第266話 五楼京華VS下柳則夫

「おお! 京華ちゃん! 助けてくれぇ! なんか体が痛ぇし、臭ぇし! ベタベタするし!! あの野郎、やたらと硬いし!! 京華ちゃん、見てこれ! ほら、膝擦りむいちゃったの、俺! しかもお気に入りのジャージがボロボロになったし! ねぇ、見て!? 見て、これ!!」


 冒頭に俗物のセリフが混在いたしました。

 五楼上級監察官が対処いたします。


「この痴れ者が! と言うか、貴様、よくあれだけの攻撃を喰らって生きているな?」

「そりゃあね? 俺だって弟子の前で恥ずかしい恰好はできないし? あっ! 弟子って言うのはね! だーれだ? そう、答えは京華ちゃんゔぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」


 五楼上級監察官、どうやら現実に耐えきれなかった模様。

 大吾の体を煌気オーラで強化した右足で蹴り飛ばした。

 その先には実況ブースがある。


「これはいけない! ふぅぅぅんっ! 『ゲート』!! 親父、もう帰って寝てろ!!」

「おまぁぁぁぁっ!? ひどいじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 逆神大吾、『ゲート』を通って自宅へと直帰させられる。


 実際問題、戦いが終わったのちに大吾の存在は確実に問題になるし、五楼は自分との関係を知られたくないし、六駆は実家の恥部を晒したくない。

 結果、最初からこうなる事は決まっていたのだ。


「ついに上級監察官様がお出ましですかねぇ? あなたの情報は特に念入りに調べ上げてありますからねぇ。痛い目に遭わせたくないですし、ここは降参しませんかねぇ?」

「抜かせ。仮に私が投降を申し出て、貴様たちは素直に帰るのか? 笑えない冗談は好かん」


 五楼京華は細剣『ソメイヨシノ』を一振りして、構える。

 「やれやれですねぇ」と下柳もそれに応じた。


「では、距離をとらせてもらいますよ? あなたと近距離戦ではあまりにもボクが不利ですからねぇ。『脂肪浮遊ラードジェット』!」


 戦いが始まれば、日引春香の声が響く。

 固唾を飲んで見守る低ランク探索員に勇気を与えるために。

 五楼京華に声援の追い風をもたらすために。


『さあ、謎のブルドッグさんは逆神Dランク探索員のよく分からないスキルによって消えてしまいましたが、本番はここからだぁ! 我らが上級監察官! 五楼京華さんが今ぁ! わたしたちのために戦ってくれております!!』

『見て下さいよ、あれ。下柳さん、脂肪を地面に噴出して飛んでますよ。うわぁ、すっごく臭そう……』


 見た目は最悪だが、下柳の脂肪は蓄えて来た煌気オーラの塊。

 汎用性に秀でており、多くのアレンジスキルを発現できる。


「……私がいつ、近距離でしか戦えないと言ったか?」

「強がりはヤメて欲しいですねぇ。あなたの戦闘データは少ないですが、お若い頃から接近戦で勝利を収めたと言う記載ばかりでしたよぉ?」


「ほう。貴様のリサーチ能力とはその程度か。少々買い被っていたようだ」

「負け惜しみですねぇ! 『脂肪狂星ラードデススター』!!」


 五楼京華の細剣が一瞬だけ光る。

 それが彼女の一太刀であると認識できたのは、果たしてこの場に何人いるだろうか。


「ぐあぁぁっ!? な、なんですかねぇ!? う、腕が!? ボクのスキルも!?」

「私は遠距離戦が苦手だと言った事があったか? 今のはこの『ソメイヨシノ』の特性だ。まったく、南雲はいい仕事をしてくれる」


 南雲製作『ソメイヨシノ』は使用者の煌気オーラを吸い取り、その分刀身が伸びる。

 桜の木が血を欲するがごとく、与えた煌気オーラで鮮やかな刺突が咲き誇る。


「さあ、次は左腕か? それとも、その気色の悪い脂の塊を粉々にするか?」

「……調子に乗らないでもらいたいですねぇ!!」


 既に五楼は次の攻撃へと行動を開始していた。

 それは下柳も同じだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あなた以外はもはや雑兵も同じ! ならば、出し惜しみは愚策ですねぇ! 『自動追尾弾・脂肪大車輪オートマチック・ラードサイクル』!!」

「なるほど。逃げる獲物を追い続けるようにプログラムされた煌気オーラ弾か。貴様らしい、実に醜いスキルだな。気は進まんが……! 一刀流!! 『しん次元大切断じげんだいせつだん』!!」


 下柳の放った歯車状の煌気オーラ弾は旋回しながら五楼の両サイドを襲う。

 対して、彼女は慌てない。


 自分の身の丈の3倍ほどに伸ばした『ソメイヨシノ』で繰り出すのは、お馴染み逆神流剣術。

 その剣技は空間ごと全てを両断する。


「なぁっ!? こんなスキル、データにはありませんでしたがねぇ!?」

「当たり前だ。このようなスキルを記録に残せるか」


 五楼京華は逆神流剣術を一通り習得している。

 だが、そこから独自に『皇帝剣フェヒクンスト』を編み出してからは、極力使用を避けていた。



 嫌なおっさんの顔がチラつくからである。



 だが、逆神流剣術は大吾が作ったとは信じられない程の完成された剣技スキル。

 久坂剣友が40年近い時をかけて完成させた久坂流抜刀術も及ばないその剣技スキルを、逆神大吾は2度目の周回者リピーター時代には完成させていた。


 人間性と実力と言うものは兼ね合わないと言う、実に分かりやすい事例である。


「こ、こうなれば、こちらも奥の手ですかねぇ! ぬぅぅぅっ! 集まれ、煌気オーラよ! 『脂肪吸引アブソープ』!!」


 下柳の奥の手は、なるほど脂肪と欲にまみれた人間の打ちそうな手だった。

 彼は周囲の人間から強制的に煌気オーラを吸い取り始めたのだ。

 低ランク探索員も、さらには倒れ伏しているアトミルカの構成員たちからもどんどん煌気オーラを吸収していく。


『これはいけません! 監察官および余力のある皆さまは、近くにいる低ランク探索員の身を守ってあげてください!! 緊急事態です!! さかが……あれ? 逆神Dランク探索員!?』


 六駆はいつの間にか解説席から離脱していた。

 事前に五楼と打ち合わせていたのだ。



 緊急時にのみ戦闘を許可する、と。



 さらに上級監察官は付け加えた。

 「下柳に悟られぬようにだ。貴様ならできるだろう」と。


 六駆は『瞬動しゅんどう三重トリプル』で下柳の近くを駆け回っていた。

 その動きは、平時であれば下柳の目でも追えたかもしれない。


 だが、焦って極大スキルに打って出た下柳には六駆の動きなど見る余裕がない。

 問題がないようだと判断した六駆は、煌気オーラを高めた。


 今回は特にスキルを使う訳ではない。

 ただ、莫大な煌気オーラを放出し続けた。


 分かりやすく名を付けるならば『煌気爆発オーラバースト』とでも呼ぼうか。

 『煌気爆発オーラバースト』で放出された煌気オーラは、頭上の下柳の元へとグングン吸い上げられる。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!!!」


 六駆の煌気オーラの底は知れない。

 代わりに、下柳の煌気オーラ容積が判明する。


「な、なんですかねぇ!? こ、こんな煌気オーラ量がどこから!? ぐああぁぁっ!? 制御し切れない!? と、止まれ! 止まらない!? どこからこんなものが!?」



 足元で超高速の反復横跳びしながら売るほど煌気オーラを垂れ流している男がいるのだ。



「貴様は確かに、私を、私たち探索員協会を欺いた。その手際は見事だったと言っておこう。だが、それで勝った気になるとは片腹痛い!! その煌気オーラ、持て余しているのならば利用させてもらおう!!」


「なぁっ!? ど、どうなっていっ!? 煌気オーラの吸収が止まらないっ!!」

「ふぅぅぅぅぅぅんっ! ふぅぅぅぅぅぅぅんっ!!!」


「愚かな……。まだ気付かぬか。まさに痴れ者だな。はあっ!!」


 五楼が大きく飛び上がる。

 下柳則夫のはるか空高く。


「終わりだ! 下柳!! 皇帝剣フェヒクンスト! 『兆花繚乱・狂い咲きアウフブリューエン』!!」

「だぁばっ! バカな!? 五楼京華……! これほどの煌気オーラ総量だ……なんて……!!」



「ふぅぅぅぅぅんっ!! ふぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!!! はぁぁふぅぅぅぅんっ!!!!」

 犯人はこいつである。



 下柳則夫は五楼京華渾身の一太刀によって斬り伏せられ、地面に墜落した。

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