第446話 偶然はアトミルカに味方する 異世界・ヴァルガラ

 異世界・ヴァルガラ。

 アトミルカの本拠地が存在するこの地では、いつも通りの日常が流れていた。


「……ふっ。まあ、この程度にしておくか。ヴァルガラのモンスターも随分と強力にはなったが、まだまだこの程度では鍛錬にならんな」


 2番。バニング・ミンガイルは日課のモンスター退治に汗を流す。

 最近は10番ザール・スプリングや、6番姫島幽星の訓練を担当しているため、自分のコンディション調整を後回しにしている2番。


 彼自身、監獄ダンジョン・カルケルの作戦において逆神六駆と言う明らかに自分を上回る強者と遭遇しているため、焦りがないと言えば嘘になる。

 が、2番は肉体も煌気オーラも成長期はとうに過ぎており、むしろ衰退が始まっているのだから一筋縄ではいかない。


 今は「衰えていく力」を「どれだけ効率的に高めるか」に注力し、新しい可能性を模索している状況である。


「まさか、この年になってさらなる成長が求められるようになるとはな。まったく、世の中というヤツもなかなかに広い。……む?」


 2番は高速で接近して来る煌気オーラを察知し、身構える。

 が、警戒はすぐに解かれた。


 それは、彼が良く知っているものだったからに他ならない。


「ザールか。どうした、息を切らせて。無理に自分を追い込む鍛錬は勧められんな」

「バニング様……! ご、ご報告があります!! 3番様より、急ぎの……!!」


 2番は普段から「冷静さを欠くな」と教えている実直な若者が自分の教えに背いている現状を鑑みて、「これは厄介事か」と理解した。

 ひとまず、腰に付けていた水筒を忠実な部下に手渡した。


「す、すみません……! いただきます……!!」

「構わん。それほどに呼吸を乱していては、充分な報告もできんだろう。1秒でも早い報告に努めるのも結構だが、それで頭に血を上らせていては本末転倒だ。落ち着くまでしばし待とう。私は狩ったモンスターを捌いておく」


 それから3分ほどが経つと10番の呼吸も穏やかになり、思考はクリアになっていく。

 彼は改めて、2番に報告した。


「3番様からの緊急連絡です。どうやら、アトミルカの重要拠点のある異世界へと続くダンジョン。少なくともその2つに侵入者があったとのよしでございます」

「ほう。穏やかではないな。一般の探索員が迷い込んだ可能性は? ……と聞くのも野暮か。その程度の判断、3番ならばとうについているだろう。ゆえに、お前が走らされた。そうだな、ザール」


「はっ! ご明察でございます!!」

「分かった。一度屋敷へ戻ろう。だが、その前にモンスターの肉を商店に預けていく。ザール、そちらの獣の方を頼めるか。……そう心配するな。肉屋に寄る余裕もないようでは、アトミルカの名折れと言うもの」


 10番ザール・スプリングは「やはりバニング様は幹部の中でも別格だ!」と尊敬を深め、彼の狩ったモンスターを背負い森を出る上官に続いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 屋敷に戻った2番を3番が待ち構えていた。


「ザールを使い走りにさせる程度には緊急事態なのだろうな。3番」

「ははっ。2番様の居場所を索敵するよりも、あなたの弟子である10番くんに任せた方が効率が良いと思いまして」


「ふっ。効率か。まあ、良い。それで?」

「異世界・グラリグルで職務にあたっている4番ロブ・ヘムリッツより報告がありました。異界の門に取り付けておいたセンサーが強大な煌気オーラを感知したとのことです」


 そう言いながら、3番はモニターに情報を表示させた。


「……確かに、強いな。その辺の野良探索員ではない事は明らかだ。と言うか、お前。自分の師匠の送って来たデータを信用せずに新しくデータを取得しているな?」

「お言葉ですが、2番様。師弟関係だった過去とデータの信憑性に因果関係は見出せません。さらに、今は私の方が上位ナンバーです」


「ああ、分かった。やれやれ、お前たちのような師弟関係は御免被りたいものだ。それで、だいたいの当たりはついたのだな?」

「はっ。こちらをご覧ください」


 モニターにツタに絡まった逆神大吾の姿が投影された。

 それまで眉ひとつ動かさずに報告を聞いていた2番が、露骨に顔をしかめる。


「……3番。私が先ほど食事をしたと知っていてこの映像を出したのか?」

「これは申し訳ございません。ですが、必要な情報ですので」



 逆神大吾、アトミルカでもグロ画像扱いされていたことが判明する。



「複数人いる部隊の煌気オーラを照会させたところ、この男だけがデータと合致しまして」

「これは、カルケルで見たな。と言うか、記憶から消したい。私が何度倒しても復活して来たある意味では化け物ではないか」


「この男が部隊に含まれております。また、この男よりも強力な煌気オーラ反応が2つ。どう考えても不自然です。これは、探索員による侵攻と考えるのが定石かと」

「そうだな。……待て。この醜い中年、探索員なのか?」


 3番が初めて言葉を探す。

 適切な表現が見つからなかったらしい。



「探索員ではない……と思いますが。ただ、カルケルでは探索員と行動を共にしておりましたので、絶対に違うとも断言できかねます」

「そうか。探索員も人材不足だと見える。お互いに後進が育たぬのは歯痒いものだ。さぞかしその部隊の上官も心痛しているだろう」



 五楼京華、まだ見ぬ2番に同情される。


 その直後、さらに通信が入る。

 発信元は6番。姫島幽星。


「こちら3番です。2番様もおいでです。どうしましたか?」

『2番殿。あなたの命により、手練れのモンスターが多いコラヌダンジョンにて本日も修練に励んでおりましたが』


 姫島幽星はスキルの成長スピードが予想よりも速く、2番は実戦的な訓練を課していた。


「2番だ。何か問題があったか?」

『某の持っておる端末に、異常な煌気オーラを検出したとの表示が。その数字、Sランク』


「こちらもですか。しかし、たかがSランク。6番。あなたの力でも充分に対処できるでしょう」

『最後まで聞かれよ、3番殿。Sランクが4つ。計測不能が2つ。計測不能は恐らく荷物持ちか何かであろう。が、Sランク4人の部隊が現在、最深部へ向かって行軍中の様子』


 コラヌダンジョンには南雲隊がいる。

 そして、六駆おじさんのワクワク修行により、六駆と莉子を除く4人は煌気オーラ全開で戦っていた。


「……捨て置けんな。3番」

「はっ。どうやら、探索員どもの企みのようです。いかにして我らの重要ダンジョンばかりを狙い撃ちできたのかは知れませんが」


「原因究明は後で構わん。まずは敵の足を止め、可能ならば捕縛し尋問する。姫島。お前の力は格段に上がっている。Sランク4人。相手にしてみるか?」

『承知。このダンジョンのモンスターでは某の渇きを癒せぬと思っていた時分。渡りに船である。任されよ。全速力で向かう』


 通信が終了する。

 2番は少し思案を巡らせ、3番に指示を出す。


「シングルナンバーを異世界の各拠点へ転移する準備をさせろ」

「全てにですか?」


「そうだ。敵の存在が明らかになれば、最悪を想定して動くのが定石。ふっ。効率を考えると不服か?」

「とんでもございません。ご指示通りに対応いたします」


 2番は「良し」と短く答えて、この偶然に思いを馳せる。

 偶然が味方したのか。

 それとも、凶兆の知らせが速足でやって来たと捉えるべきか。


「私も、念のため準備しておくとしよう」


 万が一の可能性ではあるが、「ヴァルガラに繋がるダンジョン」も敵に捕捉されている恐れはある。

 可能性が0でない限り、準備に手抜かりがあってはならない。


 アトミルカ陣営も、いささか動きが慌ただしくなってきた。

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