第1204話 【莉子ちゃん敵国、敵は全て下郎・その2】ピュアドレス暴走中 ~移動中なので問題ございません~

 六駆くんが喜三太陛下と死闘と呼ぶにはもう少し足りないけれどやっぱり死闘に近いギリギリ死闘寄りの戦いをしていた頃。

 時を同じくして恋人で相棒で弟子の小坂莉子ちゃんは迷宮状態の皇宮を移動中であった。


 目的地は決まっていない。

 目的は決まっている。


 これ以上の無為な戦闘をヤメさせるため、煌気オーラ反応の高いポイントへ向かい争いの芽を摘むのだ。


「……みみっ」

「ふん。芽衣ちゃま。俺に考えがある」


「……みみっ」

「ふん。一旦、魔王城に帰るか」


「……みみっ」


 木原芽衣ちゃまBランク探索員。

 彼女は煌気オーラ総量が平均的な探索員に比べても心許ない。

 それを補う努力と工夫で一線級の乙女に仕上がったが、煌気オーラ補給の方法がない以上、消費は極力避けるべき。


 なにせ皇帝陛下が彼女のスキルをおパクりあそばされるほどの応用力である。

 現世サイドの秘密兵器は大事にしなければ。


 魔王城で後方司令官を拝命していたのも、思えば芽衣ちゃんの煌気オーラ温存のためだったのかもしれない。

 指示したのは六駆くんだったか、莉子ちゃんだったか。

 支持したのが六駆くんだったか、莉子ちゃんだったか。


 とりあえず、逆神カップルによって芽衣ちゃんはここまで取って置きのとっておきとしてキープされていた。

 ならば、今こそお役に立ちたいと奮起するのがこのみみみと鳴く可愛い生き物。


 移動にもスキルは使わず、普通に走っている。

 こちらの芽衣ちゃま、文武両道を地で行く事でも勇名を馳せる。

 私立ルルシス学院では水泳で抜きんでた成績を残す一方、陸上でもマラソン大会で3位になったほどのスポーツ女子であり、学友たちからいつもキャーキャー黄色い声を浴びせられている。


「……みみっ」


 そんな芽衣ちゃんがちょっと物憂げ。

 動物性たんぱく質が足りないのかな。

 煌気オーラ感知に優れている彼女は隊列の先頭を預かり、適切なルートを選択して進行中。


 先陣を務めると言っても、常に最短ルートを選定すれば良いという訳ではない。

 後続が追走できる速度とペースを維持し、戦場に現着したらばすぐに援軍としての役割を果たすべく、移動と同時にメンバーのケアも必要になるのだ。


 並走するのはサービスさん。

 もう煌気オーラが枯渇したから魔王城に帰れると思ったら、ダズモンガーくんに練乳をわんさか手渡されてチュッチュしてたらちょっと回復してしまった、まだまだ帰れ魔天の最中。


 天使の隣を譲りたくないが、先ほど天使になった乙女が自分の後ろにいるのは怖い。

 そうなると「ふん。もしや、芽衣ちゃまは小悪魔か?」と魔天の位置関係について考え始める。


「ぐーっはははは!! 莉子殿!! 遅れておりまするぞ!!」

「は、はひ……。ひ、ひぃ……。あにょ……。もう少し、ゆっくり……移動……ぷぇ……」


 天使のようなドレスを装備した、アルティメット莉子ちゃん。

 彼女についての情報はもはや捕捉不要であろう。

 結論から述べる事とする。



「ぷぇ……。ひゅ……。は、はひ、はひ……。ぁ。……これ、ちょっと無理かも」


 走って移動するだけでちょっと瀕死になっていた。



 バルリテロリに来てからこっち、移動はリコバイクか苺光閃いちごこうせんジェットを太ももから噴射しての鉄腕アトムみたいな形態か、いずれにしてもてめぇの足で走るという事を忘れていた彼女にバルリテロリの重力が襲い掛かっていた。

 バルリテロリの重力は、なんと恐ろしいことに現世の等倍。


 等倍である。


 じゃあ現世と同じ仕事がデキるじゃねぇかと仰せになられるか。

 ベテラン探索員の諸君ともあろう各々方にしては浅慮な。

 嘆かわしい。



 舞台がたとえ現世だろうと、この子が速く走ってた記憶はどこまで遡ったら出て来るのかこっちが教えて欲しいくらいに莉子氏は運動をしていない。



 芽衣ちゃんも「……みみっ。休憩するです? でも、充分な休憩してたら多分戦争終わるです。みっ」と全てを見越した上でギリギリの判断に迫られており、現状は5秒に1度振り返ることを折衷案として、とりあえず行軍は中断していない。

 ナニとナニを折衷しているのか聞くのは野暮である。


「だ、だだだだ、だじゅ……もんがー……しゃん……。せ、せにゃか……」


 それが最適解。

 ダズモンガーくんに搭乗して、トラの身を駆る莉子ちゃんになれば移動速度はトラさんの数倍速に。

 なにせダズモンガーくんは耐久力極振りタイガー。


 野生のトラは狩りがクソ下手だということはあまり知られていない。

 一説には獲物を捕捉してからハンティングシークエンスへと移行して、無事に狩りを終えられる確率は10パーセント程度だとされる。


 トラさんは足が遅い。

 いや、速いやろと思われた方はよーくそのイメージを注視して欲しい。


 多分、チーターとかピューマが混ざっている。


 さらに単独で狩りをする。

 いや、群れでするやろ、♀が仕事するので有名やんかと思われた方はよーくそのイメージを注視して欲しい。


 多分、ライオンかハイエナが混ざっている。


 さらに獲物を狩る時には遮蔽物に身を隠してじりじりと近づき、跳躍からの急接近からの爪による引っ掻きからの牙を立ててがぶっ。

 だが、前述の通りトラさんの足は遅い。


 ついでに持久力もないので、1日に狩りがデキる機会は1度、多くても2度。

 獲物に逃げられると個体差にもよると思われるが、やる気をなくして諦める事もままあるという。



 今、莉子ちゃんの話はしていません。



 野生のトラの話をしていたのだ。

 そしてトラだけどトラの特性を全然保持していないダズモンガーくんにどうして莉子ちゃんが乗れないのか、その事実について語ろうとしていたのだ。


「ぐーっはははははは!! 無理でございまする!! 吾輩、獣魔人! 煌気オーラは抑えられても体からは無意識に魔素が溢れておりまする!! ピュアドレスが拒絶いたしますれば! 先ほどのように莉子殿が吹き飛ばされてしまいまするぞ!!」

「ぷぇぇ……」


 絶対防御のピュアドレス。

 弾くのはスキルだけにあらず。


 所有者の身体に害が及ぶと思われるエネルギーは全部弾く。

 ダズモンガーくんの体に染みついたミンスティラリアの魔素も例外ではなかった。


 今回の主題は「所有者の身体に害が及ぶエネルギー」である。

 ピュアドレスが輝き始めていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「……み゛。……恐れていた危険が危ないが来てしまったです。み゛み゛っ」

「ふん。芽衣ちゃま、下がっていろ。俺が殺す」


 サービスさんの中で逆神(危険)りこちゃん逆神(鬼嫁)りこちゃんに変化しており、鬼は外、福は内が家内安全のためには肝要。

 バルリテロリの民もみんな角が生えており、この最終決戦の敵は鬼。


 改心しないし、特に分かり合おうともしない。

 ラッキー・サービス氏が莉子ちゃん発光の理由を端的に解説してくれる。


「ふん。単純な事だ。逆神(鬼嫁)の身体から煌気オーラが漏れている。ヤツは無自覚に漏らしているのだろう。それに何とかドレスが反応した。それだけの事。つまり、何とかドレスにとって急に漏らした煌気オーラは害。チュッチュチュッチュチュッチュ。ふん。トラ。お前の選んだ練乳。……悪くない」


 ニィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ。


 莉子ちゃんは煌気オーラ制御を思い出したが、それは平時と有事において。

 運動時という理外の状況アンタッチャブル下でも煌気オーラが制御できるとは言ってない。


 絶賛お漏らし中の煌気オーラにピュアドレスが「……これ、害意ってことで良いですな?」と敵性判定を下す。

 するとどうなるのか。


「ふぇ!? ………………………………ふぁっ」


 莉子ちゃんがすっ飛んで行った。

 先陣を務める芽衣ちゃんよりもはるか前方へ。


「ふん。移動がスムーズになったな。虚ろに立つか。逆神(鬼嫁)……いや、どこに向かっている?」

「サービス殿が疑問形で困惑気味に喋られますると、吾輩たちも困りまするな」

「みみっ」


 ついに舞空術を会得したのか、莉子ちゃん。

 そんなことはなく、自分のお漏らし煌気オーラに作用したピュアドレスの反射防壁がさらに反作用を起こし、最終的にクルクル回転を始めてしまったのである。

 こちらでも理屈は分からないが、でんじろう先生のYouTubeチャンネルでそんな感じの実験を見た。


 米村でんじろう先生。69歳という年齢にまず驚き、次いですぐ「マッドサイエンティスト的なナニかで時間の干渉をアレして老いを停止させているのか」と結論にたどり着く。

 世界がゾンビで溢れたら真っ先に近くへ馳せ参じ氏へ忠誠を誓うことで安全地帯を得る事が叶うと思われる、爪を隠した日本が誇る奇才である。


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………」


 ドップラー効果で「ふぇぇ」の周波数を変化させながら、莉子ちゃんが飛んで行く。

 敵地の大本営をあてもなく。


 いやさ、実はちゃんと大きな煌気オーラ反応に向かって飛んでいた。

 ピュアドレスは現在、莉子ちゃんのお漏らし煌気オーラを反射しているのに絶えず新しいものがお漏らしされるという異常事態。

 ならば、この反射し続けている煌気オーラを何かにぶつけて消さなければ、機能不全に陥ってしまう。


 莉子ちゃんは煌気オーラ総量お化け。

 おわかりいただけただろうか。



 ちょっと何言ってるのか分からない。

 それが正常。おわかりいただけた方が異常なのである。



 お化けの量の煌気オーラをぶつけて相殺するには、相応の煌気オーラが必要なのである。

 芽衣ちゃまから先陣を交代した我らがメインヒロイン。


 小柄で可愛い女の子に似合わぬ猛々しい勢いで、新たな戦地までもう少し。

 ピュアドレスは決して穢れることのないピュグリバーの国宝。


 よって、ピュアドレスと出会った者が血で塗れる。

 鮮血の遺伝子もみつ子ばあちゃんから受け継いだ、逆神流と呉と優等生のスーパーコーディネイターが全ての戦いに終止符を打つ時。


 打ち切り漫画ソードマスターヤマトの冒頭の煽りみたいになったのは何故なのか。

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