第269話 監察官室対抗戦、終了のお知らせ

 協会本部襲撃事件から1週間。

 チーム莉子は毎日出動して、破損した施設の改修作業の手伝いをしていた。


「すまんのぉ。雨宮の小僧が監察官を2人イギリスに連れて行っちょるせいで、人手がぜーんぜん足りんのじゃ。アリーナはボロボロで、本部の建物もガッタガタ。そこに来て構築スキル使いが足りんとなっちゃあ、お手上げよ」


 久坂剣友は現在療養中のため、椅子に座って現場監督。

 そこに駆け寄って来るのはあの男。


「久坂剣友! そんなところに座っていては体が冷えるかもしれん!! 毛布を持参した!!」

「おう、55の。すまんのぉ」


「あのぉー。久坂さん。聞いてもいいですかぁ?」

「おう、どがいしたんじゃ莉子嬢ちゃん。何でも聞いてくれぇ」



「いえ。アトミルカの人が普通にいるので、どうしてなのかなぁって」

「ほお! そういえばそうじゃのぉ! のぉ、55の!! ひょっひょっひょ!」

「確かにそうかもしれん!!」



 55番は先の襲撃事件での活躍と、継続的な情報提供を約束すると言う条件により、久坂監察官の管理下でのみ自由行動が許可された。

 これは厳格な五楼上級監察官が出した異例の措置である。


 実情は久坂を働かせすぎたせいで、彼の55番に対する助命嘆願を袖にできなかったのだが、結果として55番は新たな働き口を見つけていた。


「でも、名前で呼んであげないんですかにゃー? 番号で呼ぶのは可哀想だぞなー」

「それがのぉ。こやつ、名前がないらしいんじゃ。なんでも、捨てられちょったらしいで。アトミルカの基地の前に。ほいじゃから、ずーっと番号で呼ばれよったんじゃと。こやつら、番号ちょいちょい変わるのにのぉ」


「わたしは55番として久坂剣友と出会った! その出会いを大切にしたい! 久坂がわたしをそう呼んでくれる限り、わたしは永遠に55番なのだ!!」

「そんな事よりも久坂さん! 本当に日当10万円も出るんですか!? うひょー!!」



 55番のちょっといい話をそんな事よばわりするな。



 施設の改修工事は監察官のみで行われている。

 理由は2つある。


 1つは、機密性の高い施設であるため。

 希少なイドクロアも多く使われており、その技術の外部流出は避けるべきだと五楼が判断した。


 下柳の裏切りから1週間しか経っていない事を考えれば、当然の措置と思われる。


 もう1つは、外部協力者の存在がバレると色々とヤバいからである。

 六駆は現在、莉子に英単語を覚えさせられながら片手間で『大工仕事カーペンタブル』を発現中。


 大工仕事を『大工仕事カーペンタブル』でまかなっている訳だ。

 ややこしいな、スキルの名前。


 さらに、六駆は助っ人を連れて来ていた。


「久坂さん。ワシの作業工程は終わりましたぞい」

「おお、こりゃあすみませんのぉ! おじい様にゃあ本当に助けられちょります!」


 逆神四郎。六駆の祖父であり、構築スキル大好きじいちゃん。

 日当10万と聞いては、家でご飯を作っている有能な年寄りを放っておく手はない。


 1週間ほど大吾の食事がなくなるだけで、実害はまったくない。


「いやぁ、ワシなんかがまだ世の中のお役に立てるとは、ありがたいことですじゃ」

「ご謙遜じゃのぉ。おじい様のスキルは見事じゃ! 協会本部に勤めて欲しいくらいですけぇ!!」


「じいちゃん。久坂さん。ちょっといい?」


「おう。どがいしたんじゃ、六駆の小僧」

「じいちゃんの働きっぷりに感動したんか?」



「いや、じいさんが2人になるとね。すっごく紛らわしいから! どっちかどっかに行ってくれないかなって!!」



 世の中には思っていても口に出してはならない事がある。

 「そんな事言っちゃダメでしょっ!」と莉子パンチによる教育的指導を受ける六駆。


 それから3日間。

 逆神流の構築スキルが8割、土門監察官の構築スキルが2割の配分で日本探索員協会本部がリニューアルされた。


 逆神家の比率が高すぎるのは重大な問題だと思うのだが、監察官の間では「逆神流とか言うヤベーものがある」と共通認識が生まれているので、もう良いらしい。

 通常の改修工事の工程を踏むと3ヶ月はかかる見積もりだったらしいので、五楼京華も首を縦に振らざるを得なかったのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 さらに数日後。


「南雲さん! ちょっと! 聞きましたよ! 対抗戦の決勝戦が中止になったんですか!? 事と次第によっては僕、今からアトミルカにぶっこみますけど!?」

「ヤメて! 私、傷は君のおかげで治ったけど、まだ病み上がりなんだぞ!? ストレスでハゲたらどうするの!?」



「あっ。南雲さん……。や、なんでもないっす」

「おおい! やーめーろーよぉー!! それもう、私がハゲてる体で言ってるじゃん! ハゲとらんわい!! こないだスカルプシャンプー買ったわい!!」



 南雲修一監察官は今回の活躍が探索員協会憲章の定める【一級戦功】として認められ、次回の監察官会議で【筆頭監察官】への昇進が認められる運びとなった。

 【筆頭監察官】は階級こそこれまでの監察官と同じだが、上級監察官と監察官の橋渡しをするために新設されたポストであり、より責任のある立場となる。


 これもまた、下柳則夫元監察官の裏切りによって起こった協会本部の変化。

 なお、今後も特別な場合を除いて南雲監察官表記で物語は進行していく。


 今さら変えるとアレがナニして面倒だからである。


 怒れる六駆をなだめている最中、南雲監察官室のドアがノックされた。


「南雲。少し良いか。1月の昇進査定についてだが……。すまん、出直そう」

「待ってください! 五楼さん! なんで逆神くんを見たら逃げるんですか!?」



「逆神六駆が逆神家の人間だから以上の理由が必要か!?」

「分かりますけれど! それ言われたら会話が終わるじゃないですか!!」



 南雲は五楼をどうにかこの場に留まらせる事に成功する。

 これから告げる予定だった内容を、上官に任せようと言う腹積もり。


 五楼も南雲に大けがをさせた負い目があるので強く言い返せない。

 五楼京華は口調が強いだけで、中身は割と優しい上司である。


「逆神。まず、対抗戦の決勝戦は打ち切りになった。これは決定事項だ。理由は分かるな?」

「えっ!?」


「……痴れ者が。本部襲撃事件の折、Cランク以下の探索員が多く巻き添えを食らった形になっただろう? そんな状況で決勝戦だけ改めてやるなどと、通るものか、そんな理屈が」

「えっ!?」



「おい。小坂。どうにかしてくれ」

「もう小坂くんがやりなよ。空いてる監察官。私、推薦するよ?」



 六駆の認知度が上がるにつれて、一緒に重要性が増していく莉子さん。

 今も「六駆くん。決勝戦なくなったんだって」と、目を見て言い聞かせている。


 多分、賢いゴールデンレトリバーの方が聞き分けは良い。


「僕は! 僕はこの憤りをどこにぶつければ良いんだ!! ちくしょう! やっぱりアトミルカを壊滅させてきます!!」

「待たんか! この痴れ者が!! 話は最後まで聞け!!」


 まだ話の続きがあったらしい。

 これ以上逆神六駆を刺激するのはあまりお勧めできない。


「決勝戦は中止にしたが、その分の補填を考えてある」

「えっ!?」


「優勝は3千万。準優勝は2千万の報奨金を約束していたが、チーム莉子と雲谷トロピカルの両チームを同時優勝と言う事にして、それぞれの監察官室に2千万円の報奨金を出すと決めた。それに加えて、ファイトマネーと逆神に依頼した倭隈わくまダンジョンでの賞金首についてもしっかりと払う用意がある」



「えっ!?」



 予想外の展開である。

 だが、六駆も学習する男。


 頭の悪いゴールデンレトリバーくらいの知能は有していた。


「何か交換条件がありますね!? そうに決まっている!! 騙されないぞ、僕ぁ!!」

「痴れ者のくせに、なかなか鋭いのが腹立たしい」


 五楼京華の話は続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る