第232話 激闘は意外な決着へ

『これは大変な事になって参りました! なんと、加賀美Aランク探索員のスキルとまったく同じものを撃ち出しました、逆神Dランク探索員!! これはどういうことでしょうか、下柳監察官?』


『いや、これはなんとも。驚きましたなぁ。確かに、1回戦から目立ちはしていないものの、非凡な才能が垣間見えていた気がしないでもないですが』


『下柳監察官、実に歯切れが悪い! では、五楼上級監察官、お願いします!』

『うむ。簡単な話だ。逆神は強い。探索員のランクは、あくまでも協会本部に有益をもたらすであろう者を上位にするものだ。つまり、低ランクの者が必ずしも弱いかと言えば、そんな事はない。事実、逆神はまだまったく本気ではない』


 五楼も六駆の実力を完全に把握した訳ではない。

 だが、その戦いぶりから「明らかに父親の俗物よりも秀でている」と感じ取っており、「少なく見積もっても監察官クラスを余裕で超える」と見ていた。


 それでも全然足りていないのだが、かつて六駆の実力を初見でそこまで評価したのは五楼が初めてである。

 彼女は相手が誰であろうと色眼鏡で見たりはしない。


 自分の目で見たものが事実。

 他人の評価ほど当てにならないものはないと常日頃から肝に銘じている。

 味方になればこれほど頼もしい者もいないのだが、彼女は六駆をどう見るのか。


 戦いの先に答えがあるのかもしれない。


『加賀美Aランク探索員のホトトギスが光るー!! それに対して、逆神Dランク探索員も剣で応戦! あまりの速さに目で追えない方も多いのではないでしょうか! では、ここでサーベイランスのスロー映像を見てみましょう!』


 凄まじい速さで動く六駆と加賀美。

 並のBランク以下には、何かが光ってたまに爆ぜる程度にしか感じないだろう。

 その証拠に、スロー映像が流れると会場が大いに沸いた。


 背中の「莉子」の文字がキラキラと輝いている。

 結構前にラメ加工した成果が今こそ光る時でもあった。


『ご覧ください! 1度の衝突で加賀美Aランク探索員は8回の斬撃を繰り出しております! それをすべていなして見せるのが逆神六駆ぅ! 眠れる獅子はDランクに潜んでいたぁ!!』


 怒涛の攻防に驚きの声が上がる中、当の本人たちは戦いを楽しんでいた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ならば! 攻勢二式! 『雲雀ひばり』!! さらに続けて、『雲雀乱気流ヒバリストーム』!!」

「うわぁ、これは厳しい! 相変わらずものすごい手数ですね! 一刀流! 『爆壁ばくへき』!!」


 加賀美は六駆の攻撃を封じるために、攻撃の手を緩めない。

 「攻撃は最大の防御なり」とかつて孫子は言った。

 かの偉大な兵法家を思い、「良い事を言うなぁ!」と六駆も頷く。


 加賀美政宗には六駆に本気の反撃をされると確実に負けるだろうと言う自覚がある。

 彼ほどの実力者になれば、相手との力量差は肌で感じてしまう。

 精神力の弱い者ならばすぐに降参するだろう。


 だが、加賀美の精神力は自慢の愛刀ホトトギスと同じように真っ直ぐに伸びており、しかも硬い。

 これが「模擬戦である」事に、彼は勝機を見出していた。


「まだまだ! 攻勢八式!! 『八咫烏ヤタガラス』!!」

「すごい! 属性を持たせた斬撃ですか! 重力とは予想外!! くぅぅっ!」


 正攻法だけが武人の誇りではない。

 戦いに勝つ方法が正攻法になるのだと加賀美は考える。


 彼にしては珍しく、直球勝負ではなく変化球を多投していた。

 それも全ては終局への布石。


「ふぅぅぅんっ! よし、軽くなった!! 僕もいきますよ! 『激飛翔ゴウフライド』! からの、一刀流! 『流星りゅうせい』!」


 六駆は軽く10メートルは飛び上がり、そこから煌気オーラ斬撃を打ち下ろす。

 その様はまさに流れ星。


 だが、加賀美もそれをいなして見せる。

 彼は六駆が武舞台を破壊しないように手加減している事を見抜いていた。


「守勢零式! 『始祖鳥しそちょう』!!」


 手加減しているとは言え、六駆のスキルである。

 加賀美も最大の防御剣技で応じて、どうにか弾き飛ばして見せる。


 なお、その弾き飛ばした斬撃は一直線に南雲陣営へと向かっていった。


「みんな! 南雲さんの後ろに隠れるっすよ! 危ない、危ない!!」

「おおい! 押すなよ、やーまーねぇー!! 私、どう見ても迎撃態勢だろう!? 背中押すなよ! 剣が振るえないでしょうが!! くそぅ! 『大曲おおまがりきつね嫁入よめいり』!!」


 諸君、南雲修一だってかつての一線級探索員である。

 普段は二刀流なので勝手が違うものの、手加減された六駆の斬撃ならば霧散させられる。


 ただし、「それ確か防御の奥義じゃない?」などと指摘してはいけない。

 南雲にだってプライドがあるのだ。


 一方、武舞台では熱戦もクライマックスに差し掛かる。

 加賀美がホトトギスを舞台に突き刺した。


 六駆には意図が分からない。

 だが、判別不能のスキルを受けるのもまた一興。

 最強の男は加賀美の誘いに敢えて乗ることにした。


「隙を見せられちゃ、僕も黙ってられません! 一刀流、アレンジ剣技! 『古龍咆哮波ドラグブラスト』!!」

「この機を待っていた!! ぐぁああぁっ! こ、攻勢十一式!! 『水薙鳥みずなぎどり』!!」


 六駆の放った剣技は凶悪であった。

 幻竜ジェロードが得意とした無属性のブレスを実体化させず、衝撃波として打ち出す。

 加賀美に無属性のスキルを防御する術はない。


 つまり、彼の体はその衝撃を全身で受けなければならず、その結果場外に吹き飛ばされる。

 やはり六駆は強かった。


 だが、これは模擬戦。

 強ければ負けないが、勝つとも限らない。


 加賀美が最後の捨て身で放った『水薙鳥みずなぎどり』は斬撃に凄まじい水流を加えたスキル。

 「何かしてくるだろうな」と考えていた六駆は防御姿勢を取るが、加賀美も考えた。


 『水薙鳥みずなぎどり』は六駆の足元をピンポイントで捉えていた。

 その結果、彼は体勢崩す。

 足元がお留守とはまさにこの事。


「だぁぁぁぁぁっ! しまった!! うわぁ! はぁぁぁぁぁぁん」

「……狙い通りだったが。自分にはここまで、か」


 加賀美が場外の壁に吹き飛ばされた瞬間とほとんど誤差がなく、六駆が武舞台の上で転び、そのまま後ろ向きになって水圧で押し流される。

 その様子はおっさんがウォータースライダーではしゃぐようであった。


 結果、両者がほぼ同時にリングアウトしてしまった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『こ、これは……! どうなったのでしょうか!? わたしの居る実況席からはほとんど同時に場外へ飛び出たように見えましたが……!! 審判の和泉さんのジャッジを聞いてみましょう! お願いします!!』


 和泉の元へマイクが届けられた。

 彼は「ごほっごほっ」と咳をして、胸を押さえながら喋り始める。


『えー。審判の和泉です。げふんっ。ただいま試合は、逆神選手、加賀美選手の両名が同時に場外へ落ちたため、引き分けとします』


 会場がざわつく。


「いやー。これは一本取られましたよ。まさか、最初から引き分け狙いだったなんて!」

「……ははっ。逆神くんに勝てるなんて思う程、自分は自惚れ屋じゃないさ」


 六駆は壁に衝突した加賀美を引っ張り起こす。

 そして、その頭脳プレーに賛辞を贈った。


「り、リプレー検証だ! リクエスト! リクエストを申請する!!」

「ちょ、ヤメましょうよ、南雲さん! さすがに恥ずかしいっすよ!」


「バカ! 山根くんのバカ! 1勝1敗1引き分けだぞ!? どうなると思う!?」


 その答えは和泉が教えてくれる。


『両陣営が同点となりましたので、がふっ。代表者1名による延長戦を行います。なお、既に出場している選手は代表者として認められません。うぼぁ』


 こうなる。


 南雲監察官室には残っている選手がクララと莉子だけ。

 そして、クララが模擬戦に向かない事は出場選手登録の際に語った通り。



「……わたし、頑張ります! 本気で行きます! 六駆くんの、いえ、みんなのために!!」

「こ、小坂くん! ダメだよ! 君が本気で行ったら! 私も逝っちゃう!!」



 想定外の延長戦に突入。

 果たして南雲は逝くのか、逝かずに済むのか。

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