第140話 監察官・南雲修一の早く帰ってくれないかなこの人たち
仮想戦闘空間室に、探索員を束ねる監察官が3人も集結していた。
監察官は半数以上の者が自由気ままにやりたい事をやるタイプなので、2人揃えばレアケース、3人揃えばウルトラレアである。
「まあまあ、皆さん。コーヒーでもどうぞ。うちの南雲さんが自信を持ってお届けする、絶品のコーヒーですよ! あ、今テーブル出しますから!!」
「山根さん! テーブルなら僕が! 任せて下さい!!」
一刻も早く部屋からお帰り願いたいのに、山根がいつになく丁寧な接客をする。
そこに加わるのが六駆おじさん。
彼はライブ感を大事にしているため、現在はその波に乗っております。
「ほれ、どかんか木原の。お主はデカいから邪魔でいけんのぉ。ほれほれ、お嬢さんたちも座るとええ」
「いてっ! 久坂のじーさん、もう70だろ? そんなじじいが蹴り入れてくるんじゃねぇよ! つーか、何しに来たんだよ!」
莉子とクララは木原監察官だけでも既に大きな衝撃を持ってその登場を受け入れていたところに、同じくらい有名な久坂監察官の登場で言葉が出てこない。
「おっと! おじいちゃん、椅子をどうぞ! 立ちっぱなしは疲れるでしょうから!」
そこに気を利かせる六駆おじさん。
ついに完全に自分よりも年上の人間が現れて、彼は高揚している。
「……ぬるぽ。がぁっ!! 逆神くん! いや、やってる事は至極正しいのだが、失礼だぞ!! そちらの方は探索員の生き字引の異名を持つ、
息を吹き返した南雲。
六駆が年寄り扱いしているおじいさんがどれだけすごいおじいさんかを伝える。
「あらら! 生き字引! さぞかしご高齢なんでしょうねぇ! さあ、椅子をどうぞ!!」
「逆神くん!! どうしてわざわざそんなインコース高めのボールに狙いを付けるの!? 今、久坂さんの歳の話はしてないでしょう!!」
久坂監察官、本当に疲れたのか、ふらりと後ろに2歩ほどよろめく。
「よっとぉっ! 危ないところでした! 音を立ててしまってすみません!」
「ほう。小僧、やりおるのぉ。今のをいなして見せるか」
それでは、超高速で行われた2人のやり取りを振り返ってみましょう。
まず、久坂が一足ほど下がった瞬間、
それをノーモーションで叩き落として、あくまでも椅子を差し出す六駆。
続けざまに久坂は踵を振り上げる。六駆の顎めがけて
条件反射で身体をのけ反り躱したのち、天井で爆ぜる
以上の攻防がほんのまばたき1回分の時間に行われていた。
それを目撃した南雲。
とりあえず落ち着こうとして、水筒の中身のコーヒーを頭から浴びる。
既にその時点で落ち着いていないのだが、久坂監察官に六駆の存在がバレたと認識している彼に、それでもなお「落ち着け」と言うのは鬼畜の所業。
また「ぬるぽ」って言って動かなくなる。
不幸中の幸いだったのは、木原監察官が姪の芽衣に夢中でまったく気付いていなかった点である。
彼は超攻撃特化のスキル使い。
他に振り分ける能力値などないので、戦闘能力だけが突出したパラメーターになっており、
なんだか似たようなパラメーターシートのおじさんを我々は知っている気がする。
「まあ、せっかくじゃけぇコーヒーを貰おうかのぉ。修一。お主、コーヒー好きなのは知っちょったが、まさか本当に浴びるとは。ほっほっほ! 愉快な男じゃ!」
「おい、南雲んとこの若いの! オレンジジュースはないのか?」
「ああ、すみません! 中学生の女の子にコーヒーは気が利きませんでした! すぐにお持ちします!!」
「勘違いしてるんじゃねぇのよ、若いの! 俺がコーヒー飲めねぇんだ!!」
「みみっ……。だからおじさん、嫌いです。みっ……」
こうして始まった突然のコーヒーブレイク。
南雲のメンタルもバッキバキにブレイク。
山根が運んできたオレンジジュースを飲んで、「おおい、お前! これ100パーセントじゃねぇか! 分かってんじゃないのぉ!」とご満悦な木原監察官。
「小僧。お主、ワシの隣に座れぇ」と六駆を捕まえる久坂監察官。
「えー。おじいさん、寂しがり屋さんですねぇ」と渋々応じる六駆。
目の前の人たちが偉すぎて、もうこの場では黙っておいた方が良いだろうと判断した、莉子とクララ。
「この人たち、いつまで居座る気だろう」
南雲はコーヒーも滴るいい男になって、前髪をかきあげながら天を仰いだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
20分ほど経っただろうか。
館内放送が流れた。
『木原監察官。木原監察官。東日本支部から応援要請です。対象の新型モンスター、危険度Aランク。至急、監察官室へとお戻りください』
監察官、およびSランク探索員。
彼も南雲と同じく研究を旨とする監察官である。
だが、厳密に言えば研究と言う名の研鑽が目的なので、少しでも細かく分類するとその種別はまったく違うものになる。
彼の元には全国、さらに海外の拠点から、毎日のように新種のモンスターが発見されると報せが届く。
彼が現地に赴く条件はただひとつ。
そのモンスターが強く、自分の力を発揮しても楽しめる相手である事。
今日も彼は【
8人いる監察官の中で、最も強く、最も落ち着きのない男として勇名を馳せている。
「すまんなぁ、芽衣ちゃま! おじちゃん、ちょっと仕事が入っちまったのよ! Cランクのスキルはまた今度見せてもらうからね! 南雲ぉ、芽衣ちゃ……うちの姪をくれぐれも頼んだぞ!! じゃあな!!」
木原監察官はそう言い残すと、ぶ厚い仮想戦闘空間室の扉を引き戸なのに押し開けて、ドアごと持ち去って行った。
多分、これから戦うモンスター相手の武器にでもするのだろう。
ひとまず、一番ヤバい監察官が減ってくれて、南雲は安堵する。
久坂と南雲は師弟関係にあり、彼の剣技を仕込んだのが久坂剣友。
このじい様も色々と面倒な性格はしているものの、信頼を置いていると言う時点で南雲の心にかかる負荷は段違いに軽くなる。
「ほっほっほ。まったく騒がしいヤツじゃのぉ。1か所にじぃっとしちょれんとは、図体ばかりデカくても中身は子供のままじゃな。……ほう! あれが世に言う子供部屋おじさんか!!」
お年寄り特有の勘違いなのか、それともウィットにとんだジョークなのか。
判断はつかないものの、一気に穏やかになった部屋の空気に南雲もようやくテーブルについて、淹れたてのブレンドを啜る。
彼の1日はまずその日のコーヒーを焙煎するところから始まる。
そうして作り上げる一杯は、いつも彼の心を優しく満たしてくれるのだ。
「ところでのぉ、修一よ」
「ああ、はい。そう言えば、久坂さんは何のご用でいらしたんですか?」
「ちぃと面倒な案件があるから、お主に行かせて楽しちゃろうと思うとったんじゃが、ヤメたわい。この小僧に行かせよう。こやつ、お主より強いじゃろ?」
「ぶふぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
まあ、だいたいこうなるのが南雲ブレンドコーヒーの運命。
一方、莉子とクララは芽衣を慰めながら、山根の出してくれたコーヒーゼリーを堪能していた。
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