第325話 人工島・ストウェアの(しょうもない)攻防戦

 時計の針を少しばかり戻して、30分前。

 イギリスの人工島・ストウェアでは、雷門善吉監察官による作戦の準備が着々と進行していた。


「なるほど……。7番よりも強力な敵ですか。さらに、3番がいるんですか。自分たちも昨日の襲撃戦では3番の開発したイドクロア兵器には苦戦しました。『幻獣玉イリーガル』で川端さんと雨宮さんはやられましたし」

「水戸くん……。お願いだ。その話はヤメてくれ……」


「あ、すみません! 違うんですよ! 自分はただ、『幻獣玉イリーガル』や『人造人形クレイドール』を作った男が相手となれば、昨日の比ではない苦戦が強いられるだろうと思っただけで! 別に、川端さんのおっぱい事件について蒸し返そうと言う訳では!! ……あっ」

「雷門くん。私はこの戦いに命を賭けるつもりだ。この川端一真、アトミルカだけは絶対に許せん」



 川端監察官の士気が極めて高まっていた。



「自分だってお役に立って見せますよ! 監察官の中では弱卒の身ですが、Aランク探索員たちも奮戦していると聞いては、黙っていられません!!」

「お二人の言葉、実に頼もしい。数時間後にはキュロドスに転移する手筈になっているので、まずは【稀有転移黒石ブラックストーン】でフォルテミラダンジョンまで飛びましょう」


 水戸と川端は雷門の指示に頷いた。

 彼らも昨日の7番による侵攻作戦に対応した事で、いい感じに体が温まっていた。


 ここは禍を転じて福と為す。

 プラスに考えるべきだと3人の監察官は語り合う。


 ふと、雷門が言った。


「ところで、雨宮上級監察官はまだ準備が整わないのですか?」

「えっ? 雨宮さんならいませんよ?」


「ええと、それはどういう事ですか? ああ! どこかで時間ギリギリまで精神を研ぎ澄ましておられるのか!!」

「いえ。あれ? 雷門さん、ご存じないんですか? 雨宮さんなら、おっぱいが呼んでるとか言って、昨日7番を退けてから事後処理も放り出し歓楽街に消えていったままですよ」


「えっ!? 雨宮上級監察官、いないんですか!?」

「普通にいません。と言うか、あの人は基本的にストウェアにはいませんよ」


「そ、それは困ります! 水戸くん、どこに行かれたか分かりますか? 歓楽街に一体何が!?」

「え、ええと……。何と申しますか……」


 水戸信介はまだ若い。

 先輩である雷門善吉に対して、真実を告げて良いものか逡巡する。


 それが残酷な真実であればなおのことである。


 そんな彼の肩をポンと叩くのは、「寡黙な仕事人」の異名を「おっぱいジャンキー」に塗り潰されようとしている川端一真。

 心はおっぱいに売り渡していても、中身はしっかり正義の人である。


「水戸くん。ハッキリと申し上げた方が良い。時間もないから」

「な、なんですか!? まさか、雨宮上級監察官は既に単身で重要な任務に!?」



「ジェシーだかキャシーだかのおっぱいに会いに行っています」

「こ、ごの、緊急事態にウワッハッハーーン! どうしておっぱいッヒョオッホーーー!! せやかて、みんな命がけでぇ命がけでイェーヒッフア゛ーー!!」



 こうして、時計の針が現在とリンクする。

 当然だが、雨宮上級監察官は未だに行方不明である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「水戸くん。とりあえず連絡を取ってみよう」

「ええ……。川端さん、もう昨日から15回ほど試してますけど」


「分かっている。けれど、これでは雷門さんが余りにも気の毒だ。見てごらん。責任感からか、人目を憚らずに大号泣しておられる」

「た、確かに……。雷門さんとはあまり一緒に仕事をした事がないですけど、割と感情的になる熱い人だったんですね……」


 水戸は雨宮のサーベイランスに通信を行った。

 世の中、まったく期待していない時ほど意外と成果が出るものなのは何故か。


『はいはい。ハロー。水戸くん! どうしたの?』

「あっ。繋がった。雨宮さん! 何してるんですか!! 一体どれだけ連絡したと思ってるんですか!! こっちは大変なんですよ!!」


『ごっめーん! いやー。キャシーのおっぱいがさー! 違う、ジェシーだ!!』

「あ、あなた! まだジェシーのおっぱいに夢中なんですか!? 何時間そんなしょうもない事やってるんですか!!」



『水戸くん。おっぱいはしょうもなくないぞ! ねー、川端さん!!』

「……私は体調が悪くなって来たので、雷門さんの隣にいるよ。水戸くん……」



 言葉のナイフで癒えていない傷をがりがり切り裂いていく雨宮。

 川端は雷門の隣で体育座りをして、隣から聞こえて来る号泣に身を寄せた。


「とにかく、すぐに戻って下さい! 協会本部から指令が出ています!」

『うっそだー。だって私のサーベイランスには何も来てないもんねー』


「機密性の高い任務だから、雷門監察官が直接伝えに来られているんですよ!!」

『えー。でもさー、ジェシーが離してくれないんだよねー! あ、違った! エミリーだ!!』


「なんで増えてるんですか!? この不良中年!! そもそも、キャシーだかジェシーだか知りませんけど、『幻獣玉イリーガル増殖ゾンビ』の宿主になってましたよね!? おっぱいがどうこう言ってる場合なんですか!? 然るべき治療を受けさせてあげて下さいよ!!」



『もうやりましたー! 私のスキル属性忘れたの? 再生だよ、再生! もうキャシーのおっぱいも喜んでるよ! 違った! ジェシーの!!』

「腹が立つなぁ!! 良いから、30分以内に戻ってください!! 緊急任務です!!」



 水戸が𠮟りつけたくらいで首を縦に振るのならば、雨宮はそもそも襲撃されたてのストウェアを放置して歓楽街に繰り出していないのである。

 万策尽きたか。


 そう思って通信を切ろうとした水戸信介の肩を、再び力強く叩く男がいた。

 川端一真監察官である。


 彼は「水戸くん。私が代わろう」と言って、サーベイランスを受け取る。

 その表情には鬼気迫るものがあり、「この人は何かやってくれるぞ」と思わずにはいられない。


 川端は雨宮に向かって、いつもの落ち着いた声で言った。



「雨宮さん。作戦が終わったら、私の知っているお店を紹介します。……活きの良い新鮮なおっぱいが売りのお店です」

『えー!? おっぱいジャンキー川端さんのおススメ!? 行く、行く! 分かった、すぐに戻るよ! もー! 川端さんってば、ズルいんだからなぁー!!』



 そう言うと雨宮は通信を切った。

 水戸は川端の顔を見る。


「水戸くん。良いんだ。私が汚名を着る事で、世界が平和に保たれる。ならば、喜んでおっぱいジャンキーの名を頂こう。雷門さんがあれほど真摯に世界を憂いておられる。ならば、私だっておっぱいジャンキーになろうとも……!」


 その表情は水戸がこれまで見て来たどの川端一真よりもスッキリしていたらしく、彼は若輩者らしく差し出口を挟むのをヤメて、無言で敬礼した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おっまたー!! いやー、超急いで帰って来たよー! どこ行くの? 女の子いる?」

「……本当にすぐ帰って来た。自分はどうしてこの人に師事しているんだろう……」


 雨宮順平上級監察官、わずか18分でストウェアに帰還する。

 一番近い歓楽街までの距離が40キロある事を考えると、驚異的なタイムである。


「あららー! 雷門さん、おひさー! 今晩空いてる? 川端さんがいいお店知ってるんだって!! 一緒に繰り出しましょうよ!!」


 雷門は「少しだけ失礼」と言って、サーベイランスを起動する。

 協会本部へ短い通信を行った。


「こちら人工島・ストウェア。準備が整いました。川端監察官の尊い犠牲によって。これより、【稀有転移黒石ブラックストーン】を使用して、フォルテミラダンジョンへと移動します」


 何はともあれ、イギリス組の戦闘準備も整った。

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