第280話 監察官会議 パンケーキに逆神六駆を添えて

「……それでは、監察官会議を始める」


 五楼京華が宣誓した。


 監察官会議には定例会議と緊急会議があり、今回は後者である。

 対アトミルカの会議は本部襲撃事件から何度も行われているが、今回は攻略作戦の概要を決めようと言う大事な集まり。


 出席者は当然、監察官に限られる。


 五楼京華上級監察官。

 南雲修一筆頭監察官。


 久坂剣友監察官。

 木原久光監察官。

 楠木秀秋監察官。

 雷門善吉監察官。



 そして、逆神六駆Dランク探索員。



 不純物が混じっていた。

 だが、誰も異を唱えようとはしない。


 六駆の実力は既に全員が知っている。

 あの木原監察官ですら「別にいいんじゃねぇの?」と容認していた。


 だが、モニターの向こうから「ちょっと待った!!」と声がする。

 イギリス出張中の監察官、水戸みと信介のぶすけの声だった。


『なんですか、その子供は!? 監察官会議はもっと神聖で静謐であるべきでしょうよ!』


 水戸みと信介のぶすけ。34歳。

 昨年監察官になった元Sランク探索員であり、最も若い監察官でもある。


 今回、雨宮あまみや順平じゅんぺい上級監察官に招集される形で、イギリスへ長期出張中である。

 彼は前述の通り現役の探索員から監察官へ昇進してまだ1年経っておらず、戦闘の勘において極めて優れていると言うのは五楼京華の評。


 今回のイギリス出張でも、水戸監察官が求められるのは実戦的な力である。

 主に、イギリス探索員協会の若手を鍛えるために毎日精を出していた。


『そいつは誰ですか!? なんで皆さん、普通に受け入れてるんですか!?』


 水戸の言う事はもっともである。

 本来、機密性の高い緊急会議は監察官のみで行われるべきであり、例外的に認めるにしてもSランクかそれに準ずる力を有している必要がある。



 なんだ、六駆は資格を持っているではないか。



 だが、それを知らない水戸監察官が他の年長者を叱責する気持ちも分かる。

 「日本探索員協会の高潔な精神はどこに行ってしまったのですか」と。


「ああ、水戸。雨宮には報告したのだがな。あの痴れ者、さては情報を共有していないな? これは逆神六駆と言う。実力は私にも及ぶ……と言うか、勝るかもしれん痴れ者だ。我ら日本探索員協会の秘密兵器と言っても良い」



『五楼さん、どうしちゃったんですか!? その秘密兵器、さっきからずっとパンケーキ食ってるじゃないですか!!』

「あ、すみません! 見せつけるような食べ方をしちゃって! 隠れて食べますね!!」



 水戸監察官は若く実直で、真面目に手と足が生えた男と形容される事もある。

 彼にとって、監察官会議を汚されるのは認める訳にはいかぬ蛮行。


「六駆の小僧。ワシの生クリームうてええぞ。ちぃと年寄りにゃあ重たいんじゃ。ハチミツだけで充分じゃけぇ」

「うぉぉい! それなら俺様にくれよぉぉぉ! 生クリーム大好きなんだよぉぉぉ!!」


「木原さん、自分の分がまだあるじゃないですか! 僕は食べちゃいましたもん!」

「うぉぉぉぉん! ほら、俺様も食べたぞ、逆神ぃ! これでイーブンですぅ!!」



『なんでよりにもよって! 久坂さんと木原さんが打ち解けてんですか!? 自分と話す時よりも仲良さそうじゃないですか!! どういうことですか!?』

「まあ、落ち着け、水戸。それから、日引。すまんがパンケーキの追加を手配してくれ。2人前……いや、5人前ほど」



 水戸監察官の目標とする上官は久坂剣友であり、強さに関しては木原久光を尊敬していた。

 その2人が、ちょっと自分が留守している間にどう見ても高校生の子供に寝取られたのだ。


 これは黙っていられない。


 雷門監察官が手を挙げた。

 隣に座っている楠木監察官と何やら小声で相談する。


「五楼さん。ここは逆神くんの戦闘データを水戸くんに見せてあげたらどうですか?」

「ボクもそれが良いと思います。百聞は一見に如かずと言うヤツですな」


 両名の意見は聞くべき点があった。

 五楼は「日引、頼めるか?」と、会議の補佐のために連れてきている日引春香Aランク探索員に指示を出した。


「了解しました。水戸監察官、今データをそちらに転送しました。本部襲撃事件の際、逆神Dランク探索員が倭隈わくまダンジョンにてアトミルカ09、および08と交戦した際の情報と映像です」


『確認します! ……。…………。………………』


 しばしの沈黙ののち、水戸は言った。


『合成映像で自分にドッキリを仕掛けて、笑い者にしようとしてませんか?』


 なるほど。

 普通はそうなる。


 監察官たちは全員が頷いたと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『信じられない……。逆神くんとやら。君はまだ17歳だろう? どうやってこんな力を身につけたんだ!?』


 情報がどうやら真実らしいと理解した水戸信介。

 そうなると、質問がこうなるのも自明の理。


「そこに関しては、アレだ。なあ、南雲?」


 五楼はまだ、六駆が異世界転生周回者リピーターである事を知らない。

 だが、逆神大吾の息子である事は知っている。


 「恐らくまともな生き方をしていないだろうな」と当たりを付けていた。

 大正解である。


 どう足掻いてもお鉢が回って来る、我らが南雲修一監察官。

 彼は全てを知っている。


「ええ。逆神くんは特殊な環境で生きてきたため、我々探索員とは異なるスキルを使います。水戸くんに送ったデータも、一見冗談みたいな数値ですが、実際に計測されたものです。ここはどうか、私に免じて逆神くんの詮索は遠慮して頂きたい」



「すみません! このパンケーキにラズベリーのジャムをかける事は可能ですか!?」

『南雲さんに免じたいですが、逆神くんの態度が目に余ります!!』



 その後、五楼と南雲に楠木と雷門が加わって、水戸を説得した。

 既に会議が始まってから30分が経とうとしていた。


 なお、久坂はうとうとしており、木原はパンケーキの3皿目に取り掛かっている。


『分かりました。……ここは自分が我慢しましょう。年長者として』

「おお! 若いのに感心ですね! なかなかできませんよ、そういう考え方!!」


『君とはいずれ、どこかで優劣をハッキリさせておきたいな!!』

「もちろん! ファイトマネーもらえるなら、僕はいつでもお相手しますよ!!」


 監察官たちが秒で水戸を止めた。



「やめちょけ、信介。怪我するけぇ」

「俺様の芽衣ちゃまを見出した男だぜ? お前じゃ20年早ぇよ」

「南雲さんを生き返らせた人ですからね」

「ウッグエーンッ!! せやかてぇ、水戸くんの身体が心配ディーヒッヒッフゥー!!」



 これほどまでに忠告の一斉砲火を浴びた事のない水戸は、さすがに静かになった。


 五楼は「やれやれ。やっと本題に入れるな」と場の空気を引き締めにかかる。

 六駆おじさんを連れて来たのが自分なので、ちょっと反省している五楼であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 南雲監察官室では。


「六駆くん、大丈夫かなぁ?」

「平気、平気だにゃー。だって、みんな顔見知りの監察官さんたちだぞなー?」


「みみっ。おじ様が間違って六駆師匠に攻撃されて全身骨折したらいいのにです!!」

「久坂さんもおられることですし、平気ですわよ! ……多分。恐らく」


 チーム莉子が逆神メンバーの心配をしていた。

 と言うか、六駆が監察官に何かしでかしていないかを心配していた。


 加害者の家族の心境である。


「さあ、みなさん! パンケーキが用意できたっすよ! 自分の煌気オーラスイーツ製造機・参拾五号で作り上げた、渾身の力作っす!! どうぞ、どうぞ!」


 今回の監察官会議のオヤツ担当は山根健斗Aランク探索員。

 彼は彼で、地道に助手としてのポイントを稼いでいた。


 つまり、六駆は大人しく監察官室にいれば、好きなだけオヤツが食べられたという事実。

 おじさんはこういうところの要領が悪い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る