第1339話 【エピローグオブ猫と猫リバース・その3】単位、リバース ~せっかく来たシンギュラリティの行方~

 瑠香にゃんの朝は前期試験期間だろうとも変わらない。

 クララパイセンの部屋のコンセントにぶっ挿さった状態から始まる。


「スリープモードから復帰を確認。瑠香にゃんサーチを開始します。完了しました。ステータス『今日は服着てた』を取得。続けてぽこますたぁの位置情報を取得。目視で完了。ステータス『何故ベッドがあるのにこいつはいつもソファで寝るのか』を取得。そこに置いておきます。ご主人マスター召喚の儀を開始」


 小鳩さんのスマホへ「おはようございます」と瑠香にゃんが瑠香にゃんライフラインを送ると、2部屋向こうの扉が静かに開閉音を立てて、数秒後にパイセン部屋のドアが開く。


「大急ぎで来てから気付きましたわ。今日は莉子さんも前期試験ですから、既にお出かけした後ですわね。瑠香にゃんさん、本日のお召し物ですわよ。よく分からないボタンがいっぱい付いたタイトスカートと5分丈ブラウスですわ。インナーは競泳水着で大丈夫ですわ。ササっと着替えて行ってらっしゃいまし。試験の時は席順が違いますもの。意外と時間に余裕がなくなるものですわ」

「ご主人マスター、ありがとうございます。瑠香にゃんの装備がインナー扱いされている件については抗議しません。ただ、ぽこますたぁがソファでダラ寝しています。瑠香にゃん砲を撃ちますか?」


 小鳩さんがとても優しい目でそれを見つめてから、ゆっくりと首を横に振った。


「いいんですわよ。いいんですの。今日の試験はどれも行くだけ無駄ですわ。クララさんの試験は無駄撃ちするとただでさえ少ない残弾が減りますもの。確実に取れるところだけ行かせるんですわ」


 諸君もご存じの通り、パイセンにとって確実に取れる試験は前期になかった。


 先にクララパイセンのリザルト画面。

 前期試験。0出席。

 レポート。1提出。


 取得単位数。



 2。



 それでは瑠香にゃん、行ってらっしゃい。

 出るか、ネコ科乙女の新記録シンギュラリティ



◆◇◆◇◆◇◆◇



 2限目、簿記Ⅰの試験が瑠香にゃんにとっての初陣。

 大学生にとって単位取得は戦争。

 しかし、バルリテロリ戦争をやり切った瑠香にゃんに死角はない。


「……あの」


 隣の席の男子が控えめに声をかけて来た。

 瑠香にゃんが抑揚のない声で応じる。


「はい。瑠香にゃんですが、なにか」

「あ。ええと、お、おはよう。その、電卓出しておかないと。試験始まってからバッグをいじると怒られるよ?」


 親切な男子学生だった。

 大学生たる者キャンパスに出会いを求めるのは間違いだろうかと問われたらば「間違いじゃ、バカタレ! 勉強だけしてろ!!」とは言い辛いが、やはり本分は勉学。

 たっけぇ授業料払って出会いだけを求めるのならば、そのお金を引き上げてマッチングアプリにぶっこんだ方が効率的。


 そして情報商材を買わされたり、投資セミナーに連れて行かれたりしながら大人になるのだ。


 瑠香にゃんは親切心に対して真摯に対応する。

 これはきっと、チーム莉子の遺伝子の中でも芽衣ちゃまのものかと思われた。



「瑠香にゃんの脳内には高度な演算機能が備わっているので、電卓は不要です」

「えっ。えっ、あっ。……そ、そうなんだ?」


 簿記は暗算でやっちゃダメというルールはないが、脳内に搭載されている演算機構を使って良いというルールもない。



 そののち試験監督講師が通りかかったので「すみません。瑠香にゃんは試験に自前の演算機構を使用してもよろしいですか?」と聞いたところ「へー。今時の若い子はそんなのあるんだ。いいよ」と許諾されたので、開始6秒で簿記Ⅰの試験は片付けた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 大学の試験は数日から2週間程度かけて戦う長丁場。

 履修科目によってその日だけ5科目が集中したり、4日くらい何の試験も入らなかったりと個々人によってスケジュールが変わるので、全科目一緒に受けている超仲良しがいたりしない場合は孤独な戦いが強いられる。


 そして時に「もうこの試験は捨てるか。時間がもったいねぇ」とか「……後期頑張ればいいんじゃね?」などと、試験と戦う前に自分に負ける場合が散見されたり、上級者になれば「すみません! ばあさんの法事があるんで! 試験受けられないんです! レポートに振り替えてください!!」と単身でばあさんを5人も6人も抱える者なども出て来るが、ばあさんの真なる数が露見すると除籍処分を受けたりするのでビギナーにはお勧めできない。


「瑠香にゃん、前期試験シークエンスを終了しました。ステータス『どうして2週間しか在籍してないのにほとんど普通に試験を受けられたのか』を獲得。誰も見ていないのでおっぱいに格納します」


 留学生だったり変な時期に編入した子は担当教授の胸三寸でその辺が決められるのは私立大学あるある。

 少子化で今後学生が増える見込みなんかほとんどねぇ訳であり、ならば柔軟性で売って行かなくては。


 こうして、瑠香にゃん・バージョン大学生の1ヶ月が終わった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 7月末のミンスティラリア魔王城。

 食堂に猫と猫と小鳩さんがいた。


「にゃはー!! 2単位取って南雲さんからフィギュアいっぱい買ってもらったぞなー!!」

「ステータス『もうぽこが幸せそうならオッケーです』を獲得。ぽこ、あげます」


「にゃっはー!! 瑠香にゃんからもなんか概念的なものをもらったぞなー!!」

「それで、瑠香にゃんさんは単位取得いかがでしたの? 初めてのことですし、少なくても気にしてはいけませんわよ。クララさんが大学生をまた放棄なさっておられますけれど。だったらどうして瑠香にゃんさんだけ大学生なのかとか、気にしてはいけませんわよ」


 瑠香にゃんは大学の学生課でもらった単位取得一覧表を取り出して、クララパイセンと小鳩さんに差し出した。


「にゃっふっふー。瑠香にゃんも大学生の洗礼を浴びたぞな?」

「わたくしも拝見しますわ」


 パイセンの咥えていたコンビニのデザートスプーンがポロリとテーブルに落下した。

 そして小刻みに震え始める。


 莉子ちゃんは本日不在だが、メインヒロインは乳と和解したためパイセンも思う存分小刻みにプルプルできる。


「にゃん……だと……」

「素晴らしいですわ!!」


「ステータス『ドヤァ』を発動します。どやぁです」


 瑠香にゃんの受けた前期試験。

 勝率10割。


 取得単位数。



 24。

 実にその数、パイセンの12倍。



 来たか、シンギュラリティ。

 技術的特異点は大学の単位にあった。


「……うにゃー。瑠香にゃん、瑠香にゃん」

「ぽこが何か言いたそうな顔をしているので、瑠香にゃんは聞きます」


「あたしは今、今という時間が永遠に続けばいいと思っとるぞな。瑠香にゃんと一緒に過ごせて、あたしは毎日とっても楽しいぞな」

「ステータス『なんか始まった』を獲得」


「瑠香にゃん、瑠香にゃん。大学生でいる限り、今はずっと続くんだぞな? 今を永遠にデキるのが、大学生なんだぞな? 瑠香にゃん、0歳児がそんなに生き急いでどこに行くって言うんだにゃー?」


 瑠香にゃんがハッとした表情を見せた。

 そして言う。



「ステータス『そんな気がしてきた』を獲得しました。瑠香にゃん、単位を大学に返して来ます。ご主人マスター。止めないでください。瑠香にゃんも永遠の今が欲しいです」


 猫は群の仲間に影響される生物である。

 よく鳴く猫が傍にいるので、こうなるのも必然だったか。



 こうして、瑠香にゃん・バージョン大学生は振出しに戻る。

 学生課の職員は「えっ? 単位を返す? ……えっ?」と戸惑いを隠しきれなかったが、頑張ったら返せたらしい。


 瑠香にゃん。

 前期取得単位。


 訂正。


 24→0へ。

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