第268話 監察官・南雲修一の復活

 南雲修一は夢を見ていた。


 広大なコーヒー豆の畑の中で亡くなった祖父が手を振っている。

 南雲のコーヒー好きは祖父の影響だった。


 彼は祖父との再会を喜んだが、祖父は「こっちくんな!」と言い放つ。

 「ええ……。おじいさん、冷たくないですか?」と南雲は反論する。


「腹から血が出てるじゃないか! とりあえず、あっちにある川で身を清めろ!!」

「本当ですね。そう言えば、どうしてお腹から血が出てるんですか?」


「ワシが知るか! やーめーろーよー! 修一ぃ! 血がコーヒー豆に付いてんだよぉー!! あっち行け!! 喰らえ、コーヒー豆マシンガン!!」

「ああ、すみません! あっちに川があるんですね!?」


 南雲は急ぎ、川に向かって走った。

 そこには無機質で筋肉質な大男が立っており、南雲の前に立ちはだかった。


「お前、何時代から来た?」

「はえっ!? 何時代ってなんですか!?」


「ああ、こいつ突然死のパターンか。その身なりだと、平成か? 令和か?」

「は、はあ。確かに今は令和ですが。……えっ!? 私、死んだんですか!?」


「その辺は面倒だからあっちに渡ってから事務所で聞いて。はい。六文銭は?」

「ええと、財布は……。いや、待ってください! 六文銭!? ってことは、この川って三途の川じゃないですか!!」


「お前、ツッコミ属性を持ってるな。稀有なタイプなのに、もったいない。と言うか親族が出迎えてくれただろう? 受け取ってないのか、六文銭」

「い、いえ。祖父に会いましたが、コーヒー豆投げつけられました」


「マジかよ。普通はこっちくんなとか言って止めるもんだけどな」

「ああ、言われました、言われました! その後に川に行けって!」



「お前のじいちゃん鬼畜だな。鬼の俺もちょっと引くわ」

「あれ!? 私、もしかしてさっさとあの世に逝けって流された感じですか!?」



 南雲はようやく自分の身に何かが起きて、死の淵に瀕している事実に気付く。

 と言うか、三途の川まで来ているのでもうあと一押しで逝ける。


「とりあえず良かったな。渡し賃がなければあの世には渡れんぞ」

「そうですか。それは良かっ……あれ!? コーヒー豆が割れて、中から200円が出てきましたけど!?」


 スーツを着た鬼は「ちょっと待ってろ。令和だったな」と言ってタブレット端末をスッスとやった。


「マジかよ。令和の貨幣価値で六文銭って195円だってよ。渡れんじゃん、川。つーか、お前のじいちゃん完全に殺しにかかってんな。5円余分なところに本気を感じる」

「おじいさん! 私が何をしたって言うんですか!!」


「じゃあ、渡る? 一応、あっちで客引きしてんのが俺の嫁なんだけど」

「ええっ!? 鬼って結婚するんですか!?」


「お前、隙さえあればツッコミだな。まだ若いのに、もったいない」

「いや、待ってください! 私、何か大事な使命を果たさなきゃならない気がして!!」


「あー。言うよね、みんなその常套句。どうせ大した事じゃないだろ? アダルトビデオ返し忘れたとか、会社のパソコンに卑猥な動画保存したままとか」

「なんでわいせつ関係に限定するんですか!?」


「いや、お前からは独身中年の匂いがする」

「さっきあんなにコーヒー豆投げつけられたんだから、せめてコーヒーの香りにしてもらえますか!?」


 南雲は鬼とのトークセッションを続けている中で、心地よい疲労感を覚え始めていた。

 なんだか、船に乗ってみるのもいいかなとも思った。


 豪華客船が停泊しているのだ。

 それに195円で乗船できるなんて、ラッキーではないか。


「おっ。良かったな、独身中年。お前、迎えが来たぞ」

「なんですか、迎えってあっつい!? 熱い熱い! なんですかこの雨!?」


「お前に死んでほしくない人間がまだ結構いるみたいだ。良かったな、独身中年。恋人はいなくても、人間関係に恵まれてんじゃん。まあ、ゆっくりして来いよ。次に会うのはしばらく先だと良いな。お前のじいちゃんにはドンマイって伝えとくよ」


 南雲は三途の川でコーヒーの雨に打たれた。

 あまりの熱さに耐え切れず、彼は目を覚ます。


 起きた後には、夢の内容を思い出せなかったと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!! げっほ、ゔぉえ!!」

「良かった! 南雲さん!! 気が付いたんすね! 逆神くんの言う通り、コーヒー口の中に流し込んだら生き返った!!」


「やーめーろーよぉー! やーまーねぇー!! コーヒーは気付薬じゃないんだぞ!?」


 南雲を取り囲んでいた全員が「おお!」と声を上げた。

 「このツッコミ! 南雲さんだ!!」と。


「南雲! この痴れ者が! 上官に心配させるとは何事だ!!」

「ああ、五楼さん。なんだか分かりませんが、すみません」


「のぉ。六駆の小僧よ。修一の受け答えがピンボケしちょるんじゃが。生き返らせる過程でポンコツ属性でも付与したんか?」

「あー。これはですね! 僕のスキルで時間を巻き戻したので! 身体の時間を戻したら、頭の中もなんかとっ散らかるんじゃないですか!? 知りませんけど!」


「なるほどのぉ! おう、修一! お主、ワシに借金があるで! 8千万ほど!」

「さすが久坂さんだ! 南雲さん、僕も2兆ほど貸してましたよね!?」



「そんな国家予算みたいな借金してないよ、私は!! 頭がスッキリしてきた! 久坂さん! 逆神くん!! あなたたちは監察官に裏切り者がいたというのに!! そうだ、私、下柳さんに刺されたんだ!!」



 南雲修一、再起動完了。

 久坂と六駆が「ちっ」と悔しそうに舌打ちをした。


「げっふ、げふ! 南雲さん、煌気オーラの消耗も激しいので、小生が回復を。そのまま楽にしていてください。『エクセレンス・チャージラル』! ごふっ」


 南雲は和泉の治療を受けながら、五楼から事の顛末を伝え聞いた。

 ずっと監察官として共に働いて来た下柳則夫が最初から裏切る目的で協会内に侵入していた事実は、病み上がりの彼の心にも重くのしかかった。


 だが、それ以上に彼の心は温かかった。


 「南雲修一が目覚めた」と言う知らせを聞いて、多くの者が駆けつけて来るのだ。

 雷門監察官は号泣しながら文法の怪しい日本語を叫び、それを「まあまあ」となだめる楠木監察官。


 南雲の膝の上にドーナツを半分置いて行く木原監察官。

 オペレーター室からも多くの非戦闘員が、彼の無事を確認するためだけにやって来た。


 サーベイランス関係で南雲と各監察官室のオペレーターたちは交流があるのだ。


 ようやく人の波が落ち着いて来たところで彼らがやって来た。


「南雲さん! 良かったぁ! わたしたち、倭隈ダンジョンで心配してたんですよぉ!」

「いきなり山根さんが六駆くんに助けてって叫ぶもんだから、ビックリしたにゃー」


「南雲さんが死んじゃったら、芽衣は確実におじさまの監察官室に拉致られるです。長生きして下さいです。みみっ」

「わ、わたくしは心配しておりませんでしたわよ!? お排泄物のような、極めて仕事のできる優しい中年男性がこの世から去るなんて、世界の損失ですもの! ふんっ!!」


 南雲修一は頭をかいた。

 チーム莉子の事を協会本部に引っ張り込んだ責任を果たす前に死んでは、筋が通らないぞと。


「南雲さん、南雲さん! コーヒーのおかわり持って来たっすよ!」

「おかわり!? さっきのコーヒープレイが一杯にカウントされてるの!? 普通にちょうだい。普通に飲みたいから。山根くん」


 コーヒーを口に含むと、なんだかやたらと苦く感じた。

 吉兆である。



「逆神くん。君にはまた、大きな借りができてしまったな」

「気にしないで下さい! 南雲さんには一生寄生するつもりなので! 貸しは多い方が良いです! うふふふ!!」



 なにはともあれ、おかえりなさい。

 南雲修一監察官。

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