第394話 監察官・木原久光VS5番アルジニー・グクオーツ

 楠木秀秋監察官は、独りで木原監察官室の【稀有転移黒石ブラックストーン】使用履歴を閲覧していた。

 本来ならば福田弘道Aランク探索員を頼りたいところだが、現状オペレーターは1人だって他の作業をさせるのは惜しい。


「困りましたね。木原くんはどこにいるのやら……。一昨日ブラジルに滞在していたところまでは追い付けましたが……」


 木原久光監察官の仕事を諸君は覚えておいでだろうか。


 かの監察官は監察官の座にありながら、監察官の仕事は一切しない。

 なんだか頭の悪い文章になっているが、それが事実なのだから悲しいと楠木は思う。


 木原監察官の仕事は、全世界のダンジョンを股にかけて強力なモンスターを討伐し、そのデータ収集とイドクロアの回収を行う事である。

 その圧倒的な強さは言うに及ばず。


 五楼京華上級監察官が「無役では周りも不思議がるだろう」と監察官就任を命じたのは、5年前の事。

 それ以前はAランク探索員だったのだが、身分が監察官に変わろうともやる事は変わらない。


「ダメですね。ダンジョンからダンジョンに移動しているせいで、煌気オーラが途絶えています。これは私の技量では……。不本意ですが、あの手を使いましょう」


 楠木秀秋監察官は、7人の監察官の中で最も穏やかな男。

 争いは好まず、ギャンブルや女性関係の方面にも手を出さず、酒は晩酌に少しばかり嗜む程度。


 そんな彼が、このように非情な手段を選択せねばならない事実を鑑みるに、緊急事態の度合いが分かると言うもの。


「えー。んんっ。木原くん、聞こえているでしょうか」


 楠木は咳払いをして、木原監察官が持たされているサーベイランスに呼びかける。


「君の姪御さんがピンチなのですよ。ひとまず協会本部に戻って来てくれませんか?」


 木原監察官室がドゴンと揺れた。

 発着座標としてイドクロアで囲まれた大きな電話ボックスのような空間に、これまた大きな人影が現れる。



「うぉぉぉぉん! 楠木のおやっさん! よく知らせてくれたぜぇぇ!! どこに行きゃ良いんだ!? おやっさん!!」

「ああ……。私はなんて事を……。木原さんには今度、美味しいスイーツをご馳走しよう。それで許してくれるだろうか……」



 芽衣ちゃまのためならば、地球の裏側からでも秒で駆け付ける男。

 その名は木原久光。


 協会本部の主砲であり、フルスイングすればだいたいホームランを打つ。

 楠木は五楼に「捕まりました」と連絡をして、追加の指示を承る。


「木原くん。これからカルケルに行くけど、すぐに戦えるかい?」

「楠木のおやっさん! 芽衣ちゃまのピンチに眠てぇこと言ってるようなオレ様だと思うのかよ!? うぉぉぉん! 【稀有転移黒石ブラックストーン】!! ああ、握り潰しちまったぁぁ!!」


 楠木監察官の持っていた【稀有転移黒石ブラックストーン】で、楠木秀秋と木原久光は監獄ダンジョン・カルケルへと飛び去った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 先ほど、雨宮順平上級監察官が降り立ったカルケルの発着座標。

 その環境は、わずか数十分で変化していた。


「なるほど。ここが探索員どもの出入り口だったか。やたらとデカい煌気オーラが来たものだから、戻ってきて正解だった」

「すみません、5番様。自分がまず索敵すべきだったのですが」


 カルケルの発着座標は既にアトミルカによって占拠されていた。

 雷門善吉監察官が守護していたのだが、奮闘虚しく5番と10番のコンビに敗れ去っている。


「わた、私は久しぶりの出番やったのにィィィヒィフゥー! 全然役に立てへんでヴ、ウッグブーン!! ついでに捕虜にされるとかヒィィハァッ、ナ゛ッ!!」

「それなりの使い手だったが、先ほどから何を叫んでいるのかさっぱり分からん。これが日本の念仏とか言うヤツか?」



 5番さん。それは大きな誤解である。



 その誤解は解かれる機会を永遠に失う事となる。

 理由は、またしても巨大な煌気オーラがカルケルに接近して来たからに他ならない。


「いかん! 下がれ、10番!!」

「はっ!」


 ズガンと轟音を響かせて、木原久光がカルケルに到着した。

 続けて楠木秀秋も控えめに着陸する。


「これは……! 雷門くん!! なんと言う事だ! 無事ですか!?」

「く、楠木さん……! 面目ありません!!」


 5番は2人を見て、「まったく。今日は厄日だな」と天を仰いだ。

 続けて10番に短い命令を出す。


「聞け、10番。これが恐らく私から最後の命令だ。すぐに2番様に通信を。カルケルの地上は達人だらけでこのままでは制圧されてしまうだろう。すぐに対策を取るよう進言しろ」

「5番様はどうなさるのですか!?」


「決まっている。足止めだ。このような化け物クラスの達人を放置しておけば、我々の優位など風前の灯火に等しい。早く行け。貴様はまだ若い。精々、出世すると良い」

「くっ! 5番様……!!」


 10番は敬礼をして、『噴射玉ホバー』を発現させたのち逃走する。


「あんにゃろう! 待ちやがれ!! おおん!?」

「せぇいっ!! 『デュアル・ストレート』!!」


 5番の拳が木原の足を止める。


「なんだぁ!? お前も芽衣ちゃまをいじめる悪い組織の仲間かぁ!! アトミックモンキーめ!!」

「木原くん。アトミルカだよ。実在している組織の言い間違えはヤメてください。お腹が痛くなりますよ……」


 楠木は雷門の元へと駆け寄った。

 既に5番は雷門の事など眼中にない。


 今は、どれだけの時間を目の前にいる怪物相手に稼げるのか。

 その計算に忙しい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 5番は『圧縮玉クライム』を取り出した。

 中身は『複製人形クローンドール』である。


「このような物に頼るようになるとは。いよいよ私も落ちるところまで落ちたな。……っつりゃあ!! 出て来い、我が分身!!」


 5番が4体に増える。


 木原を相手に搦め手で対応するという発想は正しい。

 さすが、アトミルカの5番を長年維持している猛者と称賛しても良い。


 だが、圧倒的な力の前では策を弄するだけ無意味なこともある。


「どけよぉぉぉ! うぉぉぉぉんっ! ダイナァァァマイトォォォォッ!!」

「……ふっ。この様は3番には見られたくないものだな」


 5番のコピーが2体、一瞬で消し炭に変わる。

 その様子を見た5番は、自分の主義を全て捨てる決意を下す。


 遺ったものは、リアリストの矜持のみ。


「……喰らえっ! 『フラッシュ・ウェイブ』!!」

「うぉぉぉんっ! 眩しいじゃねぇのぉぉぉぉ!!」


 5番が最期に選んだスキルは、目くらましだった。

 もちろん、ただの苦し紛れではない。


「木原くん! 気を付けなさい! 敵は何か、武器を君に向けている!!」

「んなこと言われてもよぉぉぉ! 見えねぇんだよぉぉぉ! うぉぉぉぉんっ!!」


「遅い!」

「うぉぉぉぉんっ! チクッとしたぁぁぁぁ!!」


 5番が木原の右腕に突き刺したナイフは『封印玉シール』と名の付いたイドクロア武器。

 対象の体に刺し込むことで、煌気オーラを練ったり放出したりを困難にする。

 3番の作った発明品である。


 だが、効果が出るまでは1分ほどかかる。

 5番は既に連戦で体力も煌気オーラも底をついていた。


 雷門善吉の奮闘も無駄ではなかったのだ。


「やっと見えたぜぇぇぇ! ダァァァイナマイトォォォォォッ!!」

「……やれやれ。色気のない最期になってしまったか。やるべき事はやったゆえ、及第点だな。うぐぁっ!」


 短い声を上げて、5番アルジニー・グクオーツは倒れた。


「よっしゃあ! 芽衣ちゃま、待っててねぇ! うぉぉぉん痛い!!」

「木原くん!? なんと言う事だ……! 彼の体から煌気オーラが出ていない……!!」


 5番の目的は果たされ、木原久光はカルケルに来てすぐに力を封じられる。

 時間をかければ回復することは容易ではあるが、この差し迫った状態ではその時間を奪う事こそが肝要。


 アルジニー・グクオーツのラストジョブは見事に成功していた。

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