第202話 椎名クララの「今日はオフで明日もオフで明後日もオフだにゃー」 日須美市・とあるアパートの一室

 椎名クララの朝は遅い。


 彼女はだいたい2時に起床する。

 もちろん、午後の話である。

 深夜の2時なんて、彼女にとってはゴールデンタイム。


 起床すると言ったが、目が覚めるだけでその後は布団にくるまって意味もなくベッドの端から端までゴロゴロと転がる。

 このルーティンワークに、彼女は毎朝30分ほど使っている。


 朝じゃないではないかとお怒りの諸君には落ち着いて欲しい。

 椎名クララにとって、午後2時はむしろ早朝まであるのだ。


「んー! よーし! やるかにゃー!」


 こうして椎名クララは起動する。

 立ち上がる方ではない。スマホを起動させるのだ。


 まず、5つ掛け持ちしているソシャゲのログインボーナスをゲットする。

 次いで、効率の良いガチャがあれば迷わず引く。

 彼女はBランク探索員。金ならあるのだ。


 ひとしきり限定クエストで汗を流したあとは、部屋の真ん中で服を脱ぐ。

 1日の始まりは体を清めることからと、彼女は決めている。


 もう1日の半分以上が終わっているが、繰り返さなければならない。

 彼女にとっては今が朝である。

 「太陽が働き過ぎなんだよにゃー」と言うダメな女子大生の言葉が、ある意味では哲学的に聞こえて来るくらいの説得力がある。


「さてー。着替え、着替えー。まあ、ジャージでいいかー! パンツとブラもー。適当で! 脱ぐ機会ないしー! にゃっはっはー!!」


 こうして椎名クララはシャワーを浴びる。

 チーム莉子のスタイル担当であるからして、諸君に置かれましては想像力の翼を今こそ羽ばたかせ、椎名クララのアレをナニして頂きたい。


「くぅー! スッキリしたにゃー」



 当然のように全裸で出て来るクララさん。

 せめて体はタオルで拭いて下さい。廊下がびしょ濡れじゃないか。


「おおー。これはあたしとした事がー。うっかりー、うっかりー」


 脱いだジャージで拭けとは言っていない。


 とりあえず全裸でウロウロすること10分。

 ようやく「あー。ジャージ着るんだったにゃー」と思い出すクララ。


 おわかりいただけただろうか。

 椎名クララは探索員としては実に優秀だが、そのステージが異世界からダンジョンへ、ダンジョンから協会本部へ、そして日常生活へと階段を下りるごと、何故か比例して能力もゴリゴリ減っていく。


 ジャージからジャージに着替える椎名クララ。


「ヤバっ! 今日って堀越教授の授業があったじゃん! 今は3時過ぎ……。講義は4限……。うん! 今日は無理せず自主休講と言う事でー。だってねー、ベストコンディションじゃないのに授業受けるとか、教授にも失礼じゃんねー」


 ご覧の通り、椎名クララはダメな大学生のエッセンスをドモホルンリンクルの製法に匹敵するであろう濃縮な抽出方法で絞り出された、極めてダメな女子大生であった。


「ふふふーんっ。そうと決まれば、今日はオフー。オフだにゃー」


 平日です。

 ど真ん中の水曜日です。

 あの六駆くんですら、今はまだ授業を受けています。


「そうと決まればー! お酒飲んじゃうにゃー! この間、南雲さんが送ってくれたスパークリングワインとか言うの飲んじゃうぞー」


 実はひっそりと誕生日を迎えて二十歳になっているクララさん。

 そして、部下のお祝い事は全て把握している南雲監察官。

 クララに「お誕生日のお祝いだよ」と、お酒初心者でも飲みやすいものをチョイスして彼女のアパートに届けていた。


「おつまみはー。なんかチーズとかにすると映えるんだっけ? おーっ! 冷蔵庫にとろけるスライスチーズがあったー! 映えた、映えた! まずは撮影だよねー」


 スパークリングワインとスライスチーズと言う、なんだか貧相な写真が撮れた。

 続いて自撮りを敢行するクララ。


 彼女、実は顔立ちが整っており、風呂上がりのすっぴんでもそこら辺の女子大生よりも可愛らしいのだ

 よって、基本的にメイクも最低限。


 今回はノーメイクで特攻するらしい。


「ほい、アップかんりょー! インスタとTwitter、両方にしちったー」


 現在、学校にいる莉子と芽衣が通知を受けてから秒でいいね! を付けたところである。

 彼女のアカウントのフォロワーは5人。


 莉子と芽衣はもちろん、南雲監察官と山根Aランク探索員もフォローしている。

 残りの1人は六駆?

 またまた、ご冗談を。ついに先日自動改札と喧嘩をして駅員さんにガチ説教された挙句、莉子を泣きながら電話で呼んだ彼が、インスタ? Twitter?


 バカも休み休み言って下さい。


 最後のフォロワーは逆神大吾。

 ダメ親父にも分け隔てなくアカウントを教えるクララパイセン。


 どうしてフォロワーが増えないのか、甚だしく不思議である。


「ふー。ちょっと気持ちよくなってきたから、卓を囲みたいですにゃー。こーゆう時は、六駆くんにラインっと! それ、飛んでけー!!」


 六駆から『了解しました』と返事がある頃、クララはほろ酔いで日須美ダンジョンの前に移動している。

 そこに出現する『ゲート』。


 ルベルバック戦争の際に色々とやった日須美ダンジョンは、「探索員協会本部がなんかよく分からん実験をする場所」と言う噂がルーキー探索員に広がっており、よく手提げ袋ひとつ抱えて『ゲート』に悠然と入っていくクララは、「ジャージの猛者」の異名で恐れられている。


 『ゲート』の先には勝手知ったる謁見の間が。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「やっほー! ファニちゃん、来たよー! クララお姉さんだぞー!!」


「おお! クララなのじゃ!! ダズモンガー、何か甘いものと飲み物を用意するのじゃ!!」

「ははっ。かしこまりました」


 ミンスティラリアに到着するなりカリスマ性が目を覚まし、魔王軍最強の武人にウェルカムドリンクを用意させる椎名クララ。

 ダズモンガーは平時の際には親衛隊長としてファニコラに就いていなければならない。


 最近は鎧よりもエプロンを装備している毎日なのだとか。

 クッキングタイガーである。


「クララ殿、こちら魔王軍の新作ドリンク。ギモティンのミルクティーでございます」

「いただきますー! おっ、これタピオカに似てる! ギモティンってどんなヤツですか?」


「くくっ。貴重な出番の気配を察したよ。クララ殿、こちらがギモティンだ」

「ややー! シミリートさん! こんにちにゃー!」



 デカいカエルであった。

 ミンスティラリアの君たち、カエル好きだなぁ。



「ギモティンの卵をゼラチンでさらに固めたものですな。女性の兵士に人気ですぞ」

「カエルさんの卵かー! まー、おいしーからオッケーだにゃー」


 さすがは普段からダンジョンでモンスター食べているだけあって、ゲテモノ料理に何の抵抗もないクララ。

 この胆力は芽衣に学ばせたいが、チームの妹的な芽衣が「カエルの卵最高です!!」とか言い出したらなんだか嫌だと、今、確かにどこかから声が聞こえた気がする。


「さあ、クララ! 麻雀するのじゃ!! 今日こそトップはわらわなのじゃぞ!!」

「しかたないにゃー! もう、みんなお姉さんのこと好きすぎー! 困るー!!」


 こうしてクララの1日は、楽しく終わる。

 魔王城で晩ごはんまできっちりご馳走になって、9時ちょうどに現世へと帰って行くのだ。


 なんでも、ソシャゲが盛り上がる時間なのだとか。


 監察官室対抗戦までの期間は、刻一刻と迫っている。

 とりあえず、クララのメンタルは準備完了をしているようだが。


「おーっ! 超座り心地良さそうなクッションめっけー! こんなの即ポチですにゃー!!」


 本当に大丈夫だろうか。

 南雲監察官は現在、よく効く胃薬を探しております。


 ご存じの方は監察官室までご一報ください。

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