第1024話 【無理やりにでもやる日常回・その2】逆神莉子(小坂ですよね?)VS逆神六駆 ~日常回です~

「ふぇぇ……? 六駆くぅん……。嘘だよね……?」

「え゛っ!?」


 涙目の莉子ちゃんが六駆くんの背後を完全に捉えた。

 逆神六駆は未だ最強の名を破られていない完全無欠、天衣無縫の男。


 だが、思い出して欲しい。


 莉子ちゃんが一時的に六駆くんの実力を上回ったタイミングが存在した事を。

 思い出して頂けたらば、さらに追加で思い出して欲しい。


 2人が婚約してからパワーバランスがどうこう言う前に、逆神カップルの間では六駆くんの無条件降伏状態が徹底された事実を。


 その日我々は思い出した。

 この世界は乙女に、とかく嫁属性を獲得した乙女に支配されていた恐怖を。


 進撃の莉子ちゃん回でございます。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「違うんだよ! 莉子!! 誤解があるね!!」


 男子っていくつになっても後ろ暗いことがあれば「誤解だ!」って叫ぶところがある。

 それが仮に後ろ暗くなくても「誤解だ!!」をササっとふりかけるだけで、辛みが増すというのに。


 こちら「からみ」でもよろしいですが「つらみ」となんか若者言葉っぽくお読み頂いても結構でございます。

 またツラミとは牛の頬肉を指します。

 赤身肉かなと思って食べたら見た目に騙されてホルモンだった、5分くらいずっとモグモグやっても呑み込むタイミングが分からなかった。


 焼肉学の権威ヤワラカー・イーノガスキー氏の日記からの引用です。


「誤解ってなに!? 六駆くん……わたしと結婚式したくないんだよねぇ!?」

「えっ!?」


「ほらぁぁ! したくないんだよぉ!! もぉぉぉ! 浮気よりひどいっ!! わたしが六駆くんなしじゃ生きていけない事知っててそーゆうことするんだぁ!! もぉぉぉぉ!!」

「南雲さん! バニングさん! ライアンさん!! 助けてください!!」


 身構える3人。

 「ここは新参者の私が参りましょう」とライアンさんが1歩どころか10歩ほど踏み出した。


「夫婦喧嘩は犬も食わぬと申しますれば、全てのワンコとにゃんこを守る大義を掲げる私の手には負えませぬ。南雲監察官、バニング殿。ここは私が先に参ります。みつ子閣下の元へ! 失礼する!!」


「えっ!?」

「なんだと!?」


 先に安全地帯へと参ったライアンさん。

 古参の苦労人たちが出し抜かれる。


「……ぐすっ。バニングさんもそういえば、結婚式してないですよね。……ひっく」

「ふっ。……アリナ様。私が向かうのは天国でしょうか。地獄でしょうか。どちらにせよ……。願わくば、貴女には当分の間来てほしくない場所ですな」


 バニングさんが命を諦めた。


「そうなんだよ! バニングさんは結婚式しないんだって!! それ聞いてね! 僕も参考にしたんだよ!!」

「……いや、まだだ! 生きるのを諦める訳にはいかん!! 六駆! 墓穴を掘ったな!! それは暗にお前が結婚式をしたくないと認めた事になる!! そして莉子! 私はこの戦いが終わったら結婚式を挙げるぞ!! 南雲殿! てんとう虫のサンバとやらをお願いできますか!?」


 開眼バニングさん、活路を見出す。

 活路が近くにあったら迷わず掴め。

 迷えば死ぬぞ。とは、逆神家被害者の会に入会した際に配られる冊子の2ページ目に書いてある格言である。


 提言者は南雲京華さん。


「そうですね! お任せください!! 気まぐれロマンティックも歌います!! 山根くん! 聞いているか!! 緊急事態だ!! サーベイランスで全ての記録を保持! 本部のデータベースに保存!! 夫婦喧嘩の証拠を残せば私たちは生き残れる!! 言っとくけど、君も結婚式まだやってないからね!!」


 サーベイランスがかつてない俊敏な動きで飛んできた。


『こちら山根っす。南雲さんの命令を既に実行済みっす。あと勘弁してください。自分、腰やったってた言ったじゃないっすか。隣に春香さんいるんすよ。逃げられなあ゛! 違う! 春香さん! 自分たちも結婚式しましょ!! 貯金あるんで!! ゔっ! 春香さ』


 サーベイランスがコトッと床に落下した。

 それでも記録保全モードに移行しているのは南雲監察官室の絆か。


「さあ! バニングさん! あっちでコーヒーでも飲みましょう! 活きの良いブレンドがあるんですよ!」

「ふっ。南雲殿コーヒーは実に美味い。ご相伴に預かろう」


 南雲さんとバニングさんがログアウトしました。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ちがっ! 莉子!! 待って!! 僕ね、莉子の事を愛してるんだってば!! 本当に!! このマント見て! 書いてあるの!!」

「ふぇ!?」


 やったか。


「もうね! 莉子の事しか考えてない!! 必死にお金貯めてるのも全部莉子のため!!」

「ふぇぇぇぇ……」


「言ってなかったけどさ! この戦争で億単位のお金が稼げそうなの!! すごくない!? これも全部! 莉子がいてくれたおかげだよ! うふふふふふふふふふふふふ!!」


 やったか。



「六駆くん……!! あれ? 待って? そんな大金が入るんだったら、豪華な結婚式しても家計に余裕があるんじゃないかな? だって、南雲さんの結婚式だって一千万くらいだったんだよね? 一千万ってアレでしょ? 六駆くんがこれから1人余計に殺したらペイできないかなぁ? 六駆くん? なんで目を逸らすの? ねね、なんで?」


 こちら、莉子ちゃん恐妻モードでございます。

 道理や論理や小賢しい理屈は全て嫁力で粉砕するパワー形態。


 あと、理性があります。



「り、莉子!! そういえばね! 豆大福が!」

「もぉぉぉ! とっくに全部食べたよぉ!! お腹空くから食べ物の話しないで!!」


 豆大福と紅白まんじゅうは莉子ちゃんが9割を美味しく頂きました。

 六駆くんは「なんで僕、現世で豆大福をあんなに食べたんだろう。2個くらい残しておけば……!!」と後悔した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 莉子ちゃんは初恋でゴールをキメた乙女。

 恋に恋する時間もないままに致そうとしていた頃もある乙女。


 彼女をミンスティラリアに予備兵力として残していた期間。

 実はあのわずかな時間に義母と義祖母を交えて、逆神家の嫁三世代会談が行われていたのだ。


 そしてこんな会話をしていた。


「ふぇ!? お義母さん、結婚式したんですか!?」

「うふふ。しましたよー? 大吾さんがパチンコで勝った日にしてもらいましたー」

「お金出したのはあたしとお父さんやけどねぇ。まあ、あねぇな息子でもこんなに可愛いお嫁さん貰うて来たらねぇ? 記念になるしねぇ」


「そ、そうなんだ……。おばあちゃんも?」

「呉では結婚が決まったら近所のもんが集まって盛大に祝うのがルールじゃもん! それに背くと一族郎党追放されるんよ!!」


 独立国家の憲法ですので、混同しないようお願いします。


「ほええ……! じゃあ、わたしも結婚式しなきゃだよ!! だって! お義父さんですら結婚式してくれてるんだもんっ!! わたしの六駆くんがしないなんて言うはずないよぉ!!」

「あらあらー」

「ええねぇ。ラブコメしちょるねぇ」


 おわかりいただけただろうか。

 という認識。


 ならば、六駆くんが結婚式をしない理由が分からないし、見つからない。

 向かいのホーム。路地裏の窓。

 どこにもあるはずねぇ。


 莉子ちゃんは「い、いつ言われるのかな!? 胸がドキドキして震えちゃうよ!! もぉぉ! 恥ずかしい!! はしたないからスポーツブラにしよっかな!!」とワクテカしていた。

 胸が震えるくらいにワクテカしていた。



 それはもう大変な事である。



 現実を見てみよう。


 「結婚式? 真心? 思い出? それって日本の貨幣価値に置き換えられます?」とか言い放つ旦那がそこにはいた。

 結婚観を夫婦で共有する義務はないし、共有せずとも上手くやっていける夫婦はたくさんいるだろう。


 ただ、今回は六駆くんの母ちゃんとばあちゃんが先に「結婚式は盛大にやろうねぇ!!」と莉子ちゃんのヒップを叩いており、胸と違って叩きがいのある尻を叩かれたらばそれはもうその気になる。

 初恋が最後の恋である乙女の夢を砕いたのは、ちょっと六駆くんが悪い気もしてきた。


 あと、唾棄している親父もちゃんと結婚式を済ませているという事実。

 これは六駆くんにとって致命傷である。


「り、莉子! 聞いて!? 結婚式が終わったらね! 初夜とか言うのがあるらしいんだよ! 南雲さんが言ってた!! 莉子、それまでそういうことできないけど、平気!?」


 六駆くん、最後の悪あがき。

 「莉子がその気なら今すぐだって致すよ、僕は!!」とてめぇの貞操を人質に交渉を試みた。



「もぉぉ! 別に初夜が初めてじゃなくても良いんだよぉ!! わたしそこは気にしないもん! あ! 初夜でもするよ!? でも、ハネムーンベイビーとかにこだわりないし!! マタニティウエディングって知ってるよね? ゼクシィ置いておいたから、六駆くんなら読んでくれたよね? 今は授かり婚の時代なんだよぉ! むしろ、少子化なんだから! どんどん産んで良いんだよ!! わたし! 授乳頑張るっ!!」

「…………そうなんだ! すごいね!! 南雲さん! 結婚式のやり方教えてください!!」


 逆神六駆、生涯無敗の男のはずが1人の乙女にだけは何度目か分からない敗北を喫した瞬間であった。



 夫婦の激闘、決着。

 逆神六駆は時代の敗北者じゃけぇ。


「ふぇ!? 六駆くん……!?」

「うん。莉子が喜んでくれるなら、お金はいくらかけても良いかなっておもdlprtl」


「六駆くん!! しゅき!!」


 だいしゅきホールドが繰り出された。


 敗北を認めた相手に追撃を加える。

 一部では死体蹴りと言われるが、こと仕合に関しては倒れ伏した相手にそのまま下段蹴りでトドメを刺すのは定石。

 年末に久坂家で辻堂さんから「こいつが仕合の極意ってえもんよ」と余計な事を習っていた莉子ちゃん、知らない間に戦巧者への道を歩んでいた。


 六駆くんと莉子ちゃん、この戦いが終わったら結婚式挙げるってよ。


 この世界では死亡フラグが常にストライキをキメているので、死亡フラグ労働組合は早いところ賃金交渉を終えて仕事をしてください。

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