第1369話 【エピローグオブダズモンガーくん・その1】はたらくトラさん

 ダズモンガーくんの朝は早い。

 本当に早い。


 300と何十年か生きているのに、魔王城の中で1番の働き者。

 ファニコラ魔王様の側近と魔王軍総司令官と魔王城食堂の料理番というトリプルフェイスを持つトラさん。

 ケルベロスである。いやさ、トラベロスである。


 ケルベロスとは三つ首を持つ地獄の番人だが、ベロスの部分が三つ首の意味を持っているのかどうかは分からない、分からない寄りの多分違う。

 しかしベロスを付けたらなんとなく首が3つある雰囲気になるのは何故か。


 さて、こちらのトラさんは首が1つ、頭も1つ、尻尾は夏毛になったので芽衣ちゃんにガッカリされているがそれも1つ。

 命も1つのオンリーワンなダズモンガーくんの朝は繰り返すが、早い。


「ぐーっはははは!! 『瞬動しゅんどう』!! 小鳩殿!! 吾輩、倉庫からサツマイモを箱で取って参りまする!! 今しばらくお待ちくだされ!!」


 そして速い。


 逆神流の使い手でもある獣魔人。

 しかも当代の逆神流、六駆くんにとっての一番弟子になる、ナンバーワンとオンリーワンを兼ねている、初期ロットから色々と肩書が増えまくったトラさん。


 日頃から修練は欠かさず、さらに実務にも積極的にスキルを使っていく。

 今朝の汁物はサツマイモ入りの豚汁であるからして、これはもう箱で必要なのは当然。


 魔王城の食堂はダズモンガーくんと小鳩さん、そこにみつ子ばあちゃんを加えた3人体制だったのだが、今はみつ子ばあちゃんがバルリテロリにお出かけ中。

 小鳩さんも結婚カウントダウンに入っており、ちょっと前までは「朝だけはいる」あるいは「夜だけはいる」だったのが「定期的に2日くらいいなくなる」に変化して来た。


 理由を尋ねるように無粋な真似はしない、実は武人でもあるダズモンガーくん。

 六駆くんには17年ぶりに再会した際など名前を忘れられて「ゲスモモンガくん!!」とか呼ばれていたが、この世界でゲスな部分の極めて少ない、高潔な魔族である。


「ぐーっはははは!! それでは皆様を起こしまするかな!!」

「よろしくお願いいたしますわ。わたくしはクララさんが下手したらまだ起きてるかもしれませんのでチェックして、ついでに瑠香にゃんさんをコンセントから引っこ抜いて参りますわね」


 小鳩さんが猫たちの専任飼い主になっているので、チーム莉子その他のメンバーの目覚まし代わりはダズモンガーくんの役目。

 彼は大きく息を吸い込んでから、必殺技を繰り出した。



「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 これが一番よく響くとは、り続けて数百年。

 ダズモンガーくん自身の評価であり、客観的事実でもある。



 朝ごはんに起きて来たチーム莉子のメンバーたちをもてなすのが朝一番の仕事。

 通常ならば「こいつらいつまで魔王城に住んでるんや。もうここにおる必要ないやろ」と思わないでもないはずなのに、ダズモンガーくんは「ファニコラ様も喜んでくださいまする! 皆様、何百年でもいてくだされ!!」と笑う。


 トラさんにこの言葉が適しているのかは分かりかねるが、極めて優れた人格者であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 現在は7月最終週。

 学生組はみんな夏休み。

 朝ごはんを済ませたら思い思いの過ごし方をするため、ダズモンガーくんも自身の仰ぐ主君の元へ馳せ参じる。


「ファニコラ様!! 本日もスキルの修練といたしま」

「『石牙ドルファング』なのじゃ!!」


「ぐああああああああああああああああああああ!!」


 こちらのトラさん、厨房に立てばお料理大好きタイガーだが、戦場に立てば盾となる。

 耐久値に極振りタイガーとしてバルリテロリ戦争には途中参加。

 そして喜三太陛下が六駆くんと莉子ちゃんのラブラブアタックで天に召すまで見届けた。


「どうなのじゃ!? 妾のスキルは六駆殿や莉子たちと一緒にダンジョン攻略へ行ける水準になったのじゃ!? なったのじゃ!?」

「ぐーっははは! まだまだでございまする! 吾輩をらせる程度では六駆殿はもちろん、ノア殿にも足手まといと笑われまするぞ!!」


 嘘である。

 ファニちゃんは毎日ダズモンガーくんに8らせるのが日課であるからして、既にスキル使いとしての一般的な水準は突破済み。

 日本本部の基準で見ればCランク探索員レベルに到達している。


 だが、ファニちゃんは魔王様。

 なにかあってはミンスティラリアの一大事。

 忘れられがちだが、というよりは他のところが凄惨なので目立たないと評した方が適切かもしれないが、ミンスティラリアも君主独裁制である。


 しかも人族という、魔族とは数千年ほど敵対関係にある種族が住んでいる。

 今は逆神六駆という過ぎた抑止力が存在しているので、もう収容施設から解放してその辺を歩いているし、魔族と出会っても「あ。お疲れ様ですぅ」と殊勝に頭を下げるが、これもファニちゃんというマスコット、失礼、魔王様が現世やルベルバックと有効かつ友好な関係を築いているがゆえの平和。


 もちろんその戦列にダズモンガーくんも加わる。

 そのための毎日8である。


「ぐーっはははは!! 吾輩に40文字くらいは出させなければ、六駆殿たちは相手をしてくれませぬぞ!! さあさ、吾輩の腹部はがら空きでございまする!! 撃ち込むならば今ですぞ!!」


 こうやってファニちゃんを少しずつスキル使いとして仕上げて行き、六駆くんたちがいずれミンスティラリアから離れる時に備えているのだ。


「あー! いたいた、ダズモンガーくん!」

「六駆殿!! いかがなされましたか!?」



「莉子とゲームしてたんだけどさ! 多分、そろそろお腹空かせる頃だと思うんだよね!! なんかこってりした摘まめるもの作ってくれない? あ。今って暇だった?」

「かしこまりましてございまする!!」


 六駆くんたちがミンスティラリアを離れる時って来るのだろうか。



 再び厨房に戻るトラさん。

 まだ時刻は午前10時過ぎである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 厨房で中華鍋を振っていたところ、珍しい来客があった。


「くくっ。精が出るようで結構なのだよ。ダズ」

「おお。シミ。珍しいではないか。お主が厨房に顔を出すとは。雨でも降るか」


「雨は降るかもしれんのだよ。ただし、赤い色のものがね」

「む? 含みのある物言いをする。何かあったか?」


「レスジャレオンが群れで確認されたのだよ。さらに近隣の村を襲っていると確認された」



「それはモンハンに出て来るモンスターで良いか?」

「ミンスティラリアの神獣なのだよ。ダズが少しばかり現世に染まり過ぎていて私は時おり心配になって来るのだよ」


 かつて莉子ちゃんが『苺光閃いちごこうせん』で初めて仕留めた、空飛ぶデカい魚である。



 レスジャレオンが大量発生して、村々を襲っているという。

 原因も既に特定しているダズモンガーくんの幼馴染、シミリート技師。


「ダズ。お前が推進しているグアルボンの養殖。アレのせいでミンスティラリアの生態系がおかしくなったのだよ。もうこちらにお越し頂いている。あとは2人に任せたのだよ。私は戦力になどなれないのでね」


 シミリート技師と入れ替わりにやって来たのはこちらの男。


「すみません。ダズモンガーさん。まずは私が照り焼きでこの場をしのぎます」

「バッツ殿。これは困った事になりまするな……」


 バッツくんはグアルボン養殖事業の責任者次席。

 ダズモンガーくんは総責任者で魔王軍総司令官。


 お仕事の時間は続く。

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