っちゅうのがええのぉ! 楽に戦って、仕事が終わりゃあ直帰できる!」

「確かにそうかもしれん!! 久坂は高齢なのだから、体を労わると良い!!」


 協会本部のご意見番はこの機に乗じる気満々である。

 対して、慎重派の意見も当然出てくる。


「ボクは手放しでは賛同できません。大規模軍事拠点と『ゲート』で繋がると言う事は、協会本部がそれだけ危険に晒されると言う事です。下柳くんだけでもあれほどの被害が出ました。それが、今度は彼よりも上位ナンバーが何人もいると言うのは……」


 楠木の意見も至極正しい。

 防御指揮官としても、模範的な回答だと言える。


「うぉぉぉぉん! 俺様がいるから大丈夫だぜぇー! 楠木のおっさん!!」

「確かに木原くんの存在は頼もしいですが、討ち漏らす危険性がゼロになったとは言えませんよ」


 と、ここで控えめに手を挙げる男が1人。

 ここのところすっかり喋らなくなった、雷門善吉監察官である。


「よろしいですか?」

「何を遠慮している。意見があるならどんどん発言しろ」



「号泣しながらの方が良いですか?」

「雷門……。貴様、どんどん自分を失っているぞ。気を確かに持て」



 雷門は「では」とハンカチを引っ込めながら口を開いた。


「イギリスに滞在している水戸、川端の両監察官および、雨宮上級監察官に戦力として加わってもらうのはどうですか?」

「悪うない意見じゃと思うけどのぉ。どがいしてあやつらをキュロドスに入れるんじゃ? 人工島・ストウェアにゃあ『基点マーキング』がないけぇ、『ゲート』は開けんで?」


「それでしたら、【稀有転移黒石ブラックストーン】でストウェアには飛べますので。フォルテミラダンジョンの座標を解析、入力した別の【稀有転移黒石ブラックストーン】を用意して頂ければ」

「なるほど! フォルテミラダンジョンの入口までは移動できますな! そこで逆神くんに迎えに来てもらえば……!!」


 楠木の言葉を引き取ろう。

 そうすれば、イギリス滞在中の監察官を戦略に組み込める。


 特に雨宮上級監察官を戦力として計算できるのは大きい。


 監察官たちは雷門の閃きに感嘆の息を漏らした。

 すぐに五楼京華が命じる。


「よし。では、雷門善吉監察官。貴様にその任を与える。速やかに準備をさせるので、イギリスに飛んでくれるか? 山根、福田。日引も。ここは良いから、すぐにフォルテミラダンジョンの座標をサーベイランスから割り出して算出せよ」


 オペレーター組は「了解しました」と答えて、本部建物へ走って行った。

 キョトンとしているのは、発案者の雷門である。


「え、あの、私が行っても良いんですか?」

「現状、どの監察官も役割を持っている。無役なのは貴様だけだ。なにより、その素晴らしい発案を自分の手柄とせずに何とするか。行って来い、雷門」


 雷門は天を仰いだのち、目を閉じた。



「さ、最近ずっと、影が薄い自覚があっでぇウワッハッハーーン!! それでも、この作戦をウグッブーン!! ゴノ、ゴノ作せブッヒィフエエエーーーーンン!! 役に立チダイ!!  その一心でええ!! ィヒーフーッハゥ。ナ゛ッ!!」



 こうして、雷門善吉監察官が15分後にイギリスへと【稀有転移黒石ブラックストーン】で飛び立っていった。

 彼の行動が大きく戦況を変えることになるのはもう少し先の話である。

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