第204話 逆神六駆の「莉子がいない学校になんかいられるか。僕は帰らせてもらうぞ」 御滝市・御滝中央高校

 逆神六駆の朝は基本的に誰かの手を借りなければ訪れない。

 彼は誰かに起床を促されなければ、自発的に目覚めようとしない。


 その大役を担っているのが小坂莉子。

 世界最強の男を制御できる、唯一無二の存在だと言っても良い。


 そんな清らかな乙女が毎朝かいがいしく、惰眠をむさぼる中身おっさんの同級生を起こしに来る。

 前世でどれだけの徳を積んだらそのような身分になれるのか。

 是非とも知りたい。だが、実践するのは難しいだろう。


 六駆の前世がまともなはずないからである。

 多分、前前前世まで遡ってもまともな生態には行きつかない気がする。

 人類だったらラッキーまである。


 そんな六駆おじさん。今日も元気に爆睡中。

 既に彼の頭と体は「莉子が起こしてくれるまでは寝ていても良い」と認識しており、つまり現在はセーフティタイム。


 時計の針は既に午前8時を過ぎようとしているのに。

 なにがセーフティなものか。

 ホームルームまであと25分しかない。


「おおおい! 六駆ちゅわん! いい加減に起きてくれねぇかなぁ!?」

「うわっ! くさい!! ふぅぅぅぅんっ!! 『古龍拳ドラグナックル』!!」


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「もう、最悪の寝覚めだよ。なんで親父の加齢臭で起きなくちゃいけないの? まだトイレの芳香剤の香りとかで目覚めた方がマシ。……はて?」


 六駆が使ったのは、スカレグラーナ産の新スキル。

 3匹の古龍改め、3人の竜人から色々と古龍の力を引き継いだ六駆は、『大竜砲ドラグーン』以外にも古龍由来のスキルをいくつか習得していた。


 そのお披露目の相手が親父である哀しみ。


 『古龍拳ドラグナックル』は冥竜ナポルジュロが得意としていた闇の炎を拳に宿して一気に対象を撃ち抜くものであり、六駆は闇の炎と言うワードに心惹かれている。


 そんな六駆おじさん、親父をノックアウトしてから首を傾げて2分。

 ようやく今日の異変に気が付いた。


「莉子がいない……。なるほど! 今日は休みの日だったか!!」

「んなわけあるかい。莉子ちゃんから電話があったぞい。家の電話にのぉ」


 久しぶりに登場する祖父の四郎。

 今日も元気に朝ごはんを作って、食べていた。

 得意スキルが構築系ならば、家事が得意なのも頷ける。


「じいちゃん、銀シャリが食べたい。そっちの大きい鮭くれる?」

「糸こんにゃくを混ぜてご飯を炊くことでどれだけ食費を浮かせてると思うとるんじゃ。まあ、六駆が稼いで来た金で作った朝飯じゃからの。鮭は希望通りにやろう」


「2切れしかないね。……うん。美味い。で、莉子はなんて?」

「やっぱり朝ごはんには鮭と味付け海苔、それに味噌汁くらいは欲しいよのぉ。おお、莉子ちゃんな、お前のスマホにいくら電話しても繋がらんと言うて、仕方なしに固定電話にかけてきたらしいぞ。あと、大吾には鮭の皮食わせるから、皮だけ残してやれ」


「もう口の中に入れちゃったよ。ぺっ。これで良し。うわぁ、本当だ、着信履歴がとんでもないことになってる!」

「なんぞ、風邪を引いたらしくての。今日は学校を休むそうじゃ」


「じゃあ、僕も休もう!」

「莉子ちゃんが絶対に学校に行け。行かぬと監察官に言いつけて仕事減らさせる、じゃと」



「ええ……。それってハメ技じゃないか……」

「ワシとしても、逆神家の中卒の歴史は大吾で止めたいから、頑張ってくれとしか言えん」



 朝食を終えた六駆は、実に嫌そうな顔で制服に着替えて家を出た。

 時刻は既に8時22分。

 あと3分で学校までの4キロを移動する事ができるのか。


 できる。


 だけど、六駆は普通に歩いて登校して行った。

 彼にとって、その力を使う時と場所は重要である。


 シチュエーションによって威力の変わる彼のスキル。

 「うわぁ、遅刻、遅刻ぅ!」などと言って『瞬動しゅんどう』を使う六駆を想像できるだろうか。


 無意味な問いかけはヤメにして、学校に視点を移そう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「すみません! 莉子が起こしに来てくれなかったので遅れました!!」

「お、おう。すごい自信に満ちた表情だな、逆神。そんなに堂々と言われると、先生もそうか、としか言えない。まあ、座りなさい」


 結局、六駆が学校に着いたのは1時間目の現国の授業が始まってすぐの事だった。

 それから2時間目の数学を受ける。


 ここで逆神六駆に異変が起きた。


「あああああ!! ダメだ!! 意味が分からない!!」

「逆神くん。一応ね、今は授業中なのよ」


 六駆おじさん、あまりのストレスに耐えかねて授業中に叫ぶ。



 学校にまだ慣れていない小学一年生だろうか。ソロ活動で学級崩壊をするな。



 彼にとって、前の席に莉子がいないと言う状況は初めてであり、そこから発生するストレス値の異常な高さは耐え難いものだった。

 どうにか数学の授業はノートに「ぼくのかんがえたさいきょうのすきる」の名前を書き連ねる事で乗り切ったが、次の時間は日本史。


 六駆に耐えられるはずがない。


「さっかがみくーん! 莉子っちがいないのそんなに寂しいんだねぇ。可哀想にー」

「ああ、美姫ティーさん! もう限界です!! 莉子が5分おきに話しかけてくれないと、授業なんか聞いてられませんよ!!」


「莉子っちの苦労がその言葉だけですごく伝わって来るなぁ」

「僕、帰ります!」


 そこに待ったをかけるのは、かつて六駆にぶっ飛ばされてから善玉菌になった彼の舎弟。


「ダメですよ、逆神さん! 出席日数がそろそろヤバイですって!!」

「いいや、帰る! 止めないでくれる? フトシくん!!」



「誰ですか、フトシって! 自分はヒトシですよ!!」

「えっ。話に割り込んでごめんね? 君、ヒロシくんだよね?」



 学校生活で男子生徒の代表として六駆の影響を受けているせいか、自分の名前があやふやになりつつあるヒロシくん。

 莉子の友人である美姫さんはあだ名まで六駆に覚えられたのに。


「そうだよ、次の日本史は小テストあるんだ! これは受けとかないとまずいよ逆神くん!」

「しょ、小テスト!? そんな拷問が今日に限って!! いつもは莉子がこっそり見せてくれるのに!!」


「何してるんですか、逆神さん。それカンニングじゃないですか」

「フトシくん? 今さ、僕は一言でも竹山さんの話をしたかな!?」



「いや、そっちのカンニングじゃないですし、自分はヒトシですよ!!」

「ごめんね、何回も。君はヒロシくんだよ? 大丈夫? 早退する?」



 莉子がいない。

 ただそれだけで、クラスメイトとの会話も成立しない六駆。


 異世界転生周回者リピーターをヤメてから、約4ヶ月と少し。

 まだ補助輪なしで自転車に乗るのは早すぎたようである。


「止めないで! 僕はもう! 限界なので!! 失礼します!! そぉぉぉい!!」


 鞄を抱えて窓から飛び出して行った六駆。

 小さくなっていく彼の背中を見つめながら、美姫さんとヒロシくんは語る。


「探索員ってすごいよねぇ。4階の窓から飛び降りて普通に走れるんだもん」

「逆神さん、先週の柔道で体育の先生を投げ飛ばして泣かせてましたよ」


 地獄から逃げ出した六駆。

 これまで、どんな過酷な異世界の戦場からも撤退した事がない最強の男、生涯初の逃亡劇だった。


 ちなみに、その足で小坂家を訪れて「莉子がいないと学校になんか居られないよぉ!!」と叫ぶ六駆を見て、「仕方ないなぁ! もぉ!」と普通に許してくれる莉子さんなのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 チーム莉子の穏やかな日常が終わりを告げる時、きたる。

 来週から、【監察官室対抗戦】に向けて、1週間の直前訓練が始まるのだ。


 学校に行かなくても済む。

 その事実は巡り巡って金欲と出会い、六駆のモチベーションを更に高めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る