第86話 監察官・南雲修一の現場到着 はじめまして、チーム莉子

 小坂莉子の『苺光閃いちごこうせん』がルベルバック軍の戦線を後退させていた頃。

 南雲監察官は【稀有転移黒石レアブラックストーン】を使用して、日須美ダンジョンに到着していた。


 彼はまず、事務所に向かう。


「誰か! 責任者でなくとも構わん! 手の空いている者!」

「はいはーい。どうされましたかぁぁぁぁ!? 監察官様じゃないですかぁぁぁ!!!」


 もはや探索課には彼しかいないのではないかと勘繰りたくなる頻度で現れるのは、本田林。

 心を入れ替えた彼は月刊探索員を購読し始めていたので、南雲が8人の監察官のひとりであり、最も知略に優れた男と言う異名も知っていた。


「君、今すぐに避難命令を出せ! 日須美ダンジョンの、そうだな、うん。第9層までにいる低ランク探索員の記録石に号令をかけるんだ!」

「ご、号令ですか!? 分かりましたが、どのようにすれば!?」


 南雲は持参した端末を本田林に差し出した。

 続けて、説明を短く済ませる。


「解説しても理解はできんだろうから、これは記録石に直で電波を飛ばせる装置だと思ってもらえれば良い。右のボタンを押せば起動する。質問は?」

「あ、いえ! ございません!!」


 白衣型の装備を翻して、南雲は再びダンジョンの防壁を抜ける。

 その後ろ姿に、本田林は「ない」と言ったものの、ひとつだけ質問をした。

 彼にも、「探索課として、不測の事態の正体を把握しておくべきだ」という義務感があった。


「な、なにが起きているのですか!?」


 南雲は短く答えた。


「侵略だよ! だが、問題はない。私がこうして来たからにはな!!」


 監察官・南雲修一。

 彼のベールに包まれた実力が今、明かされる。

 かもしれない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 第1層を駆けながら、本田林の放送を聞いて混乱している新人探索員たちに「落ち着いて避難しろ!」と指示を飛ばす、南雲監察官。

 南雲の体は『ランナーズハイ』という彼が考案したスキルで肉体強化が成されていた。

 風のように第1層を走り抜いた彼は、耳に装着しているイドクロアから作り出した高性能通信機を起動する。


「山根くん。こちら南雲だ。現場の第2層に今から入る。感度はどうだ?」

『問題ないに決まってるじゃないっすか。南雲さんの作った物ですよ?』


 監察官室では、山根が日須美ダンジョン中にばら撒いたサーベイランスで状況をモニタリングし、南雲をサポートする体勢が整っていた。


「や、山根くん!! 山根くん!! 第2層の通路がえらいことに!! まさか、敵はもうこんな上層まで侵攻しているのか!? くっ、見積もりを誤ったか!」



「南雲さん。それ、逆神六駆がなんかパンチで壁ぶち抜いてる記録が残ってます」

「山根くん。私は一体、何と戦えば良いのかな?」



 それでも南雲は足を止めない。

 彼の思考パターンは、選択肢の中から最善を選ぶのではなく、最悪を消去していく事で構築される。

 この時点での最悪は、ダンジョンの中で最高戦力である自分がモタモタしているうちに被害が出る事であり、それを防ぐためにはまず進むしかなかった。


 南雲が日須美ダンジョンに潜った事があれば【転移黒石ブラックストーン】を使用して一気に下層へと瞬間移動できたのだが、普段は研究に力を注ぐ彼が現場に出るのは久方ぶり。

 その点は実にアンラッキーだった。


「君たち! 放送を聞いただろう! Bランク以下はすぐに退避せよ! ここも戦場になるぞ!!」


 監察官の使命のひとつは、探索員の安全を保障する事にある。

 その使命を守ろうとする者の方が少なかったりするので、監察官の体制にも問題アリなのだが、その話は今じゃなくても良いだろう。

 南雲は監察官として、実に模範的な対応をこなしながら第4層へと突入した。


「山根くん! 現状を報告しろ!」

『最前線でチーム莉子が戦ってくれてますよ。南雲さん、逆神六駆もヤベーですけど、小坂莉子も充分ヤバかったです。なんか熱線で敵を焼き払ってました』


「うん。私も今、メタルヒトモドキの残骸を見ながら、やっぱあのパーティーは頭おかしいなって思っていたところだ」

『あ。次の角を曲がったところに、くだんのメタルヒトモドキが5体いますよ』


「了解した! 『テラ・クラック』!! 今は雑魚に構っている暇などない!!」


 南雲はダンジョンに巨大な地割れを生み出し、メタルヒトモドキを難なく呑み込ませる。

 その手際は見事と表現する以外ないかと思われたが、山根くんが一言物申す。



『逆神六駆のデータ見た後だと、南雲さんのスキルって地味ですよね』

「それ、今言う必要あるか? 私の戦意を下げてどうするの?」



 さらに6層、9層とモンスターを薙ぎ払いながら南雲の進撃は続く。

 時間があれば9層の隠し部屋などは彼の知的好奇心を刺激しただろう。

 しかし、緊急事態につきスルーせざるを得ない。

 騒動が片付いたらゆっくり研究すると良い。


 恐ろしい速さで第10層まで到達した南雲監察官。

 わずか40分の出来事である。

 ダンジョン攻略においてタイムアタックに価値はないものの、仮に競争をすれば間違いなくトップに君臨できるだけの実力を彼は持っていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「何をしとるんだ、君らは。ああ、待て。見覚えがあるぞ! 山嵐と梶谷だな!?」


 第10層でせっせとイドクロアを採取していた山嵐組とファビュラスダイナマイト京児が南雲に見つかる。

 彼らは協会本部でランクアップ査定を受けているため、当然南雲の顔も知っている。


「すみませんでした!! ミーはもう1度、エクセレントな階段を駆け上がるシンデレラの如く、Aランク、いや、Sランクへと登り詰めます!! ミスター南雲の期待を裏切る形になり、この度はまことに」


「ああ、そんな些末さまつなことはどうでも良い! と言うか、君と話しているとこっちの頭が悪くなりそうだ。シンデレラって階段駆け上がったか? 下りてなかった?」


 南雲はこのアホパーティーを無視して進もうとするが、そこに待ったをかける山根くん。



『そいつら、連れて行きましょう。最悪盾にくらいはなりますよ。あの逆神六駆の攻撃喰らって生きてるんですから』

「すごい説得力だな。逆神六駆って名前だけでもう兵器みたいな響き」



 南雲は山嵐組とファビュラスダイナマイト京児に「来い! 働きによっては査定を見直してやる!!」と、実に効率の良い餌を撒いてバカコンビの率いるパーティーを引き連れてさらに階層深くへと潜って行く。


 11、12と戦闘の痕跡から「まさかここまで侵攻が!」と言いかけたところで、「多分チーム莉子だな」と思い直す南雲さん。

 お見事、正解である。


 そうして到着した第15層。

 ついにその時が訪れる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 第15層では、捕虜にしたルベルバック軍の斥候部隊を今まさに六駆が尋問しようとてしている瞬間だった。

 その手には『光剣ブレイバー』が握られており、南雲は一目見て感じたと言う。


「ああ。この子、やはりどう考えても私よりも強いな。あと普通に考えて異世界人を躊躇ちゅうちょなく尋問する!? 17歳だろう!? 何なの、南米のマフィア街とかで生活してたの!?」


 そんな思考を全て飲み込んで、南雲は挨拶をした。


「遅れてすまない。私は南雲修一監察官。チーム莉子の防衛戦にまずは感謝する」


 六駆がすぐに応じる。



「ああ! あなたは!! ええと、どなた?」



 絶対に言うと思った諸君、正解である。

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