第171話 ゴールデンメタルゲルが群れで出たのでちょっと待っていてもらえますか 有栖ダンジョン第24層

 六駆はゴールデンメタルゲルを追いかけて、単身で第22層へと駆け下りた六駆。

 そこで彼は信じられないものを目撃する。


「はぁぁぁぁぁっ!! ゴールデンメタルゲルが2匹もいるじゃないか!!」


 1匹だけでも六駆の心をギュッと掴んで離さない金色の楕円形。

 それが2匹もいるとなれば、彼の心はパーティーナイト。

 時刻は午後10時に近いと言うのに、夜はこれからと言わんばかりの盛り上がりを見せていた。


 そのゴールデンメタルゲルが、素早く第22層を駆け回る。

 六駆も「うふふ」と笑いながら、それを追いかける。

 気付けば次の階層へとヤツらは下りていくではないか。


 追いかけない理由がなかった。


 気付けば第23層。

 そこで六駆が過呼吸になりかける。


 ダッシュの仕方が悪かったのだろうか。

 違う。興奮し過ぎて、息を吸ったら吐くと言う人間の基本的な行動が取れなくなっていたのだ。


 そこには、4匹に増えたゴールデンメタルゲル。

 ポケットを叩くと増えるビスケットもかくやの僥倖。

 もしかすると、六駆の見ている幻かもしれなかったが、意外な事にこれは現実。


 1キロ10万の外皮が1匹から5キロ取れるから、それが4匹で。

 六駆は考えるのをヤメた。

 計算能力に難のある事は認めるが、原因はそこではない。


 正確な金額をそろばんで弾いたら、興奮し過ぎて頭がおかしくなりそうだったからである。

 既に彼の日常的な頭の中がおかしいのは周知の事実だが、その六駆おじさんをもってして「頭がおかしくなりそう」と感じさせるとは、ただ事ではない。


 ゴールデンメタルゲルの足は極めて速い。

 数多いるダンジョンに出現するモンスターの中でも、トップクラスの俊敏さを持つ。

 興奮している六駆を置いて、ヤツらはまたしても階層の端から端まで駆け巡る。


 道中、何か別のモンスターがいた気もするが、ゴールデンメタルゲルの身に何かあってはならぬと言う高度な判断で、六駆が無言にて斬り伏せた。


 そんな献身に対する返礼ではなかったはずだが、ゴールデンメタルゲルたちは、三度みたび次の階層へと下りていく。

 こうなってくると、六駆も期待してしまう。



 次の階層に行けば、また倍になるんでしょう? と思わずにはいられない。



 そうしてやって来た、第24層。

 六駆は興奮のあまり、立ち眩みを起こしてその場に倒れ込んだ。


 そこには、見渡す限りのゴールデンメタルゲルで溢れていた。

 少なく見積もっても30匹はいるだろうか。

 1匹から採れる外皮が5キロで30匹いて、1キロ当たり10万円で。



 この計算をする限り、六駆は何度でも倒れるため、割愛する事とする。



「はぁぁぁ! ふぅぅぅぅぅ!! こ、こんな事があってもいいの!? やだ、もうどうにかなっちゃいそう!! ひぃやっはぁぁぁぁっ!!!」


 危険な兆候である。

 六駆が、とても主人公のして良い表情ではない、いやらしさと卑しさと醜い心根をシェイクした汁に浸かりきった顔をしていた。


 このままでは、アレな発言が飛び出すのも時間の問題である。

 狂喜と狂気を孕んだ最強の男は、「ここが世に言う桃源郷か!」と、極楽認定する。

 自分が探索員になったのはこの日を、この時を迎えるためだったのかと真剣に感じた。


「ぐふ、ぐへへ。では、いただきましょうかね! ゴールデンメタルゲルちゃん! ふひひ、1匹たりとも逃がしはしないよぉ? さあ、パーティーの始まりだぁぁ!!」


 六駆が至高の労働に精を出そうとした、その刹那。

 「グオォォォォンッ」と言う咆哮と共に、ダンジョンが揺れた。


 続いて、下の階層から激しい煌気オーラの揺らぎを感じる。

 有栖ダンジョンの最深部は第26層。

 既にここは第24層。たった2つしか隔てていないため、異変はすぐに訪れた。


 炎の渦が下の階層から突き上げて来るではないか。


 黒い炎。それは悪意を可視化したかのように深い、暗闇のような色だった。

 六駆は全ての計算を脳内で済ませると、不要な情報を廃棄した。


 今すべきこと、それはただ一つ。


「ご、ゴールデン!! メタルゲルちゃん!! やらせるかぁぁぁぁっ!! 『極大アルテマ赤壁の番人レッドブロック二重ダブル』!! さらにぃ、広域展開ぃぃっ!!」


 六駆は咄嗟に耐火性能の高く、かつ即座に発現できる防御スキルを全力で構築した。

 彼は、これが最善手だったと確信していた。


 だが、黒炎はそれをあざ笑うかのように、六駆の創り出した防壁の一部を突破する。

 黒炎は炎属性ではなかったのだ。


 全てを破壊する、無属性。

 それが、炎の姿をしていただけだった。


「そ、そんな!! この僕が全力で出した壁が!! あああああっ!!」


 もちろん、黒炎と言えども六駆の身にダメージを負わせる事はできない。

 また、9割以上の範囲は防御できていたため、上層にいる莉子たちには大規模な被害が及ばない事も分かっていた。


 その代わりに、黒炎は六駆の大切なものを奪い去って行く。


「う、嘘だぁ! や、ヤメろ! ヤメろ、ヤメろぉぉぉぉぉっ!!」


 隙間をすり抜けた黒炎の残り火が、悪魔のように笑って見せる。


 次々に爆ぜる、ゴールデンメタルゲル。

 彼らはつぶらな瞳で最期に六駆を見て「追いかけっこ、楽しかったね」と言い遺すように跳ねると、30匹全てが誘爆していった。


 ドドドドドと轟音を残して、しばし煙と炎で六駆の視界はさえぎられた。

 次に辺りが視認できるようになった時には、金色の溶けた残骸が彼を出迎える。


「ちくしょう!! ちくしょうっ!! これが、これがぁ、ドラゴン! お前たちのやり方かぁぁぁぁぁっ!!!」


 六駆は吠えた。

 ダンジョンの最深部の先にいるであろう、敵のドラゴンに向かって。


 いや、お前もゴールデンメタルゲルを殺そうとしていたじゃないか。


 そんな事を思っても今の彼に真実を告げてはいけない。

 失ったものが、と言うか被害額が。

 あまりにも重たく、逆神六駆の体にのしかかっていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 莉子たちも、六駆を追いかけて下の階層へと進み始めていた。

 そこに来訪した、黒炎の残り火。


 ほんの少しであるが、威力は驚異的。

 サーベイランスの向こうにいる南雲が即座に動いた。


『これはいかん! 『サーベイシールド』!! 1基を放棄! 全力で煌気オーラ力場展開!!』


 改良型サーベイランスに搭載された新機能のひとつ。

 自律遠隔動作をするために蓄えている煌気オーラと、監察官室から送り込んだ煌気オーラを合わせて強力な防御層を作り出す事を可能にしていた。


 ただし、サーベイランスの煌気オーラ供給システムが過剰の負担に耐えられないため、『サーベイシールド』を使用した基は以後、使用不能になる。


「ふぇぇ!? な、なんですか、今の!? すっごい煌気オーラでしたけど!」

「おりょ? ルッキーナちゃん、どったのー? 大丈夫だよー。落ち着いてー」


 怯えるルッキーナ。

 それは、たった今襲い掛かって来た黒炎の正体を彼女が良く知っているからだった。


「ど、ドラゴンです! 今の、私たちの国を焼いた、ドラゴンのブレスです!!」


 まさか、現世の側に無差別攻撃を仕掛けて来るとは南雲も想定外。

 ルッキーナを狙った攻撃だったのではないかと予測はできたものの、当然彼女に配慮して口には出さない。


 代わりに「逆神くんの元へと急ごう」と、彼は言った。

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