第170話 作戦会議をするには情報が足りない

 監察官室では、南雲が頭を抱えていた。


 高温多湿だった有栖ダンジョンの下層と莉子の『復水おちみず』の相性は抜群。

 ルッキーナはぐびぐびと回復の水を飲み、生気を取り戻していく。


 その間に、彼女は多くの情報を語り、それを聞いた山根は素早くデータベースと照合していく。

 まずは、スカレグラーナの位置関係から。


「モニターに出ます。ちょっと、聞いてます? ナグモ!」

「ヤメろよ、やーまぁーねぇー!! スカレグラーナ訛りで私の名を呼ぶな!!」


「いや、だってどうも聞く限り、今回のトラブルって南雲さんの監督不行き届きじゃないですか? サーベイランスに必死で助けを求めていた原住民たち、可哀想……」

「やーめーろー!! 私だって心を痛めとるんだ! と言うか、山根くんだって気付かなかっただろ!? サーベイランスの通信途絶にさ!!」



「早くモニター見て下さい。ナグモ」

「君ぃ! いつも酷いけど、今日はことさらにメンタル攻撃が酷いぞ!!」



 ナグモは、失礼、南雲はコーヒーを淹れながら、表示されたスカレグラーナの地図を見る。

 ルッキーナが逃れて来たと言うヌーオスタ村は、異界の門からほど近くにあり、まだドラゴンの侵略がそれほど激しくないらしい。


 その分、異界の門は1匹のドラゴンが完全に制圧しており、そこを掻い潜るために多くの村人が命を賭したと言う。

 無事でいてくれると良いのだがとナグモ、失礼、南雲は祈る。


「しかし、ドラゴンか。いや、山根くんは知らんだろうが、私がスカレグラーナに行った時には、そんな話を聞いた記憶がないんだよ。モンスターも少なく、農耕と牧畜が栄えている平和な国だったのだが」


「南雲さんの記憶も10年以上前の事でしょう? ……老いって嫌ですね!」

「いや、忘れてるわけじゃないぞ!? 当時の記録だって残ってるんだから、疑うなら確認してごらんなさいよ、君ぃ!!」


 山根は「面倒なんで大丈夫っす」と答えて、さらに地図を細分化していく。

 ルッキーナの話だと、ドラゴンが現れたのは国の西側にある休火山・コンバトリ。

 異界の門もヌーオスタ村も東の端にあるので、ドラゴンたちの根城の状況は分からないと語ったルッキーナ。


「と言うか、どうします? 彼女の話が全て本当、いや、もちろん嘘はないでしょうけど。今もその状況が続いていると仮定するとですよ」

「そうだな。異界の門を抜けたら、いきなり3匹のドラゴンのうちの1体と戦闘になる、か。あちらの状況がサッパリ分からんのは作戦を立てる上で困るな」


 南雲は「ドラゴンが増援を呼んで、3匹全てを相手にしなければならなくなる可能性」についても考える。

 そもそも、ドラゴンの強さが分からない。


 ダンジョンにも出現するモンスターの一種として現世では認識されているドラゴン。

 だが、異世界には長きを生きる事で研ぎ澄まされた知能と、強大な力を得ているドラゴンが存在する事について、知恵者で勇名を馳せる監察官は知っていた。


「逆神くんのスキルにも異世界のドラゴン由来」のヤツ、ありますよね。『大竜砲ドラグーン』とか。さっき使った『虚無の豪雪フィンブル・ゼロ』も古龍を倒すためのスキルでしたっけ?」


 問題はそこである。

 山根は相変わらず、着眼点が素晴らしい。


 六駆がかつて異世界転生周回者リピーター時代に対峙した、そして退治した古龍。

 その類の、強力なドラゴンが3匹いると考えるのが最悪の想定であり、戦いとは常に最悪を想定して行うのが南雲のやり方だった。


「まずは、逆神くんの意見を聞くか。ルッキーナくんも元気になって、何か思い出しているかもしれないし」

「そうっすね。最近は南雲さんがコーヒー噴かないから、そろそろ期待してもいいっすか?」


 現世で立てられる作戦には限りがある。

 だが、現地に任せると、主に逆神六駆がむちゃくちゃする。


 近頃はブレーキ役の小坂莉子がちょっとアレになっているし、椎名クララには発言権がそもそも回って行かないし、木原芽衣は積極的に意見を述べない。


 南雲修一、彼が今回の作戦に占める責任は重い。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ルッキーナちゃん! 暑くない!? 僕、アレだったらスキルで冷やすよ!? ああ、もちろん加減したヤツ! なんだったら、微風扇風機みたいなスキル作っても良いし!!」


 有栖ダンジョンでは、六駆が犯した罪の精算に躍起になっていた。


「にゃははー。六駆くん、危うく人殺しになるとこだったもんねー」

「……みっ? あの、クララ先輩。六駆師匠はこれまで人を殺した事、ないです?」


「あー。ああー。うん。そーだね。六駆くんにとって、今更1人や2人くらい……」

「みっ。六駆師匠の歴史は、血の匂いと肉を断つ音の繰り返しです!」



「2人とも、ヤメて! 僕、基本的に相手の命は取らないのがモットーなの!! これまでだって、人を殺したことないんだからね! 29年間で! ……多分!!」



 これほどまでに危うい多分を、我々は知らない。


 まあ、ここは六駆の言う事を信じるべきだろう。

 物語の主人公のイメージを無意味に貶めても得られるものは多くないし、得られたものにもあまり積極的に触れたくはないからだ。


「ルッキーナちゃん、だいぶ落ち着いてきたね。良かったぁー!」

「小坂さん、ありがとうございます。私、異世界の人ってもっと冷徹で残忍な人だと思ってました。出会えたのが小坂さんみたいな優しい人で、本当に良かった」


 クララと芽衣が「冷徹で残忍」の辺りで、同時に六駆を見た。

 彼も先ほどの良くないハッスルについては、珍しく猛省しているのでそろそろ許してあげて欲しい。


「とにかく、わたしたちに任せといて! 悪いドラゴンをやっつけるんだから!! ね、六駆くん!」

「も、ももも、もちろんだよ! ボッコボコにしてやるよ!!」


 罪の意識に苛まれている六駆おじさんは、かつてないほどに善玉菌の様相を見せていた。

 まるで、異世界を救う勇者のようである。


 逆神一族の崇高な使命(笑)が、ようやく六駆に追いついたのか。

 だが、20年ほど遅かった。

 彼はもう周回者リピーター業からは引退しているのに。


『逆神くん。ちょっと君の経験も色々と加味して、作戦を立てようじゃないか』

「もちろんですよ! ボコボコにしてやりますよ!!」



『君、罪悪感と責任感で、知能レベルが低下していないか? さっきから、音声は拾っているんだぞ。同じ事しか言っていないじゃないか。しっかりしてくれ!』

「もちろんですよ! ボコボコにしてやりますとも!!」



 六駆の思考能力が極めて危険な水位まで低下していた。

 どうやら、ルッキーナを見ると彼の知能が簡略化される模様。


 そんな彼に喝を入れるのは、彼女しかいない。


 と、思われたが、今回は違った。

 クララが声をあげる。


「ああー! 六駆くん! あれ見て! あれー!! ほら、次の階層へ続く道のところー!!」

「みみみっ! 六駆師匠の生きる希望、発見です!!」


 六駆は実に良い顔で、良い声を出しながら、サーベイランスに向けてウインクした。



「南雲さん! ちょっと待っていてください! ……ゴールデンメタルゲルが出ました!!」

『君の罪悪感が金欲より弱い事はよく分かった。行っておいで。待ってるから』



 逆神六駆、再起動のタイミングが期せずして訪れた。

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