第333話 上級監察官・雨宮順平のハッスル

「ぶべあだあぁあぁぁっ!! お、おおお、おっぱ……い……?」

「そうです! 川端さん!! あなたの大好きなものですよ!! 一緒に触りに行きましょう!!」


 いつまでも何をやっとるのか、君たちは。


 川端一真は完全に自我を乗っ取られていた。

 改良型の『幻獣玉イリーガル』は煌気オーラの伝達系を逆行する事で、全身に毒を回らせる。

 そうなれば、自力でどうこうするのは限りなく不可能に近い。


 雨宮順平のように規格外と言うか、反則のような属性スキルを持っていれば話は変わるが、川端がいかに達人と呼べる域に届いていようとも、『幻獣玉イリーガル』の支配からは逃れられない。

 はずだったのだが、どういう訳か彼はギリギリいっぱいのところで、ほんの少しだけ自我を残していた。



 それが「おっぱい」だと言う悲しみは、どう表現したら良いのか分からない。



「南雲さん、南雲さん」

「……はっ!? ああ、すまない! あまりの出来事に我を失っていた! 逆神くん、どうした?」


「センターマンを連れてきました!」

「おお! 素晴らしい働きじゃないか! ……で、雨宮さんはなんで右半身が全裸なんですか? 股間の辺りがものすごく危ないんですが」


「こっちの方が女の子にウケるかと思って!!」

「……私見を述べさせていただきますとですね。多分、ウケないと思います」


 おっさんはなにゆえ下ネタに走るのか。

 彼らは別に、嫌われようとして下品な話をする訳ではないのだ。


 「こういう話、好きやろ!?」と言う、謎の決めつけからのある種では親切心。

 場を盛り上げようとしているのである。そこに悪気はない。


 悪気がないからこそより厄介なのは言うまでもないが、「小学生ってうんこの話好きでしょ?」と言う低レベルな想定をそのまま大人に持って来ると、だいたい下ネタになるのだ。


 これは、世界に108あると言われているおっさんの不思議の1つである。


「えっ……。センターマン、面白いよね? ね? 逆神くん?」

「僕は好きだなぁ! それ、元ネタがあるんですか?」


「あるある! 昔ね、ネプチューンの原田泰造がやってたコントでさー!!」


 そこまで雨宮が喋ったところで、六駆の首根っこを細いけれど逞しい腕が伸びて来て掴んだ。


「六駆くん! ダメでしょ、そんな品のない話ばっかりして!! こっち来て!!」

「ああああっ!? なんで!? 莉子さん、なんで!? ああああああっ!!!」



 逆神六駆。嫁(仮)に「付き合う相手は選べ」と莉子パンチで躾をされる。



「あららー。今の若い子って難しいのねー。南雲さん、それで私はなんで呼ばれたの?」

「いや、決まっているじゃないですか! 川端さんをどうにかしてあげてください!!」


「川端さんも好きだなぁ! 普通2日で2回もゾンビになります? あ、私もだ!! てへぺろ!!」

「お願いですから助けてあげてください。不憫で仕方がないんですよ……」


 南雲の良心は、ただれた心のおっさんにも通じるらしかった。


「分かりましたよー。仕方のない人たちだなぁ。おじさん、ちょっとだけ頑張ろう! そいやっさ! 『物干竿ものほしざお』!! あ、今の掛け声、一世風靡セピアのヤツなんだけど、分かりました?」

「分かりました! 分かりましたから!!」


 雨宮順平は満足そうに笑って、戦場のど真ん中へと歩いて行く。

 そこには、必死に「おっぱい! おっぱい!!」と叫んでいる水戸信介。

 雨宮は、喉を裂き血を吐く寸前まで「おっぱい」と連呼している若き監察官の肩を叩いた。


 続けて、言う。



「水戸くん。これから川端さんを救うんだけどさ。手伝ってくれるかな?」

「……雨宮さん! どうせその後で、活きの良いおっぱいを出す店の会計を経費で落とせ、とか言うんでしょう? 分かりました、自分が全額支払いますから!」



 雨宮は「うひょー!」と叫んで、『物干竿ものほしざお』をクルクルと回転させた。

 その叫び声には慣れ親しんでいる急襲部隊のメンバーたち。


 彼らは一斉に六駆の方を振り向いたと言う。

 珍しく、それは誤解による風評被害であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 雨宮は『物干竿ものほしざお』を構えて、少しばかり考える。

 そののち、大きな声で助けを求めた。


「この中に、視力強化できる人いるー? できれば、煌気オーラ感知もできる人ー!」


 六駆ならばピッタリ注文に合うのだが、あいにく彼は莉子に「付き合いが悪いとは言ってないけどぉ! 限度ってものがあるんだよぉ!!」とお説教されている最中。

 代わりに、アタック・オン・リコから彼がやって来た。


「ふ、ふふっ。雨宮さん。俺がいるじゃないですか。ひどいなぁ。ぷっ、ははっ」

「あらら! 雲谷くんじゃないのー! なにー? 君もこの作戦に参加してたのー? おじさん知らなかったー! 言ってよー!!」


「言いましたよ。メールを4通も送ったじゃないですか。あはははっ」

「そうだっけー? 私のメールフォルダ、未読が30000件とかになってるからなー。よし、じゃあ雲谷くんでいいや! 『幻獣玉イリーガル』の核の場所分かるー?」


 雲谷は煌気オーラを両目に集中させた。

 煌気オーラ感知ができるまで強化した目は、血管が膨張して赤くなる。

 雲谷はその赤い目で、的確に核の場所を割り出した。


「右胸の大きいコブですね。それから、左の足の先にもあります。ふふっ、核を2つに分けるとか、尋常じゃない技術ですよ。ははっ」


 3番の改良型『幻獣玉イリーガル増殖ゾンビ』は、まさに脅威の生体兵器であった。

 だが、どんなものにも相性と言うものはある。


「よーし! じゃあ、水戸くん! 拘束よろぴく!」

「了解しました! 『ムチムチハネムーン』!!」


 別に水戸がふざけている訳ではない。

 彼の武器である『ムチムチウィップ』を用いたスキルは全て雨宮が教えている。


 よって、ふざけているのは雨宮。水戸は真剣にふざけたスキルを使っている。

 なお、『ムチムチハネムーン』は煌気オーラの鞭と『ムチムチウィップ』の両方を使って対象の自由を奪う高度なスキルである。


「よーし! じゃあね、とりあえず川端さんには我慢してもらう事にして! はい、いきまーす! 『元気よく伸びる棒ビンビンドーン』!!」

「おっぱいまれせまゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅ!!!」


 雨宮の一撃が、迷いもなく川端の右胸を貫いた。

 さらに同じスキルで左足も膝から下を叩き斬る。


 これには堪らず、川端も奇声を上げた。


「ほい! 除去完了ねー! すかさず『眩しい新緑の緑モリモリグリーン』!! からのー!! 『黄色い向日葵の黄色ホカホカイエロー』!! はーい! 施術も完了!!」


 急速再生されていく川端を見物するために、六駆が戻って来た。

 彼は「おおー」と感嘆の声を漏らした。


「すごいですね! こんなスキルは僕も使えないなぁ! これ、自分の生命力を貸与してるんですよね? 雨宮さん、ちゃんとすごいじゃないですかー!!」

「あらー! 分かる? 分かっちゃう? 逆神くんって話せるわー! そうなの! おじさんの生命エネルギーを着払いで届けてるの! 私の煌気オーラが合わない人だと、激痛が伴うんだけどねー! 川端さんは相性バッチリみたい!!」



 それは勘違いである。



 実は川端と雨宮の煌気オーラの相性は極めて悪い。

 よって、彼は再生される過程で激痛に苛まれている。


 だが、彼は声を上げない。呻き声ひとつ漏らさない。

 何故か。



 これ以上の醜態を晒したくないからである。



 『幻獣玉イリーガル増殖ゾンビ』のいやらしいところは、ゾンビ化していた間の記憶もバッチリ残っているところにある。

 自我を失わせていた間の記憶は、回復と同時に脳内に置き逃げされる。

 よって、自我を取り戻した瞬間に自分のよくないハッスルの全容も知る事になる、アフターフォローまでばっちりな生体兵器。


「あれ? 南雲さん。まずいですよ」

「これ以上のまずいことってある? なんだね、逆神くん」


「子ゾンビとか孫ゾンビが、普通に活動してます。宿主の雨宮さんと川端さんはもう回復してるのに」

「ええ……」


 3番が少し本気を出しただけで、ここまで戦局が混乱するとは。

 その事実は指揮官である南雲の頭を悩ませる。

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