第218話 隠れ蓑・塚地小鳩! 逆神六駆の「見えなきゃ何しても平気でしょ」 常盤ダンジョン第9層

「莉子! このモンスターたちの中で1番お高いヤツは!?」

「あ、うん! 右手の奥にいるクリスタルタートルだよぉ! あの子の甲羅はすっごく価値の高いイドクロアで。んっとね、メタルゲルの外皮と同じくらい!」


 六駆にものを教える時は、身近なものに喩えてあげるのが良い。

 このおっさんと連れ添ってそろそろ長い莉子さんはその辺りを熟知していた。


 彼にとってダンジョンで高価値のものと言えばメタルゲル。

 1メタルゲルで六駆の行動動機が1増える。


「お待ちくださいませ! あの亀さま、わたくしお師匠様と一緒に修行で赴いたダンジョンで見ましたけど、確か凄まじく硬いんじゃありませんこと!?」

「はいっ! オジロンベと同じくらいの硬度ですよ!」


 オジロンベはダイヤモンドよりも硬い。


「じゃあ大丈夫だ! 小鳩さん、やりますよ!」


「なるほどにゃー。この中で1番ランクが高いのは小鳩さんだぞなー。……ご愁傷様ですにゃー。なむなむー」

「みみっ! 芽衣は中途半端なランクで本当に良かったと思うです!!」



「何をさせられるんですの!? ちょっと、どうして先ほどからあなたたちは肝心な内容に触れないんですの!? ほら、またお黙りになるー!!」

「大丈夫です、小鳩さん。悪いようにはしませんから!」



 悪い顔をした六駆が「悪いようにしない」と戯言を吐く。

 まったく白々しい。


「山根さーん!」

『はいはい! どうしたっすか、逆神くん』


「この中継用のサーベイランスって、どのくらいの速度まで追えます? 具体的に言うと、僕の『瞬動しゅんどう』を映せますか?」

『そっすねー。『瞬動しゅんどう』ならギリでイケると思うっすよ。なんせ、南雲さんが5年かけて作ったご自慢の逸品っすからねー』



「『瞬動しゅんどう二重ダブル』ならどうですか?」

『余裕で無理っす。なんかの偶然で影くらいワンチャン映るかもっすね』



 六駆は「なるほど。参考になりました」と頷いた。

 続けて小鳩に「ちょっと腰を落として、空手の突きをするみたいなポーズ取ってもらえます?」と指示を出す。


 不安げな小鳩はリーダーを見るが、莉子さんは渾身のスマイルで親指をグッと立てていた。

 続いてクララを見るが、彼女は口笛を吹いて誤魔化す。

 芽衣を見たら、彼女はクララの尻に潜んで気配を消した。


「じゃあ小鳩さん! 僕がせーのって言ったらパンチしてください。振りでいいんで」

「くっ! わたくしを操り人形のように……!! い、言う通りにいたしますわ!!」


 どうやらこのシチュエーションがお気に召した様子の小鳩さん。


「よし! やりますか!! 『瞬動しゅんどう二重ダブル』!!」


 六駆はスキルを発動させ、反復横跳びを始めた。

 別に反復横跳びをしなくても良いのだが、超高速で移動して自分の姿をサーベイランスの視界から消すのが目的である。


 続いて「ふぅぅんっ!」と彼は拳に煌気オーラを充填させる。

 準備は完了した。


「せーのぉっ!」

「は、はいっ! これで良いんですの!? えいっ!」


「それいけ! 『弩級チャージ古龍拳ドラグナックル』!!」


 小鳩の腕の動きにぴったりと合わせて、六駆の頭おかしい威力のスキルが発動した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『ああ……』


 南雲が天を仰いだ。

 監察官殿、マイクのスイッチが入ったままです。


『なんとぉ! ご覧ください! チーム莉子の塚地Aランク探索員! とんでもないスキルを放ったぁ!! その威力はもはや脅威! 一撃で硬さに特化したモンスターの群れを葬り去るー!! とんでもないスキルです! 南雲監察官、ご説明を!』


『……ええと。アレです。久坂監察官がきっと教えたんでしょうね。私は知りませんよ、あんなスキル。いやぁ、驚いたなぁ。まったく驚いた』


 何となく、そろそろやるだろうなと言う予感が南雲にもあった。

 逆神六駆がこのまま大人しくしているはずがないと、彼の優秀な頭脳が計算を済ませていた。


 むしろ、小鳩を擬態に使った事を褒めてあげたいと南雲は考えている。



 現実逃避が上手になられましたね、監察官殿。



『これが久坂監察官室の秘密兵器! 塚地小鳩です!! この威力はAランクに収まるものではありません! Sランクに近い、いや! もうSランクと言っても過言ではないはずです!! 我々は歴史の目撃者になったのでしょうか!!』


 南雲はコーヒーをカップに注ぎながら思う。

 「そりゃそうだよ。逆神くんはSSSランクとか作っても枠からはみ出るよ。悪魔だよ」と誰に言うでもなく納得しながら、無理やりコーヒーと一緒に飲み干した。


『さあ、こうなると形勢にかなりの優劣がついて参りました! せっせとイドクロアを採取するチーム莉子に対して、硬質モンスターの群れを回避する方法を選んだ梅林軍団! 下柳監察官、この判断についてはどうですか?』


『こればっかりはねぇ。久坂さんとこの秘蔵っ子にあっぱれですよ。うちのパーティーはバランスを考慮した編制だから。あんな飛び道具を仕込むとは、参ったねぇ』


 南雲は日引と下柳のやり取りを聞きながら、うんうんと首を縦に振る。

 振り続ける。


 「塚地くん、すまない」と心の中で謝りながら。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ど、どういうことですの!? わたくし、急に秘められた力に目覚めましたの!?」

「小鳩さん! 口は動かしても良いですけど、手も動かして! イドクロアが多いんだから!! まったく、若い子はすぐにお喋りを始めるんですから! 困るなぁ!!」


 戸惑う小鳩を叱りつける六駆。

 「は、はい! 申し訳ありませんわ!!」となんだか嬉しそうに雑用に加わる小鳩。


「懐かしいねっ! 六駆くんと一緒に探索員の試験受けた時を思い出したよぉ!」

「だよね! 僕も莉子との思い出が頭によぎってさ! ああ、これならイケるって!!」


「も、もぉぉ! 六駆くんってばぁ! 今は試合中だよぉ!!」

「はっはっは! ごめん、ごめん! さあ、こっちの光ってる系のイドクロアは全部拾ったよ! クララ先輩と芽衣はどう!?」


「こっちは半分くらいが灰になってるにゃー。六駆くん、もう少し加減しないからー」

「みみっ! 六駆師匠はどうせ自分のモノにならないからと火加減調節を怠ったです! 芽衣には分かるです!! みみみっ!」


 芽衣さん、正解。


 六駆に「イドクロアをいくら収集しても持ち帰れない」と教えてしまった時点で、彼のスキルの調節はガバガバである。

 そもそも、「弱めに加減してスキルを撃つ」事自体が苦手な六駆。


 ならば、そこに手心など加えられるはずもなく。


「山根さーん! 高いイドクロアの取りこぼしないですか? 僕も『観察眼ダイアグノウス』で見てるんですけど、なんか気合が入らなくって!」


『だいたいオッケーっすよ! 細かいイドクロアは残ってるっすけど、ぶっちゃけこの採取加点で勝敗はほぼ決したと思うっす。あとは急いでゴールするだけの簡単なお仕事! 終わった後は焼肉が待ってるっすよ!』


 2日続けて高級焼肉が食べられる。

 中身はおっさんなのに、胃袋は17歳の逆神六駆。

 この体で良かったと心の底から実感した瞬間であった。


「それじゃあ、みんな! 早いところ最深部まで行こうか! これで50万と焼肉か……! 25回戦くらいまでやらないかな!?」


 現在、六駆の中で気の緩みが発生している。

 普段から割と油断する男ではあるが、ダンジョン攻略戦に入ってからはそれが顕著である。

 ゴールデンメタルゲルモドキに捕まったり、バネラフレシアで天井に突き刺さったり。


 異世界で独り戦ってきた男にとって、この程度はお遊びなのだ。

 だが、その気の緩みが思わぬトラブルを呼び寄せてしまう。


 主にダメージを受けるのは、我らが南雲監察官であると予告しておく。

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