第172話 逆神六駆に喧嘩を売った異世界のドラゴン 有栖ダンジョン第25層

 チーム莉子は大急ぎで階層を駆け下りてきた。

 道中、モンスターの影はない。

 先ほどの黒炎が、全て焼き尽くしてしまったらしかった。


 莉子もクララも芽衣も、そして南雲も山根も、六駆の身を案じてはいない。

 むしろ第二波に備えて身の安全を確保するために六駆との合流を最優先にすべく、彼女たちは走っていた。


 下の階層に六駆がいなかったので少しばかり莉子は焦ったが、先行する山根のサーベイランスから「第25層に逆神くんを発見したっす」と報告を聞いて、胸を撫でおろした。

 続いて、かなり上層でダンジョンの内壁修理に当たらせていたサーベイランスが1基、現場に駆け付ける。


 南雲が操縦しており、様々な準備に余念のない監察官の対応が功を奏した形となった。

 これで、先ほどの黒炎が再度襲って来ても、チーム莉子とルッキーナの身は守れる事となる。

 改めて、サーベイランスの有能さが再評価された。


「あー! 六駆くん発見だにゃー!」

「みみっ! 師匠、座り込んでいるです!」


 第25層に下りてきて、六駆と合流を果たした彼女たちだが、力なく座り込む六駆を見て狼狽えるクララと芽衣。

 莉子はと言えば、真っ直ぐに六駆の元へと歩み寄る。

 そして、優しく声をかけた。


 敬愛する師匠の弟子として。

 相棒として。


「六駆くん? もしかして、楽して大金を得るチャンスを失っちゃったかな?」


 良いシーンっぽい流れだったのに、なんてセリフだろうか。


「……莉子ぉ! こいつが、最後の、最後のゴールデンメタルゲルなんだ!」

「そっかぁ。ちゃんと、みんなのお墓作ってあげたんだね」


「僕の1キロ10万の外皮が30匹分……! 僕の、僕のイドクロアが!! 莉子ぉ!!」

「うんうん。悲しかったね。泣いて良いんだよ?」


 良いシーンっぽく演出したいが、要するに「得るはずだったお金がなくなった。ちくしょう涙が止まらねぇ」と言っている訳であり、そんな俗っぽいセリフをどう装飾しても、根底にあるお金に対する愛だけがこんこんと溢れ出てきて隠しようがない。


『ええと、椎名くん? 逆神くんと小坂くんは、何をしとるのかな?』


 南雲、ヤメて差しあげろ。

 それは我々も思っているが、もう少しだけそっとしておいてやれ。


「あの2人は共犯者同盟ですからねー。2人にしか分からない、何かがあるんですにゃー」

「みみっ。芽衣たちは師匠の心の傷が癒えるのを待つだけです」


『要するに、お金を惜しんでいるんだよね? あれ? なんか長年連れ添った仲間との別れみたいな空気になってるのはなんでなのかな?』


 南雲、ヤメて差しあげろ。

 そこまで言うなら、六駆を絶望の底から救い出してやれ。


 すると、山根のサーベイランスが六駆と莉子の元へと飛んでいき、短く言葉をかけた。



『逆神くん。南雲さんが臨時ボーナス出してくれるみたいっすよ』

「えっ!? 本当ですか!? それって久坂さんの200万とは別ですか!? いくらですか!?」



 逆神六駆、リブート。

 この好機を見逃すようでは、南雲監察官の先も知れたものである。

 もちろん、監察官きっての知恵者は好機を捉えたら離さない。


『ああ、事態の緊急性が2段階ほど跳ね上がったからな。協会に掛け合って、報酬を出させよう。多くはないが、100万円程度なら上乗せできると思うぞ』


「さあ、みんな! 作戦を立てよう! 今度の敵はなかなか歯ごたえがありそうだ!!」


 完全に立ち直った逆神六駆。

 ゴールデンメタルゲルの被害総額を考えるとまだ余裕のマイナスなのだが、六駆おじさんのお金脳は100万円以上は全て「大金」に換算されるので、爆散したゴールデンメタルゲルと100万円は彼の中では同価値。

 お金の傷を癒すのは、新しい儲け話。


 ところで、さっきまで大事に抱きしめていたゴールデンメタルゲルの残骸をポイ捨てするな。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『つまり、さっきの黒い炎はドラゴンのブレス。これはルッキーナくんの証言も合わせて確定事項で良いだろう。それにしても、無属性と言うのかね、逆神くん』


「そうですね。僕の『赤壁の番人レッドブロック』は全属性に対応しますけど、唯一の弱点は無属性なんですよ。内容としては、物理攻撃が近いですね。物理じゃない物理攻撃。伝わりますか?」


 六駆と南雲による、高度な作戦会議が開かれていた。


 無属性のスキルは極めて珍しい。

 大概のスキルは何らかの属性が付与されており、その属性にもたれかかる形で存在している。

 つまり、「何もない状態。無に帰する状態でスキルを存在させる」技術が必要となり、その習得は容易ではない。


『なるほど。古龍の類であれば、無属性を操る手合いもいると。そういうことか』

「そうですね。あとは、うちの逆神流みたいに、代々スキルを伝承しているタイプかですね。ドラゴンの生態に詳しくないから断言はできませんけど」


『ああ、逆神流には無属性スキルもあるんだ。いよいよ規格外も極まって来たな。出来ない事を探す方が大変だとか、本当に君の家はすごいなぁ』


 3匹のドラゴンについては、ルッキーナもよく分からないとの事で、現状は「そのうちの1匹、もしくは3匹全てが無属性のブレスを吐く」と言う事実がチーム莉子にもたらされている唯一の情報である。

 これは実に心許ない。


「六駆くん、質問があるんだけど。いいかなぁ?」

「もちろん。僕の耳は弟子の質問を無視するようには出来ていないよ」


「ありがと! あのね、ドラゴンの吐く炎に属性があるって事は、わたしの『風神壁エアラシルド』じゃ防げない事もあるってことかな?」

「いい着眼点だね! 『風神壁エアラシルド』はブレス攻撃との相性が良いから、本来ならばかなり有効な防御方法なんだけどさ。小賢しい無属性付与のブレスだと、すり抜けちゃうんだよ。特に風属性のスキルは単純な防御力だと低い方だし」


 六駆は「だから、今回は莉子が前衛に出ての盾役は危ないからやらせられないな」と締めくくった。


「あ、あの。間違ってるかもですけど、多分異界の門にいるドラゴンは1匹だけだと思います」


 ルッキーナから建設的な意見が飛び出した。

 彼女が言うには、根城である休火山に1匹、多くのホマッハ族を捕えている西の王都に1匹が居るのが通常であり、それは順守されているのではないかとの事だった。


 また、配下はドラゴンの眷属モンスターが100体ほどいる程度で、数は多くないらしい。

 六駆は「何かの拍子で復活したばかりなんだったら、その辺りの体制はまだ盤石じゃないのかもしれないね」と見解を述べる。

 その意見には南雲も同調した。


「つまりですよ、南雲さん」

『ああ。分かっている。今回は、作戦よりもスピード重視だな』


「ですね。敵さん、多分さっきのブレスで僕たちを一網打尽にしたと思ってるでしょうから。ここはその隙を突いて、3匹の一角を崩しておくのが先の事を考えても最善だと思います」


 ルベルバック戦争の時のように、敵陣が準備万端で構えている訳ではない。

 ならば、奇襲には奇襲で対応するのも上策かと思われた。


「ひとまず、僕らの煌気オーラを消してダンジョンの最深部まで移動しましょうか」

『最深部では先行した山根くんが煌気オーラ力場を構築してくれている。その中ならば、人が無意識に出している煌気オーラくらいならば隠匿できるだろう』


 こうして、有栖ダンジョンを攻略したチーム莉子。

 勢いそのままに、スカレグラーナに乗り込む準備に取り掛かる。

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