第203話 小坂莉子の「お母さん、実は紹介したい人がいるんだぁ」 御滝市・ハイツ山岡

 とある金曜日。

 小坂莉子は学校に行く支度をしていた。


「莉子? 今日って体操服がいるんじゃないの?」

「あっ! そうだったよぉ! ありがとー、お母さん!!」


 莉子のお母さん、ついに登場する。


 小坂静代しずよ。45歳。

 旦那とは莉子が幼い頃に死別しており、女手一つで彼女を育てて来た。

 現在はスーパーマーケットのパートとビルの清掃業のパートを掛け持ちしている。


 そんな母に楽をさせたいと思い、探索員の道を志したのが莉子。

 「無理しなくてもいいんだよ? あなたがやりたい事をやってね」とは静代の言葉。


 莉子の清らかな心は、静代の正しく優しい教育の賜物であった。


「そだそだ、お母さん! 今日ってパートお休みだよね?」

「そうよー。莉子が頑張って働いてくれているから、お母さんも楽させてもらっちゃってるわ。お夕飯、何がいい? 莉子の好きなもの作るわよ!」


「んっとね、男の子が好きそうなものがいいなぁ! 唐揚げとか、ハンバーグとか!」

「あら、珍しい。あなたがそんなにハッキリ希望出すの、いつぶりかしら?」


 莉子は「えへへへ」と笑い、続けた。


「実はね、お母さんに会ってもらいたい人がいるんだぁ!」



 莉子さん、お願いだから正気に戻ってくれないか。



 まだ誰を母に会わせるつもりなのか、我々は彼女の口から聞いていない。

 だが、この猛烈に発せられる嫌な予感はなんだ。

 どう考えても幸せな未来が思い描けない。


「えー? なになに? あなた、もしかして好きな男の子でもできたの?」

「も、もぉぉ! お母さんってばぁ! ……えへへへ。うん!」


「まあ! 莉子は男の子に興味がないのかなって思っていたけど、そうなのぉ! お母さんも是非会いたいなぁ、その子に!」

「えへへへ。ホントぉ? あのね、同じパーティーで探索員してるんだ! その人!!」



 莉子さん。まだ間に合う。ヤメなさい。



 そうだ、まだ確定した訳ではない。

 だから、希望を捨てる必要もない。

 だがしかし、諸君にもおわかりいただけるだろうか。


 この忍び寄る危険な空気。

 虫の知らせ。未来予知。危機管理シミュレーション。

 なんでも良い。せめて母である静代にだけはこの危険を伝えて欲しい。


 誰でも良いのだ。頑張るシングルマザーに救いの手を。


「へぇー! そうなの? じゃあ、もしかして年上の男の子かしら?」

「んーん! 同い年だよ! 実は学校も一緒で、席も前後でくっ付いてるのぉ!!」


 静代さん、違います。

 莉子さんが言っているのは、表面上の年齢の事です。



 中身の年齢はあなたと同世代です。と言うか、1つ上です。



「じゃあ、お母さんご馳走を用意して待ってるね!」

「やったぁ! 今日は寄り道しないで、真っ直ぐに帰って来るから! 行って来まーす!!」


 さあ、地獄の始まりだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「えっ!? 莉子の家でご飯食べさせてもらえるの!? 僕、今週はずっとそうめんばかり食べてたから、それは嬉しいなぁ!!」


 出たな、悪魔め。


「えー!? せっかくこの前、久坂さんから報酬もらったじゃん! あれはどうしたの? もしかして、お父さんが使っちゃった?」

「はははっ! もしそうだとしたら、親父はこの世から消えてるよ!!」


 逆神大吾、この世から消えるカウントダウンに入る。


「隠居のための貯金を始めたんだよ! 銀行口座作ってさ! 前回のスカレグラーナ遠征の報酬は全額貯金したんだ!」

「わぁ! すごい、六駆くん! 将来に備えて準備するとか、さすがだよぉ! その辺の高校生には真似できない偉業だよぉ!!」


 逆神六駆をその辺の高校生と一緒にしてはいけない。

 その辺の高校生の皆様に失礼である。


「という訳で、我が家の食事環境は極めて貧相な状態が続いててね! 何食べさせてもらえるの!? お肉!? お肉ある!?」

「もぉぉ! 六駆くんってば、よだれ出てるよぉー? 恥ずかしいんだからぁ!」


 ちなみに、この会話は昼休みの教室で行われております。

 周囲のクラスメイト達は「あの子たち、微笑ましいなぁ」と目を細めています。


「それじゃあ、お腹減らしておかないとだな! お昼が糸こんにゃくご飯で良かったー! 5時間目の体育も全力で頑張るよ!!」


 六駆くん、切ない昼ご飯を食べていた。

 それ、ダイエットのレシピで検索したら出て来るヤツじゃないか。


「えへへへ。今日は六駆くんの家じゃなくて、わたしの家に帰るんだよ! なんだか不思議な感じー!」

「そうだね! お腹が空いてきた!!」


 まず、莉子が毎日逆神家でワンクッション置いてから帰宅している事に対して、我々は苦言を呈するべきではないのか。

 確かに、母がパートで留守にしている家に帰るのは寂しかろう。


 だが、逆神家を第二の実家みたいに考えているのであれば、少し待ってくれないか。

 君はまだ17歳。未来の行き先を地獄に決めるには、まだ若すぎるじゃないか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 放課後になり、莉子に連れられて六駆は小坂家へ。


「あそこに見えるアパートがうちだよ! ごめんね、六駆くんの家に比べたらすっごく狭いんだけど」

「何言ってるのさ! 家の広さで人間の価値が決まる訳じゃないよ!!」


 六駆が言うととんでもなく説得力のある言葉だった。


「ただいまー! お母さーん! 六駆くん連れて来たよぉー!」

「あらあら、いらっしゃいませ! 狭いところですが、ゆっくりして行ってね!」


「うわぁ! お母さん、お若いですねぇ!! 莉子のお姉さんではないんですか!? うわぁ! すごい!! 僕、お母さんの事を一瞬で好きになっちゃいましたよ!!」



 こいつ、ぬけぬけと。



 これはおっさんが持つ108ある必殺技の1つ。

 「なんか白々しいお世辞」である。

 これを繰り出すと、大概は場がしらける。実に危険な必殺技である。


「やだぁ、六駆くんで良いのかな? 六駆くんったら、顔立ちもスッキリしてるけど、口も上手なんだからぁー!!」

「もぉぉ! 六駆くん! お母さん相手だって浮気はダメだよぉ!!」


 悲しい事に、逆神六駆と小坂家の相性がバツグンであった。


「少し早いけど、ご飯にしましょうか? 莉子がどうしてもって言うから、唐揚げとハンバーグ作っておいたよ! それから、トンカツも揚げてみたんだけど、六駆くん、食べられるかしら?」


「お母さん!! あなたの作るものなら、海外で見かける体に悪そうな青いクリームのケーキでも喜んで食べさせて頂きます!!」

「あらあらぁー! やっぱり男の子って元気があっていいわねぇ! じゃあ、莉子? お箸並べたりするの手伝ってね!」


「はぁーい! 六駆くんは座ってて! 今日はお客様なんだから!!」

「まあまあ、張り切っちゃって! 六駆くん、あとで莉子の探索員の時のお話を聞かせてね!」


 その後、六駆は唐揚げとハンバーグとトンカツと言う、お肉の3冠王を全て心行くまで食し、息を吐くように調子のいい事を繰り返した。

 だが、そのどれもが小坂母娘にはクリーンヒットしてしまう。


 楽しいひと時はひと時と言うには厚かましいほど長く、実に5時間にも及び、初めてお伺いする家での滞在時間としては信じられないタイムを叩き出していた。


「じゃあ、僕は帰るよ! 莉子、今日はありがとう! お姉さん! ああ、間違えた! お母さん! ご馳走になりました!!」


「またいつでもご飯を食べに来てちょうだいね! 六駆くん!」

「そうだよぉ! 毎日でもいいよ? えへへへへへへへへ」


 その後、逆神六駆は栄養が足りなくなると小坂家に遊びに行くようになった。

 悪魔の手の平の上でダンスしている小坂母娘を誰か救ってあげて欲しい。


 それくらいの望みは、叶えてくれたって良いじゃないか。神様。

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