第219話 監察官・南雲修一の「小坂くん、君ぃ……そりゃないよ……」 常盤ダンジョン第12層

 さらに1時間ほど経過し、チーム莉子は常盤ダンジョンの最深部へと下りるところであった。


『さあ! いよいよ1回戦も大詰めです! チーム莉子が今、ダンジョンのゴール地点、12層へと歩みを進めます! 梅林軍団も健闘しておりますが、まだ10層の途中! これはもはやチーム莉子の勝利は揺るがないか!!』


『いや、もう、してやられましたねぇ。南雲さんのところは万年1回戦敗退だと思って油断していました。まさか、ここまで探索員を鍛えて来るとはねぇ』

『……あ、はい。そうですね。私も驚いています』


 チーム莉子に対しての責任を南雲は背負っている。

 それは監察官として正しい事だが、彼は声を大にして訂正したかった。



「あの子たち鍛えたのは逆神くんです! いっつも、勝手に鍛えられて戻って来るんですよ! 分かります!? 見る度に頭のおかしい成長を遂げて帰って来る子たちを迎える時の私の心境!!」



 もちろん、そんな事は心の中でしか叫べない。

 南雲は常識と良識を兼ね備えた、理性の人。

 1度背負うと決めた責任からはどんなに苦しくても逃げ出したりしない。


『チーム莉子、最深部に到達です! おっとぉ! ここで待ち構えているのは、サザンバジリスク!! 3つの目を持つ巨大な蛇型モンスター!! 手元の資料によりますと、このサザンバジリスクを捕獲するためにAランク探索員が10人ほど駆り出されたそうです!! ここに来て最後の強敵がチーム莉子の前に立ちふさがるー!!』


 南雲は既に勝利者インタビューで何を喋ったものかと思案していた。

 バジリスクだろうがトマトバジルだろうが、チーム莉子の前ではただのデカい蛇である。


 今さらそんなものに苦戦するはずがない。

 クララと小鳩がタッグを組めばちょうど良い塩梅で戦えるだろう。


 なるほど、南雲の見立ては正しい。


 だが、世の中勝利を確信した時ほど隙の生まれる瞬間もないのである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あー。デカい蛇ですねぇ。僕ね、長くてニョロニョロする生き物って得意じゃないんですけど、むしろここまでデカいとニョロニョロしてない分、普通のサイズの蛇の方が怖いですよ」


 常盤ダンジョンの最深部では六駆がのんきに感想を述べていた。


「そうは言うけどにゃー。六駆くんからしたらただの大きい蛇でも、あたしたちには強敵じゃないかとパイセンは思うぞなー?」

「そうですわね! 気を引き締めて戦わなければ、足元をすくわれかねませんわ!!」


 やはり南雲の想定通り、クララと小鳩の遠距離支援プラス近距離突貫のバランスコンビが戦うのだろうか。

 そこに待ったをかけるのは、最年少メンバー。


「みみっ。思ったことがあるです。もう討伐ポイントも充分稼いでいるし、無理して蛇と戦わなくても良いんじゃないかなって芽衣は思ったです。みみっ」


 芽衣は師匠の思考にガッツリ影響を受けて成長中。

 元々「出来る限り無駄に頑張りたくない」と言うネガティブな精神構造が六駆に近いこともあり、最近では安全マージンの確保も露骨になってきた。


「なるほど! 芽衣は頭がいいなぁ!」

「みみみっ! 師匠なら分かってくれると思っていたです!!」


 だが、チーム莉子には莉子がいる。

 パーティーネームに人名を付けるものだからなんだか頭の悪い文章になっているが、チーム莉子の良心である莉子は考えを述べる。


「んー。でも、あっちのダンジョンにもボス級のモンスターがいるってことだよね? 大丈夫かなぁ? ほら、クイズ番組とかでよくあるでしょ? 最後の問題は得点が大きくて大逆転できますよってヤツ。対抗戦も一種のエンターテイメントだから、そーゆうのがあっても不思議じゃないなぁって」


 莉子の意見には聞くべき価値があり、4人は黙り込んだ。

 六駆も「大丈夫じゃない?」といつもの軽いノリは封印している。


 彼にとってこれは3千万円をゲットするためのプロローグ。

 ならば、気を引き締めて損はない。


「山根さん! どう思います?」

『そうっすねー。去年のパターンを見ると、最後のボス級モンスターの得点配分は、小坂さんの言う通り確かに大きくはなってるみたいっすよ』


 ならば答えは決まっている。

 不安要素は全て潰して回るのが逆神六駆のやり方。


「よし! 倒しておこう!!」


 ここで六駆を不運が襲う。


 これまで、気の緩みや慢心について散々布石を打って来た、その回収の時が来た。

 サザンバジリスクはチーム莉子にガン無視されている。

 このデカい蛇にどの程度の知能があるのか分からないが、「なんでおのれらワシをシカトしとるんじゃい」と不満を抱いてもおかしくはなかった。


 そして、その不満が実力行使に変化して近くにいた六駆に向かう。

 「シャアァァァァッ!!」と吠えたサザンバジリスクは、トラックも叩き潰すその巨大で硬い尾をもって、六駆に一撃をくわえる。


「あぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 最強の男、逆神六駆。

 彼は物理攻撃を無効化する魔法を使う訳ではない。

 常に周囲を警戒して、瞬時に対応することで外敵からの急襲を封じているのだ。


 それが緩み切った心のせいで、疎かになっていた。



 六駆おじさん、今度はダンジョンの壁に頭から突き刺さる。



 まず身構えたのは小鳩だった。

 六駆が復帰するまでにサザンバジリスクに攻撃されるとまずい。

 彼女はすぐに迎撃姿勢に移った。


 続いてクララが、芽衣が……。

 続かない。


 理由は怒らせてはいけない人をデカい蛇が怒らせてしまったからである。


「……よくも、よくも六駆くんを! もぉぉぉ! 許さないんだからぁ!!」


「小鳩さん、伏せてにゃー!! 危ないぞなー!!」

「みみみみみっ! 危険が接近してくるです!! これは間違いなくヤバいヤツです!!」

「えっ!? なんですの!? どういう流れですの!?」


 莉子さん、最愛のおじさんを傷つけたデカい蛇にガチギレする。


「はぁぁぁぁっ! 煌気オーラ集中!! 一点突破型ぁ!! はぁぁぁぁぁっ!!!」


 いつもより余計に煌気オーラを溜めておられます。

 煌気オーラ総量がお化けな莉子がその煌気オーラを集中させて、何をするのか。


 もちろん、アレである。



「たぁぁぁぁぁぁぁっ!!! 『苺光閃いちごこうせん』!! 全力全開!!」



 苺色の悪夢がサザンバジリスクと常盤ダンジョンに襲い掛かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『お、お、おぎゃあぁあぁぁぁっ!! 小坂くぅぅぅん!!! それはダメだよぉぉぉ!!!』


 南雲監察官、マイクのスイッチが入ったままです。


『…………。あ、ええと。失礼しました。あの、ええと? 申し訳ございません。現在、映像が乱れております。何か、ファンシーな色の衝撃波が放たれたように思われたのですが。映像班の方は、サーベイランスの調整を——えっ? 無理? 壊れたんですか!?』



 小坂莉子。フルパワーの『苺光閃いちごこうせん』で色々なものをぶっ壊す。



『えー。皆さまにお知らせいたします。常盤ダンジョンで何らかのスキル? いえ、災害が発生した模様です。至急、情報を収集いたしますので、少々お待ちください』

『日引くん。良いんだ。情報は集めなくて良い。もう良いんだよ』


 南雲の瞳から光がすっかり失われていたと言う。


『南雲監察官がなんだか仙人みたいな表情になっております! あ、常盤ダンジョンいけますか!? ゴール地点のサーベイランスに中継が切り替わるようです!』


 そこにはチーム莉子の5人が。

 並んで手を振っていた。


『状況が把握できませんが、チーム莉子! ゴールイン!! 終わってみれば横綱相撲! 梅林軍団に圧倒的な差をつけて、余裕の表情でカメラサービスです!!』


 南雲は考えていた。

 もちろん、勝利者インタビューで何を喋るかについてである。


 数分前と事情が変わったため、色々と釈明する必要に迫られていた。


 こののち、梅林軍団のゴールを待って審査が始まるが、その必要はないかと思われるほどの圧倒的な差を見せたチーム莉子は、1回戦を突破するだろう。

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