第353話 桜は咲かず ~留年確定だ! 椎名クララ!!~

 椎名クララは語る。


「だってにゃー。色々と忙しかったしにゃー。ほら、大学生の間は勉強だけが大事って訳じゃないしにゃー。アルバイトに精を出す子もたくさんいるしにゃー。サークル活動に燃える子もいるしにゃー。そうやって考え見るとだにゃー。もう1年同じ学年するのもにゃー。まあ、人生で見たらマイナスではないと言うかにゃー。むしろ、ほとんどの人が経験できない経験をすると言うかにゃー。そうやって考えると、無駄じゃないかと言うかにゃー。……あっ、今日試験の日だったにゃー。にゃははー」



 どら猫、後期の単位を全て落とす。



 気付けば、絵に描いたようなダメ大学生になっていた彼女。

 クララは、ダンジョンに入れば頼りがいのあるお姉さんになり、異世界に入れば六駆には及ばないものの、正義の使徒としての存在感を遺憾なく発揮する。


 だが、大学生としてやってはならない事を完遂フルコンプしようとしていた。


 探索員の仕事を優先した結果、授業にはほとんど出ず。

 そもそも大学には学食の安くてボリュームのあるご飯を食べに行くいくらいで、授業にはノータッチを貫いていたため、必然的に知り合いが減っていく。


 知り合いが減ると授業の内容を聞いたり、ノートを借りたり、レポートについて情報共有したりする機会が失われる。

 そうなると、更に大学のキャンパスから足が遠のく。


 さながら完全な野良猫である。

 猫になったんだよな君は。いつかフラッと現れてくれ。



 バカ野郎。毎日ちゃんと現れろ。学食でご飯食べてすぐに帰るな。



 そうやって来たからには、お勘定の時がやって来る。

 季節は3月。


 そう、学友たちが進級していく姿を「ここは任せて先に行け」とばかりに見送る、エクストラステージの到来であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「うにゃー。学生課からまたメール来てるにゃー」


 椎名クララと逆神六駆。

 彼らには似ているようで大きな違いがある。


「……まあ、今日は良いかにゃー? ちょっと体が怠い気がするしにゃー。別に今さら、急いで今日じゃなくても良いしにゃー。あ、ソシャゲのイベント回さないとだにゃー」


 六駆には莉子がいるが、クララには誰もいないのだ。


 六駆がこのように自堕落な日々を送っていれば、莉子がやって来て『苺光閃いちごこうせん』の1つでもぶっ放して無理やりにでも学校に連れて行く。

 彼は渋々ながら投降して登校するため、出席日数だけはギリギリ維持できる。


 対して、このどら猫の意志は弱い。

 そのスタイルの良い尻を蹴飛ばす学友もいないため、出席日数と言う最後の砦も簡単に崩壊する。


 六駆は試験に出て、果敢に0点を取った。

 これは褒められた事ではないし、そもそも0点ってどうやって取るのだろうと我々は首を傾げざるを得ないが、何をさて置き試験は受けている。


 対して、このどら猫は試験すらサボタージュしていた。

 「戦わねぇでも分かる。オラじゃ試験には勝てねぇ」とか、おおよそカカロットに言ってほしくないセリフを吐いて、彼女は戦おうとしなかった。


 せめてポーズでも良いから、戦う姿勢を見せていればと思わざるを得ない。

 そうすれば、六駆のように「探索員の仕事の重要性」と言う最終兵器を持ち出して、全ての単位とは言わずもある程度の単位の回収には成功していただろう。


「にゃははー。ペヤングの大盛ってすごいにゃー。これだけでお昼と晩ごはんの両方をまかなえちゃうにゃー。お供は缶チューハイだにゃー!!」


 日須美大学は私立であり、「前期にある程度の単位を取得していても後期で単位を取得していなければ留年とする」と言う文言が学則に明記されている。

 ペヤング食ってるどら猫がそれを知るはずもなく、今日も彼女は学生課からの呼び出しを無視して、ソシャゲの周回を繰り返していた。



 そして、その時は来る。



 緊急連絡先を両親ではなく、上官の南雲修一にしておいたのはクララの姑息な策であった。

 これにより、「親には地獄への過程は知られず、親が知る頃には地獄へと至っている」と言うルートが形成されるのだ。


 明けて翌日。

 夕方になって、クララの住んでいるアパートのインターフォンが鳴らされた。


 彼女はドア越しに応対した。


「あー。すみませんにゃー。うち、テレビないんですにゃー」


 ドアの向こうの人物は、膝から崩れ落ちた。

 「どうして私は彼女をもっと見てあげなかったのだろう」と、自責の念にかられる。


 我々は彼に言ってあげたい。

 別に、あなたのせいじゃありませんよ。

 遅かれ早かれ、この時は訪れたのですから。何も気に病む事はありませんと。


「椎名くん!! 君ぃ! 学生課からの連絡、6回無視しただろ!? 私のところに連絡が来たんだよ!! と言うか、君ぃ! なんで保証人を私にしてるんだね!? いいから、ちょっと開けなさい!! 椎名くん!! 私だよ! 南雲修一だ!!」


 南雲修一、来る。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 クララは、不承不承ながら南雲を部屋に招き入れた。


「ああ、良かった。とりあえず体調が悪いとかではなかったんだねうわぁ部屋が汚いなぁ!! 君ぃ! せめて脱いだ服は片付けなさいよ!!」

「にゃははー。それは脱いだ服じゃなくて、洗濯が終わって渇いた服ですにゃー。南雲さんのエッチー」



「同じ事だよ!! そして、私を何だと思っとるのかね!! こんなお盆過ぎた海で打ち上げられたクラゲみたいになった下着で興奮してたまるか!!」

「あー。酷いにゃー。女子大生捕まえて、南雲さんが酷いこと言ったにゃー」



 南雲はいつまで経ってもお茶が出てくる気配がないため、持参したコーヒーを淹れた。

 「君も飲みなさい」と言って、クララの分もマグカップに淹れてあげた。


「うにゃー。美味しいですにゃー」

「ホントにね。今日のはとびきり美味しいね」


 2人は、とても味わい深いコーヒーを堪能したと言う。


 しばしの現実逃避ののち、南雲が切り出した。


「椎名くん。君、留年が決まったらしいよ」

「えっ!?」



「意外そうな顔をする事情が私には掴めないんだが!?」

「南雲さん……。あたしを見捨てたんですにゃー。信じてたのに……」



「君ぃ! 私ね、さっきまで君の大学の学生課で、頭を下げて、バームクーヘンを差し出して! そりゃあもう、奮戦に次ぐ奮戦を繰り広げてたんだよ!? 最後には学長さんまで出てきて、バームクーヘン差し出したこっちが恐縮したよ!!」

「南雲さん、南雲さん。あたしは過程の話は聞いてないですにゃー」



 南雲は「君、本当に逆神くんの悪いところをバッチリ継承したな……」とため息をついて、コーヒーでそれを呑み込んだ。


「椎名くんさ、必修科目を落としてるんだよ。しかも2つも。知ってる? 必修科目って落としたら進級できないんだよ?」

「えっ!?」


「何だろう。本当にね、逆神くんのリアクションに寄せていくの、ヤメて欲しいな。とにかく、君の大学二年生は2周目が決定した。一応ね、探索員としての活動を加味してもらえるように頼んでおいたから、2度目の二年生はレポート提出で単位認定してくれる科目が増えるはずだよ」



「ええー? レポート書かないといけないんですかにゃー?」

「うん。書かないといけないよ? 君、レポートも書かないで単位貰えると思ってるのかな?」



 椎名クララ。

 彼女はAランク探索員であり、まだ二十歳の年齢を考えると極めて優秀。

 エリートと言っても良いだろう。


 そんなエリートの留年が決まった。

 南雲修一が出張ってもどうにかならない事がある。


「にゃははー。まあ、学費は払えるから気を落とさずに頑張りますにゃー」

「君のそのポジティブさが恐ろしいよ。……ご飯まだでしょ? せめて好きなものをご馳走してあげよう」


「あ! じゃあ焼肉でお願いしますにゃー!」

「……分かった。いいかね? 来年は頑張るんだよ? ねぇ、椎名くん? ねぇ、なんで返事しないの? 椎名くん? ちょっと? ねぇ? お願い、返事して?」


 椎名クララは果たして三年生になれるのか。

 彼女の戦いは始まったばかりである。

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