第1368話 【エピローグオブ加賀美政宗】知らぬうちにお化けサイドに足を突っ込んで久しいイクメンでイケメンで自分にも他人にも厳しい男

 加賀美政宗監察官。

 現在は29歳。もうすぐ30歳。


 大学時代に学生結婚をしており、初登場時にはもう妻帯者だった。

 子供は2人。上の子は小学生、下の子も幼稚園に通う元気な盛り。

 休みの日は家族4人でちょっとした旅行に出かけるのが習慣であり、一泊二日で行ける距離の遠出を月に1度は絶対に催すというイクメンの鑑である。



 加賀美だけに。

 鑑である。



 端正な顔立ちに長身、痩身、もっと言えば細マッチョ。

 男子探索員人気ランキングの常連であり、仮に独身であれば1位を常に狙えたであろうことは疑いようもない。


 主な戦型はイドクロア竹刀を用いた煌気オーラ斬撃。

 刀を得物にするスキル使いは結構いるが、殺傷能力の低い竹刀を得物にしているのは加賀美さんだけであり、それは彼の「対人戦闘においては相手を極力傷つけたくない」という理念によるもの。


 半端な覚悟でキメる不殺の誓いは身を滅ぼすきっかけとなり得るが、彼は自身に課した縛りを遂行できる実力をしっかりと標準装備して常に絶やす事がない。

 下柳則夫元監察官の裏切り、川端一真元監察官の亡命、雷門善吉元監察官の気付いたらおらんようになっとった等の人手不足が重なり、ピース侵攻の際に監察官へと昇進。

 20代の監察官は日本本部最年少であった。


 ちなみにそれまでの最年少は水戸信介監察官だったが、だから何だと問われると答えに窮するため特に何でもありませんでしたと付言しておく。


 Sランク時代までずっと所属していた雷門監察官室の人員の大半を引き取って、現在は育成と任務の両方に邁進する、現在最もフレッシュな監察官室の長である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「監察官! よろしいでしょうか!!」

「もちろん。なにかな? 吉川さん」


 加賀美さんの副官だった佳純さんが「申し訳ありません!! 私、自分のおっぱいの使い道を見つけたんです!!」と和泉監察官室へ転属したので、新しく監察官室の中で募った副官。

 その結果、就任したのがこちらの乙女。


「山嵐Aランクがおかしくなっておられます!!」

「そうか。彼はそれが普通だから、気にしないで良い。自分が見てみよう。吉川さんは書類整理をお願いできるかな? もう自分の決裁は済んでいるので」


「はい!」

「ああ、それから。吉川さん」


「はい?」

「そうやって、自分に声をかけてくれる度に気を張られると……なんだろう。こちらの方が恐縮してしまう。もっと自然体でいてもらえると助かるな」


 吉川桃実ももみさん。

 21歳。Cランク探索員。

 探索員として自身の壁を感じていたところ、選考に手を挙げたら採用された。



あーすはい。じゃ、やっときます。おしゃーすお疲れ様です

「吉川さん。オンとオフの使い分けを覚えよう。自分も一緒に頑張るからね」


 事務仕事は得意。気を張ると佳純さんやリャンちゃんタイプになり、気を抜くとやる気が足りないコンビニのバイトみたいになる。

 気を抜いている時の口癖は「あーす。そこにないならないっすねー」である。



 若手の多い加賀美監察官室。

 人材育成を得意としていた今は亡き呉の雷門さんの志を継いで、加賀美さんも後進をバリバリ育てていく所存。

 そんな方針なので、加賀美監察官室はBランク以下の探索員の数が極めて多く、比率で考えると少しばかり不均衡。


「山嵐くん! 君はこれから任務だったはずだろう?」


 そこで山嵐助三郎くん。

 4月に行われた昇進査定で見事Aランクになった、25歳。

 あまり知られていない事だが、この世界で最初に悪玉菌として登場して、最初に善玉菌へ所属を移した男でもある。


 必殺技は『ガイアスコルピウス』、土属性で組み上げたバリスタから放つ土塊の一撃はなかなかに強烈。


「すみません……。加賀美さん……。自分には無理です……。前回も失敗しました……。リーダーなんて自分には荷が重すぎて」

「何を言っているんだ! 自信を持って! 逆神くんから聞いているんだよ? 君は彼と初対面にも関わらず食って掛かったらしいじゃないか! それに当時は山嵐組という部隊の隊長だっただろう?」



「う、うぅぅぅ!! ヤメてください!! 心臓が痛い!! 頭が割れそうだ!! 自分、なんで生きているのか分からないのが今生きていて1番の悩みなんですよ!!」


 山嵐くんは善玉化して心が綺麗になったのと同時に、メンタルが弱くなった。



「困ったな。だったら、自分と担当を代わるかい? こっちは未踏のダンジョン攻略だけど。1名で申請しているから。イケるかい?」

「イケませんよぉ!! 加賀美さんが単騎でやる仕事を自分が1人で!? むしろ逝けますよ!!」


「イケるのかい!?」

「イケませんってば!! 逝けますぅ!!」


 山嵐くんは実力的にもキャリア的にもAランクに過不足ないものを備えているのだが、本番に弱い。

 今回で部隊を率いる任務は5回目だが、結果は5打数0安打。

 だいたい途中で貴重な【稀有転移黒石ブラックストーン】を使って部隊丸ごと戻って来る。


 そんな押し問答をしていると、監察官室に来客があった。


「加賀美さん! 今ってよろしくぅ!?」

「ああ!! 屋払さん!! ちょうど良かった!!」


 年齢が近く、実力も近いし同じく嫁さんがいるピリオドの向こう結婚式へ到達した男。

 屋払文哉Aランクがやって来た。


「よろしくぅ? うちのトメ子が漬けたぬか漬け持って来たんだけど、なんか問題でもよろしくぅ?」

「ええ! 助かりました! 今日は非番でしたよね!?」


 山嵐くんが「それはそれで無理ですよぉ!!」と叫んで崩れ落ちた。

 さては君、ほんのり分析スキルの素養があるな。



◆◇◆◇◆◇◆◇



あーすあのいんすかーよろしいのですか? 山嵐さんを屋払さんに任せてしゃーすしまっして」

「申し訳ないんだけど、吉川さん? ちょっとだけオンにしてもらっても良いかな? 自分もそろそろ30。若い子が何言ってるのかちょっと分からないんだ」


 吉川さんの背筋が伸びた。

 意外と胸部装甲強者の彼女だが、加賀美監察官室は隊服がある。胸を張っても目立たない仕様。

 ランクをお伝えできずに残念至極。


「はい! 屋払さんはバリバリの現場主義だと伺っていますが! 山嵐さん、ストレスで死んじゃいませんか!?」

「オンで元気よく死んじゃうかもと心配されると自分も心配になってくるな。とはいえ、大丈夫だよ。山嵐くんは強くなる。きっかけ次第なんだ。例えば、自分が殻を破れたのは逆神くんと監察官室対抗戦で戦ったのがきっかけだった」



「失言かもしれませんので先に申し訳ありません!! ……それをきっかけと呼べる監察官は充分にお化けかと!! そして山嵐さんはお化けじゃないと思います!!」


 吉川さんには物事を正しく見る目が備わっていた。



 副官の言葉に「そんな事はないよ。自分は未熟者だ」と応じながら、簡素なプレートを身に付けてイドクロア竹刀を担いだら準備完了な加賀美さん。

 時計を確認してから「よし」と頷く。


「では、自分も任務に行って来るよ。全21層のダンジョンと報告を受けているので、5時間で戻る。それまで監察官室を任せたよ。吉川さん!」


 そう言って監察官フロアにある転移座標へ向かった加賀美政宗。

 後姿を見送ってから「しゃーす。充分にお化けだと思いしゃーす」と吉川さんが形の悪い敬礼をした。


 加賀美さんは若手を使って育てるスタイル。


 雷門さん。戻って来るなら今が最適です。急いでください。

 今なら副官として加賀美監察官室に入れば大歓迎されます。

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