第1200話 【敵だったら敵ですよね・その3】老若男女平等パンチ

 六駆くんが握った拳をほどいてため息をついた。


「いやもう、本当ですよ。僕も甘くなったもんです。昔はね、それこそ周回者リピーターさせられてた頃とか。もう敵とか味方とか、どうでも良かったですからね。2周目くらいだったかな。僕と目が合った人とか、人っぽいナニかとか、5秒くらい待って敵意を感じたら殴ってましたもん。だってねぇ? どうせ平定したら僕、その世界から消える訳ですし。記憶消してもらっても思い出すし。完全に作業でしたねー。そこから考えると、ダズモンガーくんと出会ったミンスティラリアは楽しかったなー。……あれは、うん、3か4か5か6周目のどれかでしたね!!」


 指に付着した血液を丁寧に水スキルで洗い流しながら、昔語りを始めた六駆おじさん。

 過去と今を比較して「えっ!?」と気付いた事は誰でも良いから共有したい。

 おじさんが語り始めるのには理由があるのだ。


「ややっ! 逆神先輩がこっち向いて呟いてますよ!! ふんすですか?」


 レジャーシートの上でコーヒーブレイク中の南雲さんとライアンさん。

 ノア隊員が橋渡しをしてあげた。


「ノットふんすかな。でも分かるなぁ。私ね、大卒で探索員協会に入ってさ。最初は弱くてねぇ。だって戦闘する気なかったもん。そこで久坂さんに捕まってね。あの頃は久坂監察官室って他の探索員いたから。年下の子たちに敬語遣いながら頑張って修業したなぁ。で、その話を山根くんにすると全然聞いてくれないの。けどね、別に聞いてくれなくてもいいんだよ。私が話したいから話してるの。たまにコーヒーに付き合ってくれて、その話、何回目っすか? とか言ってくれるとね。あ、聞いてくれてたんだぁって嬉しくなるの。ノアくん、分かる?」

「ふんすっす!!」


 こっちも昔語りしてる南雲おじさん。

 分からないけど一応聞いてあげてますよ、という意思表示を鳴き声持ちの乙女たちはひと鳴きでこなせる。


「私も経験はありますな。特にピースの組閣に際しては随分と苦労しまして」

「ああ、ライアンさんは若返ってるんですもんね。どうでした? 周りの子の反応」


 続く。

 おじさんたちの昔語り。


「人それぞれですが、若者の方が比較的関心を持って耳を傾けてくれましたな。ある程度の年齢を過ぎるとむしろ自分の話を聞けという者が増える傾向にあるかと」

「あー。分かります、分かります。飲み会とかで私が話してるのに、横から入って来られて。あー! それオレもあるわー! オレの場合はさー!! とか、私が始めた話題なのにそれを持って行かれた時ってこう、別に怒ってないですけど、言い知れぬ寂しさがありますよね」


「然りですな。私は最期の部下に恵まれませんでしたので。アイヤー!! などと叫ぶ、私の指示をまったく聞かぬ男でした。直後に小坂Aランクから仕置きされまして。……やはり探索員協会の内部から構造改革をすべきだったと後悔しましたな。身分制度に縛られ過ぎるのは論外ですが、自由奔放に徹しても組織は纏まらぬと知りました」

「映像資料で拝見しましたよ。前にもお話しましたけど、災難でしたね……」


「私が悪いのですから、災難という言い様は不遜でしょうな。あれこそ神罰だったのかと。今はこうして、みつ子閣下の旗下に籍を置かせて頂きましたし」

「…………………………私、承認してないんですけどね」


「では、こうするのはいかがですかな? 我々がどちらも生き残ったら、呉への亡命をお許しください。代わりにと言ってはまた不遜の上塗りですが、呉の駐在官として役割を果たす所存です」

「……それは。……助かるなぁ! じゃあそうしましょうか!! 生き残るのラインはどうします? 逆神くんに生き返らせられるの何回までセーフにします?」


 おじさんたちがコーヒー飲みながら談笑している。

 最終決戦では中途半端な攻防の尺を削られがち。


 理由は言うまでもなく、既にこの世界では多くの戦いが繰り広げられ、だいたいチーム莉子のメンバーによってそれが終わる。

 その過程は長かったり短かったりと差こそあれども、最初の様子見をしながらけん制し合うパートはもう見飽きた。



「うけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ! べふぅぅぅぅぅっ」

「うわっ! 飛んできた!! 逆神くぅぅん!! 君ぃ! わざとこっちにぶっ飛ばしたでしょう!?」


 喜三太ジュニアが六駆くんに殴り飛ばされて、コーヒーブレイクをブレイクした。



「だって! 僕を放置して楽しそうにお話してるじゃないですか!! せめてこっちにも聞こえるボリュームでしてくださいよ!! 疎外感って悲しいんですよ!! こんな感情、昔はなかったのに!! 莉子たちとわちゃわちゃしてる期間が長いから!! 仲間外れにされるとイラっとするんです!!」


 ここまでの六駆くん。

 見た目8歳の喜三太ジュニアが超スピードで襲い掛かって来るので、その度にビンタで応戦。

 鬱陶しくなったので、必殺の『老若男女平等パンチ』で撃墜した。


 ご覧いただきたい。

 六駆くんの様子見バトルの説明は句点3つで済んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 喜三太陛下はと言えば、ジュニアがボコられているシーンをじっと見つめていた。

 陛下は逆神家の三代目。


 戦後間もない頃に周回者リピーターの崇高な使命(笑)に殉じた男。

 本当に殉じてしまった結果、現世に戻れなくなってしまったが、トラックに撥ねられるのではなく馬車に撥ねられて死んでいた男。


 即死できない場合は4回、多い時は8回ほど轢き直されるという艱難辛苦で周回していた男でもある。

 トラックで異世界転生する現代っ子になど遅れは取らぬ。



「……うっそやろ。ひ孫、完全に人間ヤメとるやんけ。普通、8歳児をビンタしまくって、挙句よ? 両手組んで背中ドーンってやるぅ!? ワシのクローン、意外と可愛いやんけ!! 蛮族のそれやで、発想が!! ……どうしよ。ワシ、自分のクローンと共闘した方がええんかな? けど、さっき創ったヤツやからなぁ。まったく愛着ないし、多分やけど、咄嗟の時には張著なく盾にするもんなぁ。ワシ。アレを。そんな信頼関係でする共闘って、ぶっちゃけあんま意味ないよなぁ」


 冷静に現場を分析して「これ、やってもうとる」とお悟りあそばされていた。



 喜三太ジュニアの思考は自立しているが、喜三太陛下が構築スキルで生み出している仕様上「敵をぶち殺すんや!!」という根幹の上で存在している生物。

 どんなに目がくりくりでも、どんなに坊ちゃん刈りが似合う少年でも、殺戮マスィーン。


「うけけけけけ!! クソが!! 『跳ねて伸びる髪針ロッド・スチュワート』!!」

「鬱陶しい!! ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!! 『光剣ブレイバー』!! 一刀流!! 『撃墜げきつい』!!」


「けーっけけけ!! オレの髪は無数に枝分かれする!! 『子鼠の髪千切りシチュアート・リトル』!!」

「はいはい。あなた、全身もれなく煌気オーラで出来てますね? さっきから毛を伸ばしたり飛ばしたり。人っぽく見せて攻撃してる風を装ってるけど、全部煌気オーラ弾の亜種だ。あさましい!! そんな子供のふりしてぇ! 僕の優しい心に取り入ろうなんてぇ! ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」


 六駆くんが煌気オーラを右腕に、ちょっと強めに集約し始めた。

 喜三太陛下は思った。


「あれで手加減しとるって言える精神力よ。傍から見とったらもう一方的な蹂躙やんけ!! くっそ!! やるか! 共闘!! ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 喜三太陛下の何度目か分からぬが、飛び出す方針転換。

 臨機応変に事と次第を見極めて適切な対応を講ずることが皇帝に求められる資質。



 「じゃあ資質、ないじゃん」とか言ってはいけない。

 皇帝陛下の御前ですぞ。



 煌気オーラを溜める速度は六駆くんのそれよりもずっと速い。

 練度も高い。

 喜三太陛下が掌を宙へ向けて掲げると、炎が立ち昇った。


「ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 『鬼火流星超長刀オーガラボルケノザッシュ』!!」


 繰り出すは炎熱滾る煌気オーラ刀。

 ロングレンジから繰り出す極大スキル。


「あ。それ知ってますね。似た感じのヤツじいちゃんが使ってた。小さいの相手にしながらだと場所が把握できなかったんですけど! 助かるなあ! 自分からスキル使ってくれて!! うふふふふふふふふふ!! 『瞬動しゅんどう四重クアドラ』!!」


 大振りの極大スキルは接近されると隙だらけ。

 スキル使いの基本である。


 六駆くんが一気に喜三太陛下の懐に詰め寄った。

 年齢的な要素を加味すると、お年寄りからカツアゲするおじさんである。


「ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ばぁぁ!? 嘘やろ! ジュニアぁ!! ここは挟撃するとこやんか!!」

「……いや。オレずっと戦いっぱなしだし。休憩しないともたないから」


 喜三太陛下の思考をトレースしている、クローンの喜三太ジュニア。

 ならば考える事は同じ。


 喜三太ジュニアは「どうせオリジナルが殺されたらこっちも死ぬし。頑張って戦ってたけど、ちょっと辛い。オリジナルが攻撃するなら休むやろ。普通」と考え、空中で防壁を展開して一息入れているところであった。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!」

「クソが!! ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



「『大竜拳ドラグナックル四重クアドラ』!!」

「『鬼兜割オーガバスター四重クアドラ』!!!」



 完全に虚を突かれたタイミングだったが、喜三太陛下は六駆くんの繰り出した四重発現に応じる。

 同じく四重発現のスキルでどうにか相殺して見せた。


「うふふふふふふふふふふふ!」

「なんで笑っとるんや、こいつぅ!!」


「うふふふふふ! 自然とね、笑いが出ちゃって! だって、あなたを殺せば! うふふふふふふふ!! お金が!! もう、何もしなくて良いって思うと!! うふふふふふ!!」


 陛下が悟られた。

 「これはあかん」と。



 「こっわ。なんやこの子」と。



 方針の変換からの大変換。

 今の策でも負けず。しかしひ孫には勝てもせぬ。


 勝てなければそのうち殺される。

 だってここ、本土の大本営だもん。

 逃げるところはもうないし。


 決断は早い方が良い。

 最悪な状況というものは、まばたきをひとつするだけで最悪が更新されるから最悪なのである。

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