第447話 【南雲隊その3】逆神六駆VS6番・姫島幽星 コラヌダンジョン第8層

 コラヌダンジョンにいる南雲隊。

 協会本部より通信が開かれたところであった。


『という訳で、南雲くん。少しばかり面倒なことになりそうです。ボクたちの総意としては、可能であればコラヌダンジョンに発生した巨大な煌気オーラ反応を捕縛して頂きたい。十中八九、アトミルカの者でしょう』


 南雲修一監察官は、楠木秀秋監察官を信頼している。

 その穏やかな気性と何物にも屈さない意思決定能力を併せ持つ類まれな文官を南雲だけではなく、全ての監察官が支持している。


 あの木原久光監察官ですら楠木の事を「おじき」と呼んで慕っている。

 もう、この事実だけで楠木の人となりの証明は完了したと言っても良い。


「了解しました。南雲隊、本部の指示に従い速やかに敵の捕縛を試みます」

『大変な任務ですが、お任せしました。何か動きがあれば逐次報告を。それでは、準備もあるでしょうから通信を一旦終えます』


 楠木に代わって、山根がサーベイランスのモニターに顔を出した。


『これが敵さんのデータっすね。カルケルでアトミルカに与して戦っていたって情報が残ってるっすけど、皆さんの中で記憶にある人はいるっすか?』


 姫島幽星の情報が表示されると、すぐに小鳩が声を上げた。


「この方! わたくしがお師匠様と一緒にお相手いたしましたわ! 確か、血液を煌気オーラで凝固させて刀を作るスキルを使っておられましたわね。お師匠様も苦戦されて、最後は逃げられてしまいましたわ」


「そう言えば、わたしたちもちょっとだけ戦ったね! 芽衣ちゃん!」

「みみっ! 莉子さんが拗らせたおじさんってディスってたです!! みみみっ!!」


 カルケルでは久坂剣友監察官を筆頭に、55番と塚地小鳩の久坂一門で応戦した姫島幽星。

 その時ですら1対3の数的不利を覆す猛戦を繰り広げていたが、「多分かなり腕を上げてるんじゃないですか?」と六駆は指摘する。


「この人、ウォーロストに収監されてたんですよね? あそこ、僕もしばらく滞在してましたけど、とてもコンディションを良好に保てる場所じゃなかったですよ。脱獄したてで久坂さんとやり合うくらいですから、今はずっと強くなってると考えるのがベターかと思いますね」


 南雲が頷いた。


「逆神くんの言う通りだろう。……それで、なんで君はそんなに饒舌で、しかも理路整然と喋ってるのかね? あ、口調はすごく冷静なのに、顔を見ると欲にまみれてるなぁ」

「南雲さん! 僕なら、いつでも戦えますよ! ほら、みんな連戦続きで疲れてるでしょうし!」


 監察官きっての知恵者は、このパターンを知っている。

 このパターンに入ったら、もう流れに身を任せるのが一番な事も合わせて知っている。



「……分かったよ。50……あ、不満そうな顔だなぁ。じゃあ、100万円で手を打とうじゃないか。先に言っておくけど、捕縛だからね? 殺しちゃダメだよ?」

「うひょー! まっかせてくださいよ! クリスタルメタルゲルちゃんの外皮もちゃんと【黄箱きばこ】に保存したし! これは間違いなく稼げる日だな!!」



 南雲は「君ぃ、お好み焼き入れてたところにメタルゲルの外皮を入れたの?」と軽く引きながらも、この頼もしいジョーカーの存在に安心感を覚える。

 彼らは現在、コラヌダンジョンの第8層にいる。


 そして、アトミルカ6番。

 姫島幽星は煌気オーラを完全に絶って、実は1つ下の第9層まで駆け上がって来ていた。


 六駆の見立て通り、実力をぐっと上げている姫島。

 最強の男が想定するよりもずっと早く、遭遇戦が迫る。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 最初に気付いたのは木原芽衣だった。

 彼女の煌気オーラ感知能力は日々成長しており、最近では半径20キロメートルに伯父がやって来ると瞬時に察知できる領域にまで到達している。


 そんな彼女が「みみみっ!」と鳴いた。


「六駆師匠! 皆さん! なにか気持ち悪い感じの煌気オーラがすっごい速さでこっちに向かってくるです!! みみみみみっ!!」


 姫島幽星、逆神六駆の索敵を掻い潜り先制攻撃の好機を得る。

 彼はアトミルカから支給されている『陰湿玉ストーカー』に身を包み、姿と煌気オーラを完全に消していた。


「女子供に恨みはないが、これも任務。悪く思うな。『瞬刃しゅんじん弐度斬りダブルスラッシュ』」


 姫島の凶刃が最初に狙いを付けたのは、クララだった。

 特に意味はなかったが、何となく狙いやすい位置にいたらしい。


「おっとぉ! さすがにこの距離で煌気刀なんて出されちゃ、僕でも気付きますよ! クララ先輩、怪我はないですね?」

「うにゃー! びっくりしたぞなー!! 急におじさんが出て来たと思ったら、六駆くんにお姫様抱っこされてたにゃー!!」


 六駆は少し離れた場所にクララを下ろすと、戦闘態勢に切り替わる。

 代わりに莉子が駆けつけて来た。


「クララ先輩!」

「うにゃー。莉子ちゃん、心配してくれてありがとだにゃー」



「六駆くんにお姫様抱っこされるってどういうことですか!? わたし、まだやってもらった事ないんですけど!?」

「にゃー! 面倒なパターンの莉子ちゃんだったぞなー!! 小鳩さーん! 助けてー!!」



 バチバチと音を立てて莉子さんの煌気オーラが爆ぜる。

 その出力に姫島も思わず目を見開いた。


「なんと……。少女にしてあの出力……。やはり探索員は侮りがたし」

「困りますねー。うちの莉子さんを舐め回すように見るのは。ちゃんと僕を通してからにしてもらわないと!!」


「小僧。お主はデータにないな。そちらの男は知っておる。古龍の戦士か」

「……私の事が良くない感じで広まっている。せめて監察官として知られたかった」


 南雲が表情を曇らせる一方で、姫島の行動は実にシンプル。

 2番からの命令を忠実にこなすべく、「この場で弱そうな者」から手にかけていく作戦に打って出る。


 だが、それこそが彼の犯した最大のミス。

 というよりも、逆神六駆との遭遇が初見の場合多くの者が陥るトラップ。


「小僧。まずは貴殿から血祭りに。全員を捕縛するのは困難と見た。まあ、古龍の戦士と女を何人かで問題なかろう。あとの弱者は殺す」


 逆神六駆は協会本部にもDランク探索員で登録されており、普段は「無駄に煌気オーラ出すと疲れるし、噂とかされても恥ずかしいし」と言って、ほんの少ししか煌気オーラを放出していない。

 つまり、よほど注意深く、洞察力に優れた者でなければ、逆神六駆の実力に気付けないのである。


「ふぅぅぅんっ!! 『光剣ブレイバー二重ダブル』!! なんか敵さんも二刀流なんで、ここは合わせてあげてもいいですか? 南雲さん!」

「ああ、うん。君のやりやすいようにして良いよ」


 姫島は少しだけ笑う。


「くくっ。古龍の戦士も存外冷酷と見える。小僧を捨て駒にするか。悪く思うな。こちらも忙しい。『瞬刃しゅんじん一風斬りガストル』」

「おおっ! 速いですね! 二刀流! 『虎刃防弾壁こじんぼうだんへき』!! ……うわ、親父のスキル使っちゃった」


 姫島の繰り出した剣技の速度は、六駆の初手を防御技にしなければならない程のものであり、うっかり大吾のスキルを使った彼に精神的なダメージを与えた。

 一方で、姫島も驚いていた。


「……小僧。何者だ。某の剣を加減したとはいえ、無傷で防ぐなどと。そのような芸当、雑魚のまぐれでは絶対に不可能だ」

「僕はただのDランク探索員ですよ! ええと……。山根さん、この人のお名前は?」


 サーベイランスからすぐに応答がある。


『データベースによると、姫島幽星ってなってるんすけど。日本の記録だとへそ島っすね。下着泥棒で捕まってるっす』



「えっ!? あなた、下着泥棒でウォーロストに収監されてたんですか!? うわぁ! しょうもないなぁ! へそ島さん!! あんな布を盗んでどうするんですか!? うわぁ!!」

「き、きっさまぁぁぁぁぁぁっ!! 絶対に許さん!! 某を侮辱したなぁぁぁぁ!!」



 姫島の血圧が一気に上昇する。

 キレやすさは相変わらずのようだが、この男はキレてからがそこそこ強い。

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