第139話 監察官・木原久光登場 最強の監察官、姪を見に来る

「おうおう! 南雲ぉ!? こいつぁ一体どういう状況だ!? おおん!?」


 南雲の動きは速かった。

 彼はアイコンタクトで山根に「部屋の電源を落とせ!!」と伝えた。



 なお、山根くんは既に避難していたので、そのアイコンタクトは誰とも目が合うことなく、消えて行った。



「やぁぁぁまぁぁぁねぇぇぇぇぇ!!! くそっ! なんてヤツだ!!」

「おい、南雲よぉ。俺の質問に答えんかい、くるぁ!!」


 身長は2メートル近いのではないだろうか。

 両腕は逞しく、一般人の太ももみたいになっている。

 ならば太ももはと言えば、ゴリラのそれに近かった。


「これは致し方ない! 僕に任せて下さい!!」

「ちょっ、待って! 逆神くん! お願い! ヤメて!! なんか知らんけどヤメて!!」


「むんっ! 『幻想身ファントミオル三重トリプル』!! そぉぉぉぉぉいっ!!!」


 六駆おじさん、本家の『幻想身ファントミオル』を全力で発動。

 するとどうなるのか。



 六駆が1000人に増えた。



「なんじゃこりゃあ!? おう、坊主! お前、これやったのか?」

「いえ! 南雲さんがやったみたいです!! 僕なんか、スキルも使えないただの高校生ですよ。へへっ」


「逆神くぅぅぅぅぅぅぅぅん!! 何言うてますのん!? 嫌どすなぁ!! 本当に!!」


 現在、南雲修一監察官の言語中枢に深刻な異常が発生しております。

 諸君におかれましては、今しばらくお待ちください。

 その間に、かの苦労人のためにエールを送って頂けると彼も本望だと思います。


「おお! なるほどなぁ! 南雲の新スキルだったか!! そいつを試すのに、うちの芽衣ちゃまを使ったって訳だ! なるほどなぁ! 可愛いもんなぁ、芽衣ちゃまは!!」


 何故か納得する木原監察官。

 それはそれとして、莉子とクララがひそひそ話をスタート。


「ねーねー、莉子ちゃん。芽衣ちゃんのおじさん、思ってたのと違うんだけどー」

「ですよね。わたし、芽衣ちゃんにとっても厳しい人なんだと思ってましたよぉ」


 2人の視線の先には。


「うぉぉぉん! 芽衣ちゃま、来るなら来るって言ってくれよぉ! 俺、仕事なんか全部部下に押し付けて、食堂でパフェご馳走したってのにぃ!!」

「みっ……。おじさま、ちょっと近いです。正直無理です。みみっ……」


 六駆は思った。

 「年頃の女の子にあの接し方は嫌われるよなぁ」と。

 「これだから僕よりもおじさんは困るんだよねぇ」とも。


 ちなみに、木原久光は今年で45歳。

 六駆くん、君の精神年齢よりも1歳若いのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おおう! お前らが芽衣ちゃま、いや、うちの姪のパーティーメンバーか。そのうち挨拶しようと思ってたんだが、遅くなってしまったな! 俺は木原きはら久光ひさみつ。南雲から話くらいは聞いたことがあるだろ?」


 木原監察官、どうやら家の中と外で顔を使い分けるタイプである。

 だが、初手をミスっているので、今さら何をしてもチーム莉子の印象は変わらない。


「え、えっとぉ。わたしがリーダーの小坂莉子です! 芽衣ちゃんにはいつもピンチのところを助けてもらっていて! すっごく助かっています!!」


 チーム莉子の頼れる聖母、莉子さん発進。


「おおう! そうか! いやぁ、お前らも見所があるな! 高嶺の花扱いされていた芽衣ちゃ……姪に勇気を出して勧誘するとは! おおう、なかなかできねぇぞ!!」


「いえいえ、本当に芽衣さんにはお世話になりっぱなしで。この間なんかもね、ダンジョンで大活躍だったんですよ! いやー、ホント芽衣さんに出会えて良かったー! 地球に芽衣さんが生まれて来て助かったー!!」


 チーム莉子の汚れた心の化身。六駆おじさんも呼ばれていないのに発進。

 ここぞとばかりにごまをする。

 なお、このスキルは地元の探索課を最近は一手に引き受けている、市役所職員の本田林からラーニングした。


「おおう! そうだろう? 坊主は荷物持ちか何かか? 将来有望じゃねぇか!!」

「へへっ。ありがとございやーす」


 この混沌とした部屋から、いかにして無事に脱出するか。

 先ほどから黙っている南雲の思考はその1点にのみ鋭く切っ先を向けていた。


 六駆のおべっかすらも「私を助けるために!!」とか思っている時点で、彼がいかに追い詰められているか伝わるだろうか。

 ならば六駆くんのすっているゴマは何のためなのかと言えば。



 「この人偉いらしいし、下手に出とけば小遣いくれないかな」とか考えている。



 まるで男子高校生のような発想。

 どうした逆神六駆。ついに失っていた少年の心を思い出したのか。


「それで、どうよ? うちの芽衣ちゃま、ランクアップ査定してたんだべ?」

「こちらが結果でございます。木原監察官」


 いつの間にか戻って来た山根くん。

 その手には、プリントアウトした査定結果が。


「おー。南雲んとこの若いの! 仕事が早いじゃねぇの! どれどれ。ああん!? Cランクだぁ!? おい、てめぇ! 南雲ぉ!!」


 南雲に詰め寄る木原監察官。

 その身長差は25センチほどある。


「いや、木原監察官! これには深い事情がありまして!!」

「よく分かってんじゃねぇの! 芽衣ちゃまはそろそろCランクくらいが適当だと俺も思ってたんだよ!! さすが監察官の中でも目の利く男! お前のそういうところを俺は買ってるんだよなぁ!」


 この瞬間、芽衣がCランク探索員になった。


 南雲修一は常識と良識を兼ね備えた、監察官きっての知恵者。

 だが、同時に危機管理シミュレーション能力にも優れており、総合的に現在の状況を見定めた結果。


「ええ! もう、姪御さんの進歩には私も驚くばかりでして!!」


 最高の笑顔で対応していた。


 現状、一番まずいのは「芽衣が逆神流スキルを習得している事実の露見」であり、それがバレると芋ずる式に六駆と莉子の身にも不都合が生じ、最終的に南雲の息の根も止まる。


 お忘れの方に説明しておくと、南雲はルベルバック戦争の事後処理で「チーム莉子の存在を隠匿する」と言う行為に手を染めている。

 その行動の正当性と、南雲の六駆たちに対する最大限の礼儀、受けた恩の返礼は道義的に称賛されるべきものであり、我々もそう考えている。


 だが、協会憲章に照らし合わせてみれば、それは違法行為。


 違法行為に心はあっても、裁かれる時は無機質に断罪されるのが世の中。


 まだ探索員として世の中の発展に役立ちたい南雲。

 ここで死する訳にはいかなかった。


 カオスを極める仮想戦闘空間室。

 その扉を控えめに叩く音を一番近くにいた莉子が耳にした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あ、はーい! どうぞー」


 清らかな心を持つ莉子さん。

 当然のようにドアを開けて来訪者を招き入れる。


「おや、ありがとう。修一、おるかー? ちぃと確認したい事があって来たんじゃけども。こりゃあまた、賑わっちょるのぉ」

「なんだ、久坂のじーさんか。あんたもうちの芽衣ちゃま見に来たのか!!」


「ワシはまだおじ様じゃぞ。年寄り扱いせんでくれぇ。木原の小僧めが、ずいぶんとえろうなったもんじゃわい」

「はーっはは!! この俺を小僧扱いできんのもあんたくらいのもんだ!」


 このご老人は、久坂くさか監察官。

 南雲とは縁の深い人物である。


 山根がその南雲の肩を揺する。



「南雲さん、すごいっすね! 監察官がこの場に3人も!! 今どんな気持ちっすか!!」

「……ぬるぽ」



 ぬるぽとはNullPointerException の略語であり、主に処理に異常が発生した時に表示される。

 南雲監察官の再起動は叶うのか。


 引き続き、混沌とした仮想戦闘空間室からお送りしてまいります。

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