第414話 大義のための小さな犠牲

「やったぁ! さすがだよぉ、六駆くん!!」

「いやいや! 莉子のサポートのおかげだよ! いつも助けられてばっかりだね!」


 2番は視界が暗くなるまでの間で、六駆と莉子の健闘をたたえ合う声を聞いた。

 彼も思った。


 「確かに見事だった。勝負は完全に私の負けだ」と。


 だが、戦略的勝利の条件は消えていない事も彼は知っていた。

 地面との衝突の影響でまだ感覚のない右手を戦闘服の胸ポケットへと持って行くと、目当てのものが確かにあった。


「まさか……。私がこのようなものに頼るとは……な……」


 そのイドクロア加工物を迷わず2番は口に放り込んだ。

 名前を『蘇生玉リバイバル』と言う。

 その名の通り、瀕死の体からわずかな煌気オーラを無理やり引きずり出して、辛うじて動ける程度に蘇生する事を目的として作られたものである。


 が、そんな便利なものが無条件で使えるほど世界は甘く出来ていない。


 そもそも『蘇生玉リバイバル』は未完成。それどころかまだ試薬段階にも至っていない。

 動物実験がようやく終わったところであり、3番も「さすがにまだ使えませんね」と判断していた。


 現時点での『蘇生玉リバイバル』は「使用者の寿命を10年単位で削る」リスクに対して「どうにか活動できるだけのわずかな煌気オーラを得る」と言うリターンを得るもの。

 余りにもリスクの方が大きい。


 しかし、2番はこの作戦に際しその未完成品を3番から強引に奪い取る形で預かっていた。

 理由は単純。


 「自分が倒れれば作戦もアトミルカの未来も全てが水泡に帰す」からだった。


 これで何の効果もなかったら3番を2発ほど全力で殴るまで成仏できないところだが、そこは世界屈指の技術者の試作品。

 しっかりと効果が現れ始める。


「……むっ。3番の説明通り、確かに煌気オーラが回復していくのが分かる。が、この程度ではスキルを2つも使えばまた敗残兵に逆戻りか。これで寿命を10年。ひどい買い物ではないか」


 視覚と聴覚の回復に努めた2番は、青い空をしっかりと見据えた。

 続けて、転移装置と六駆たちの位置関係を把握する。


「……まだ、ツキに見放されてはいないようだ」


 転移装置の近くには、ヴァルガラ行きの舟に乗る人員の全てが集まっている。

 2番に先んじて倒された3番も、777番が上手く回収している。

 3番には過ぎた部下だと2番は思う。


「では、私も役目を果たすとしよう」


 立ち上がろうとする2番。

 だが、彼も予想しない乱入者が現れる。


「貴様ら! よくも2番様を!!」

「……なんだと?」


 彼の名前はザール・スプリング。

 アトミルカで背負う番号は10番。


 2番に「私の思考を常にトレースせよ」と命じられていた男が、上官の危機に馳せ参じる。

 彼には2番が何をしようと考えるのかが全て分かっていた。


 分かっていて、彼の代わりに使命を行使するためにやって来た。

 誰かがやらなければならない仕事。

 撤退戦には、殿しんがりが必要なのである。


「貴様らの命運もここまでだ!! オレが、いや、私が全てを終わらせる!!」


 殿の仕事は敵の追跡を困難にする事。

 ただそれだけ。


 つまり、自爆による敵戦力の無力化である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 2番は、彼にしては珍しく悩んだ。

 時間が5秒もあれば決断できる男が、数十秒もの間悩んだ。


 アトミルカ実働部隊のトップとしては「10番を犠牲に多くの戦力を本国に持ち帰れるのならば上々」と判断する。

 判断するべきである。


 だが、バニング・ミンガイルと言う1人の男としては。


「……ふっ。私もまだまだ青い。もはや体は老い始めていると言うのに、なんと甘い考えをするのか。……だが」


 10番はここで殺すには惜しい人間である。

 バニング・ミンガイルが出した結論であった。


「……プランはDで行くとするか。幸いと言うべきか、爆弾ならばそこに転がっている」


 2番は静かに立ち上がり、10番に告げた。


「私を抱えて飛べ! 10番! いや、ザール!!」

「2番様!? 了解しました!!」


 10番は出し得る全ての煌気オーラを吐きながら『噴射玉ホバー』で上空へと駆け上がる。

 2番は「よし。私の思考のトレースは覚えたようだが、やはり未熟だな。お前にはまだまだ教えねばならん事が多くあるようだ」と言って、歯を見せて笑った。


 そのままの姿勢で、2番は右手を地上に向けた。

 監獄ダンジョン・カルケルにおける、彼のラストジョブである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 逆神六駆は油断した。

 彼が油断を結構な頻度でするのはいつもの事だが、今回は2番と言う強敵を倒した後に出て来たのが10番だったため、拍子抜けした要素が大きかった。


 だが、過ちを悔いるのは反省会で。

 南雲のポケットマネーで焼肉を食べながらでも遅くはない。


 まずは、この場にいる者の命を守るべきだと判断した六駆は両手を地面についた。


「ふぅぅぅぅぅんっ!! 『鉄壁防壁囲いシェルラシルド三重トリプル』!!!」


 すぐに出せて強度も申し分ないスキルで、辺り一面を覆い尽くした六駆。

 莉子と芽衣は戸惑うが、「戦場で六駆のやる事に間違いはない」と確信しているため、身を屈めた。


 南雲修一は六駆の出した防壁スキルを見て、事態を把握する。


「何と言う事だ! 私とした事が、あれを見過ごしていたなんて!!」

「仕方がありませんよ、南雲さん! 僕だって2番さんが息を吹き返した瞬間に気付きましたから! 煌気オーラ感知は苦手なんですよね! あんなに巨大な爆弾が近くにあったのに、見過ごしてました!!」


 南雲と六駆の言う爆弾とは、何を隠そう下柳則夫である。

 正確には、下柳則夫の体に過積載されている膨大な煌気オーラを指す。


 意識を失っている下柳の体からは少しずつだが高密度の煌気オーラが漏れだしており、実力者がそれを暴発させるのは比較的容易。

 「ガスに引火させて爆発を起こす」感覚に近いと六駆は言う。


「とりあえず、僕たちは大丈夫です! この防壁の中にいれば!」

「逆神くん! 目の前で命を奪わせる訳には行かない!!」


「それを言うんじゃないかと思ってましたよ! 南雲さん、ものは相談なんですが」


 どんなに緊急時でも、自分の活動目的を忘れない男。逆神六駆。



「よし、分かった! 200、いや250万出そう!! それでイケるか!?」

「う、うひょー! イケます、イケます!! ふぅぅぅんっ! 『逆神大吾大変身ダメニンゲントランスフォーム』!!」



 下柳則夫の隣には、逆神大吾が転がっていた。

 大吾の体をベースにして、六駆は巨大な木を生やす。


「続けてぇ! ふぅぅぅぅんっ! 『百万年樹の吸引ミリオン・フルスポイル』!!!」

「だ、大吾さんの体が木になって、周囲の煌気オーラを吸い取っている……! いや、すごいけども!! 君ぃ! お父さんに何してるの!?」



「大丈夫! 死にゃしませんよ!!」

「倫理観!! 逆神くん、君ぃ! 帰ったらEテレで道徳の勉強だぞ!!」



 起爆する恐れのある煌気オーラが存在しているのならば、それを全て吸い取ってしまえば良い。

 六駆らしい、実にシンプルなやり方だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ほう。やはりあの猛者はとんでもないな。だが、これで余計な煌気オーラ弾を撃つ手間が省けた上に転移する隙もできた。良しとしておこう」


 2番の体から力が抜けて行く。

 10番は焦り、声をかける。


「2番様!!」

「……何を慌てる。この程度で私が死ぬものか」


 2人は転移装置の上に着地した。

 人員は揃っており、777番によって起動の準備も完了している。


「……よし。やれ。これより我々はカルケルから離脱する」

「はっ! 転移装置、起動します!!」


「探索員。貴様らは強かった。認めよう。だが、2度目はない。我らは力を取り戻した。今回はそれで良しとしよう」


 アトミルカの転移が終わると、転移装置は派手に爆発した。

 六駆たちは防壁の中からそれを見届けるしか成す術はないのであった。

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