第211話 決起集会とはたらく監察官

 焼肉屋『どすこい太郎』は、南雲修一行きつけの店である。

 名前からは想像もできないほど高級な肉を取り扱っている完全個室の焼肉屋で、彼はよく自分へのご褒美として大きな仕事をこなした際などにやって来る。

 たまに山根も連れて訪れる、南雲にとって隠れ家的なお店なのだ。


「南雲さん! ハラミってなんですか!? 牛ってカルビ以外のお肉あるんですか!?」

「逆神くん! ここね、私のお気に入りのお店なの! ヤメて! 恥ずかしいから!!」


「もぉぉ! 六駆くんってば、子供みたいなんだからぁ!」

「小坂くん? 子供じゃないよ? アダルトチルドレンだよ? いいから、止めて?」


「小鳩さんはお酒飲みますかにゃー? あたし、最近二十歳になったのでー。是非先輩にお酒の飲み方を教えて欲しいですにゃー」


「ま、まあ! そんな事も分からないんですの!? 言っておきますけど、わたくしはお酒に詳しいですわよ! それから、お酒にはやはりホルモンですわ! コラーゲンが含まれていて美容にも良いですから、せいぜい今よりもっと綺麗におなりあそばせ!!」


「みみっ……。南雲さん、山根さんに頼まれて来たです。超お持ち帰り弁当を2人前だそうです。注文してもいいです?」

「あ、あいつめ……! ダメだよ? それ、一人前で4000円もするヤツだからね。山根くんには来る途中にあったコンビニでカルビ弁当でも買って帰ろう」


 既に注文をする前からテンションが最高潮なチーム莉子。


 果たして、この決起集会で火をつける必要はあったのか。

 南雲はその点を既に悔やんでいる。


「南雲さん! 試合に勝つ度にここで祝勝会するって事で良いんですね!?」

「ええ……。逆神くんさ、むちゃくちゃしないって約束してくれるなら、私もその条件を飲もうじゃないか」



「それは約束できません! でも、祝勝会がないと僕は全力で挑みます!!」

「くそぅ! 結局のところ肉食べさせないと負けじゃないの!!」



 南雲の後悔をよそに飲み物と最初のお肉たちが登場して、決起集会は莉子の乾杯の音頭から賑やかに始まった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「わぁ! 六駆くん、六駆くん! このお肉柔らかいよぉ!」

「本当だ! 莉子の胸よりも多分柔らかいね! あああっ!? 違うんだよ!? 今のは南雲さんに言えって命令されて! あああああっ!?」


「おい、ちょっと待ちなさいよ! なんで普通に私までボコられそうになってんの!? 小坂くんは逆神くんが絡むと頭悪くなるな! あああああっ!?」


 リーダーの莉子は士気が非常に高く、結構な事である。

 ジョーカーの六駆と指揮官の南雲がリッコリコにされたが、これも莉子のモチベーションを高めるためだと思えば、必要な犠牲とも言える。


「うまーっ! この獺祭だっさいって美味しいにゃー! 小鳩さん、さすが大人ですなー」

「そ、そんなことありませんわ! このお酒だって、お師匠様が飲ませてくれたから知っていただけですし! さあ、どんどんお飲みあそばせ!!」


「みみっ……。あの、そのお酒、コップ一杯でお肉より高いです。みみっ」


 小鳩が「お酒がダメな人でも水のように飲めますわよ!」と言ってクララに勧めた獺祭は、結構なお値段のお酒であり、それを本当に水のように飲むチーム女子大生。

 明日が1回戦なのだからほどほどにしておいて欲しい。


「すみません! 石焼ビビンバとか言うのをお願いします! あと、上ロースとか言うのも! カルビがない? じゃあカルビもお願いします! それから上ロースとか言うのも!!」

「おい、逆神くん! 遠慮するなとは言ったけどね! ビビンバにもお肉のってるんだよ!?」



「だって、莉子がお肉もっと乗せた方が良いでしょって言うから!」

「なんで都合のいい時だけ君たちは高校生のバカなカップルみたいになるの!?」



 その後、莉子に「焼肉っておっぱい大きくなるらしいよー」とクララが良くない情報を吹き込んだ。

 当然「わたし、リミッター解除しますっ!」と吹き込まれた方は張り切り、胸ではなくお腹を膨らませた。


 芽衣は小鳩と一緒に裏メニューのもつ鍋を堪能している。

 どうして裏メニューを芽衣が知っていたのかと言えば、山根が事前に教えておいたからである。


 こうして、チーム莉子の英気はこの上なく養われたのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 一方、その頃。

 久坂剣友と木原久光は野頼のらいダンジョンの最深部にいた。


「なんちゅーかのぉ。色気がないのぉ。なにが悲しゅうて、お主と一緒にカロリーメイトうちょるんじゃ、ワシは」

「そりゃあ俺のセリフだぜぇ、じいさん! 芽衣ちゃまは焼肉に行ってるらしいのによぉ! うぉぉぉん! 俺もそっちに行きてぇぜぇ!!」


「お主、絶対に嫌われちょるじゃろ?」

「そんなワケねぇだろぉ!? こうやって、芽衣ちゃまに危険がないようにその日の行動を調べてんだぜ!? 我ながら、理想の伯父だろ!!」


「そーゆうとこじゃとワシは思うがのぉ。……おお、やっとお客さんじゃぞい」


 異界の門から現れたのは、黒い服を身に纏った集団。

 全員がマスクをしている。胸には光る識別番号。


「出たな、この野郎! ダァァァイナマイトォォォォォ!!」

「……やると思うたわい」


 木原監察官の一撃必殺『ダイナマイト』。

 それを喰らった2人はダンジョンの壁に吹き飛ばされるが、残りの8人は躱していた。


 これは地味だが偉業と言っても良い。


 木原監察官の繰り出す一撃は初見であればまず防げない。

 ゆえに一撃必殺。2度目がないため一撃必殺。


「ほぉ。やりよるのぉ。ワシも戦わんといけんかぁ。『鳳凰拳ほうおうけん裂空れっくう』!」

「……ちぃ。この国の監察官が2人もいるとは。60番から66番まで、1度異界に戻れ! 残りは我に続け! 監察官を始末する!」


 アトミルカの一団は不意の攻防に巻き込まれたにも関わらず、統率が取れていた。

 彼らの組織は優秀な人材を求めて、絶えず血の入れ替えを行う。

 構成員は1000人を超え、識別番号は強さの序列を表している。


 2桁になると、Aランク探索員に匹敵する実力者の集まりと考えて問題ない。


「じいさん、そっちの小さいの任せるぜぇ?」

「仕方ないのぉ。お主、絶対に取り逃がすなよ? なんせスキルが大雑把じゃけぇのぉ」


「スキルなんざ、強けりゃいいんだよぉ! ダァァイナマイトォォォ!!!」

「ぐあっ!! さすがは木原。聞きしに勝る……! 『幻獣玉イリーガルウルフ』!!」


 50番が拳ほどの大きさの球を地面に投げつけると、巨大な狼型モンスターが現れる。


「うぉ!? なんじゃ、こりゃあ!!」

「面倒くさいのぉ。こりゃ、あれじゃ。モンスターを閉じ込める違法なイドクロア加工物じゃよ。よりにもよって、強そうなの仕込んでからに」


 狼型モンスターが咆哮すると、地面が隆起し牙となり2人に襲い掛かる。

 その隙を見て、50番と52番は、97番と92番を担いで異界の門へ走った。


「あっ、てめぇ! 待ちやがれぇ!! じいさん、狼は任せたぜ! うぉぉぉん!!」

「……じゃからのぉ。木原の小僧と組むのは嫌なんじゃよのぉ。仕方ないのぉ。かかって来んかい、犬っころ! 『鳳凰拳ほうおうけん巨躯襲舞踏きょくしゅうぶとう』!!」


 久坂は狼の攻撃を躍るように躱し、一撃をもって致命傷を与える。


「すまんのぉ。お主にゃ恨みもないんじゃが……。それにしても、結局異世界に行かんといけんかぁ。あー、嫌じゃのぉ。小鳩は上手くやれとるじゃろうか」


 腰を伸ばしながら、久坂も異界の門をくぐり抜けた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「お会計52800円になります! いつも御贔屓に! ありがとうございまーす!!」

「……領収書お願いします。南雲監察官室で」


 それぞれがそれぞれの舞台で、戦いの時が迫りつつあった。

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