第265話 逆神大吾VS下柳則夫 大吾、なんか普通に敗れる!

「ふぅむ。ボクの手持ちの脂肪の4割を使ってしまいましたねぇ」

「うわっ! 手持ちの脂肪って言葉、すっげぇキモいな! バカじゃねぇの、お前!!」



 珍しく敵を的確に挑発する逆神大吾。



 汚いおっさんに「キモい」と言われる事が、ある程度の年齢を超えると何よりも耐え難い屈辱になるもののようで、下柳則夫は憤慨した。


「……あなた、探索員じゃないですねぇ? 分かりました。この場で半殺しにして、基地に持ち帰り解剖しましょうかねぇ。うん、それが良いですねぇ」

「やってみやがれ! この豚骨野郎!! 脂肪吸引できるなら、俺の分もお願い!!」


 「逆神流の情報を流出させたくない」と言う理由でパチンコ屋から引きずって来た大吾が、半殺しにされて連れ去られる予定だと言う。

 この作戦を考えた息子の六駆は思っているのか。


「あははっ! 親父、実験動物になるんですって! けっさく!!」


 特に何も考えていなかった。

 ならば、最高指揮官の五楼上級監察官殿はいかがか。


「すまんが、和泉。なんでも良いから、嫌な事を忘れられるような粉とか作れないか? 私はこれほどまでに精神面で追い詰められた記憶がない」



 逆神流の瘴気にやられていた。



 逆神家とまともにやり取りの出来る人間こそがこの世で最強なのかもしれない。

 五楼京華は思った。


 「小坂莉子を倭隈わくまダンジョンから連れて来させるように命令すべきだった」と。

 莉子さん、実力的にも立場的にも、そろそろ頂点を極めそうな気配を漂わせ始める。


 そんな中、五楼上級監察官室の日引とセーラが上官の元へやって来た。


「五楼さん! 各地のダンジョンの制圧がほぼ完了したそうです!」

「そうか。それは朗報だ」


「あの、五楼さんはどうして横になられているのですか? どこかお怪我を!?」

「ああ。心がちょっとな。トラウマを抉られた」


 日引春香は「なるほど」と納得して、「ところで意見具申があります」と続けた。

 五楼も日引の有能さは知っているので「言ってみろ」と促す。



「この戦い、実況しちゃダメですか?」

「き、貴様……!? なんだ、私はストレスに殺されるのか?」



 日引春香の言い分はこうであった。

 Cランク以下の探索員は皆が緊急事態に怯えている。

 このままでは、戦いに勝っても後日大量の除隊希望者が溢れるだろう。


 だから、この戦いにエンターテインメント性を付与したいのである、と。


「いいじゃないですか! そういうことなら、僕が解説を引き受けましょう!」

「おおー! 逆神Dランク探索員! 度胸の据わり方は既にSランクですね!!」


「和泉。なにか楽しい夢を見られるスキルとかを私に使ってくれ。あと、南雲はまだ生き返らんのか? 南雲の普段務めているポジションの過酷さがよく分かった。私がストレスで死んだら、次の上級監察官はあいつだ」


 現実逃避を始めた五楼。


 日引は手際よく実況機材を部下と共に運んでくる。

 おっさんVS汚いおっさんの戦いに、実況と言う花を添える時が来た。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『皆さま! ご安心ください! 協会本部に残る敵は1人となりました! ずっと善人面していた悪いヤツ! すっかり痩せてちょっとイケオジな雰囲気が鼻につきます、下柳則夫! それに対するのは、ええと、逆神さん!』

『汚いおっさんです。背中に汚いブルドッグがいるので、ブルドッグで良いですよ』


 日引は「なるほど!」と答えた。


『対するのは汚いブルドッグさん! どう見ても一般人ですが、何故か剣を2本携えて、太った体に似合わない機敏な動きで斬りかかって行きます! 頑張れ、負けるな! ブルドッグさん!! さあ、皆様、一緒に声援を送りましょう!!』


 その呼びかけに応じたのは、数人だった。

 だが、すぐに数十人となり、数百人に増える。


 気付けば「頑張れ、ブルドッグ!!」の大合唱が生まれていた。


「お、俺、応援されてる……!? あんな若い子たちに、この俺が……!?」

「不愉快ですねぇ。『脂肪発射砲ラードロケット』! ……はっ!」


 下柳は迷わず実況ブースへ攻撃を仕掛けた。

 だが、それは悪手。


 そこには逆神六駆がいる。


「ふぅぅぅぅんっ!! 『透過版・赤壁の番人スケルトンレッドブロック』!!」


『なんとぉ! 逆神Dランク探索員! わたしたちを守るために壁を作ったぁ! オマケに実況の邪魔にならないよう、視認性も考えてくれています!! 世界よ、これが南雲監察官室の隠し玉だぁ!!』


 下柳は舌打ちをしてから、冷静にやるべき事を頭の中で整理する。

 何を置いても、まずは眼前の汚いおっさんの排除である。


「いい加減、鬱陶しいですねぇ! 『脂肪粘着付与弾フルイラーメンヤノユカ』!!」

「うおっ!? すっげぇネチャネチャするじゃん! 『瞬動しゅんどう』! あ、ダメだ! 全然スピード出ねぇ! きったねぇなお前!!」


「合理的と言ってもらいたいですねぇ。『脂肪狂星ラードデススター』!!」

「うぉぉぉ! やべぇぇぇぇ!! 一刀流! 『虎居合愚琉トライアングル』!!」


『下柳の放った禍々しい煌気オーラの球体をブルドッグさんが一刀両断! そして勢いに負けて地面に転がったぁ! そこには先ほどの粘着質な煌気オーラ弾が残っているー!! これはいけません!! ブルドッグさんの見た目が大変なことになっております!!』


『最悪ですね。あんな人の家族にだけはなりたくないなぁ!』


 おい、息子。


「ぎゃあぁぁぁっ! くっせぇぇぇぇ!! てめぇ、この野郎! 俺の一張羅のジャージがベッタベタじゃねぇか! どうしてくれんだ!!」

「……ボクは一体、何と戦っているんですかねぇ。虚しくなってきましたねぇ」


 無言で煌気オーラ弾を8つ生み出す下柳。

 まだ煌気オーラの源である脂肪の塊には余力があるように見える。


「それ。そんなに斬るのが好きならば、満足するまでお好きになさればいいんじゃないですかねぇ」

「ぐはははっ! 馬鹿め! 俺の剣技を舐めるなよ! 二刀流!!」


 先に六駆が呟いた。


『あ。ダメだ。バカだなぁ。親父』


 すぐに何がダメだったのかは分かる。


「二刀流! 『蛸足廃閃たこあしはいせん』!! ふははははっ! 斬れるぞぉ! いくらでも斬れる……あれ?」


 バキンッと音を立てて、2本の剣が根元から折れた。

 六駆は既に見破っていたが、下柳の繰り出した煌気オーラ弾に土属性が付与されていたのだ。


 高密度の土属性は鉄の硬度を上回る。

 下柳ほどの使い手のスキルとなれば、それはもはや必然。


「さて。気は済みましたかねぇ?」

「待て! ちょ、待てよ、お前! 卑怯じゃねぇか! なぁ、みんな!? 普通、仕合う時って相手の武器が壊れたら、タイムアウトじゃん? なぁ?」


 下柳は脂肪の塊から煌気オーラを引き出し、頭上にこれまでで最大の球体を作り上げる。


「待てって! 分かった、俺の負けだ! 負けました!! ほら、ごめんね! ……なんてな! 引っ掛かったな、馬鹿め!! 無刀流! 『柄流つかながれ』!!」


 大吾は折れた剣に煌気オーラを込めて、下柳めがけてぶん投げた。

 これは立派な逆神流剣術であるが、もう20年もパチンコ屋とガールズバーと家の三角形から出ていない大吾の煌気オーラなどお察しである。


 良くてギリギリSランク。

 相手はそれを凌駕する下柳則夫。


「ずいぶんと無駄な時間を取られましたねぇ。消し飛びなさい。『脂肪隕石ラードメテオ』!!」

「お、お、おぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


『な、何と言うことでしょうか! ブルドッグさんが、今、目の前で……!!』

『安心してください、生きてますよ』


 ブルドッグが焼け焦げたものの、逆神大吾は健在だった。

 彼の耐久値だけは六駆も軽く引くレベルである。


 だが、これ以上の戦闘は不可能。

 ならば、選手交代だろう。


「僕が行きますか」

「いや、逆神。ここは私が出よう。下柳を止められなかった責を果たさねば、何が上級監察官だ」


 最も強い監察官と言えば、木原久光。

 では、絶対に負けない監察官と言えば。


 答えは彼女が教えてくれるだろう。

 メンタルに鞭打って、五楼京華が全てを終わらせるために立ち上がった。

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