第459話 7番ギッド・ガードナーによる要人誘拐作戦 国際探索員協会本部

 異世界・ヴァルガラでは。


「2番様。用意が整いました」

「そうか。まったく、本心を言えばお前の策に乗りたくはなかったが……」


「そうは仰いますが。現状、こちらにも切り札が必要かと」

「言うな。分かっている。だから私もこうして黙認している」


 各地のダンジョンの様子をモニタリングしている2番と3番。

 状況は散々たるもので、既に2つの部隊に異界の門を突破され、さらに今まさに異界の門をくぐろうとしている部隊が1つ。


 こうなると、正々堂々を好む2番も主義を曲げざるを得ない。

 まず彼が優先すべきことは、万が一このヴァルガラに敵部隊が攻め込んできた場合に備える策を取ることであり、苦渋の決断を済ませた後だった。


「7番。ギッド・ガードナーだ。呼ばれたから来てやったぞ」

「お待ちしていましたよ。7番」


 この不遜な態度の男は、元探索員。

 それも、国際探索員協会に所属していたSランクと言う経歴を持つ男。


 だが上官に縛られることを嫌うあまり、作戦行動中に監察官に対してスキル攻撃を行い重傷を負わせた過去があり、その罪で異世界・ウォーロストに収監されていた。

 彼がアトミルカに加入した理由は「とりあえず衣食住の確保ができる」点に魅力を感じたからである。


 アトミルカの思想や組織体制には何の感情も持っていない。


「君に密命を与えます」

「ったく、面倒だな。まあ、今はあんたらに飼われてる身だってことは分かっている。実に面倒くせぇが聞いてやる。オレは何をすりゃいいんだ?」


「君には、元職場である国際探索員協会へとこれからすぐに飛んでもらいます」

「退職金でも貰って来いって言うのか?」


「あまり面白いジョークではありませんね。君の任務は、適当な理事を1名誘拐してくることです。できるだけ地位の高い者が好ましいですね」


 7番は「ほおー」と口元を歪めた。


「3番さんよ。あんたのそういう腐った作戦、オレぁ結構好きだぜ? 国際のじじい共にはオレも色々と不満があったからな。その話、乗るしかない。こっちの準備はできてるが、あんた方はどうなんだ?」

「もちろん、既に完了しています。これらをお持ちなさい」


 3番が並べたのは、偽造の探索員免許と国際探索員協会の座標が入力された【稀有転移黒石ブラックストーン】に、帰りに使用する妨害無効化仕様の【転移白石ホワイトストーン】であった。


「これはこれは。大盤振る舞いだな。どれも手に入れるのに苦労しただろうに。いいのか? オレみたいな新参者に渡してしまって」


 沈黙を続けていた2番が口を開いた。


「お前の主義主張はともかくとして、実力は認めている。探索員協会に見識が深く、躊躇なく手を汚せる性質も、まあ才能だと思う事にしよう。だが、万が一裏切れば、この私が直々に出る。地球上、そしてどの異世界に逃げても『服従玉スレイブ』を埋め込まれているお前の居場所は分かる。つまり」


 そこまで2番が言うと、7番はセリフをさえぎった。


「ハハッ! こんなに酷い脅し文句もないな! 2番さんに逆らって怯えながらの逃亡生活は御免だ。今の生活もそこそこ快適だしな。よし、その装備を寄越しな。3時間。いや、1時間半で片付ける」

「期待していますよ」


 7番は黒いスーツに着替えると、すぐに【稀有転移黒石ブラックストーン】を使い飛び去った。

 控えていた10番が2番を気遣う。


「バニング様……。紅茶をお淹れいたしましょうか?」

「……ふっ。気を遣わせたか、ザール。問題はない。組織の運営が綺麗ごとだけで収まるなどと言う理想を抱いて良いのは、精々10代の少年までだ。真っ当に裏の道を歩けば、成人する頃にもなれば現実を理解する。……が、紅茶は頂くとしよう」


「はっ! すぐに用意いたします!!」

「ああ。……少し目を離したらまた3番が古龍の戦士の資料に熱中し始めている。あいつには、タバスコ入りの紅茶を出してやれ」


 2番の心模様を知ってか知らずか、現場に到着した7番はすぐに行動を開始していた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その日、国際探索員協会本部に理事は1人しかいなかった。

 名前はフェルナンド・ハーパー。

 今年で75歳になる彼は、理事の中でも発言力の強い立場にある。


 彼のモットーは「できるだけ少ない労力で最大限の利益を得る」事であり、その性質を7番はよく知っていた。

 執務室の端末に連絡が届く。


「なんだね。騒々しい」

『緊急のご報告があります!』


 相手は名の知れたSランク探索員であり、そんな彼が慌てるからには何かあるだろうとフェルナンドの嗅覚が仕事をする。

 この時、もっと鼻を利かせておけば良かったと彼はすぐに後悔することになるのだが。


『ウォーロストに収監されていた、元Sランク探索員のギッド・ガードナーをご存じですか!?』

「知っているとも。監察官を背後から襲った卑劣漢だろう?」


『そのガードナーが戻りました! 彼は、全てが極秘の任務での事であり、現在はアトミルカに潜入中だと言っております!』

「そのような話を私は知らんが?」


『極秘のため、詳しくは語れないとの事ですが。サービス理事に命じられたと申しております』

「サービスだと? あの狸が……。考えそうな事ではあるな」


 ラッキー・サービス。

 既に80歳を超えた高齢でありながら理事の中でも極めて大きな権力を維持している男であり、同時に多くの理事の目の上のたん瘤である。


『サービス理事が不在であると伝えたところ、ならば信用の出来るハーパー理事にお目通りしたいそうです。なんでも、アトミルカに緊急の動きがあると! 一刻を争う事態ゆえ、指示を乞いたいそうです!!』


 フェルナンドは考えた。


 サービス理事の手柄を横取りする絶好機に自分が今、直面している事実。

 これは幸運以外の何物でもないと彼は確信する。


「よし。ガードナーを執務室に入れろ。ただし、Sランクの護衛を3人ほど用意しろ」

『了解しました。すぐに向かいます』


 フェルナンドも用心深い男だったが、危機管理能力が少しばかり欠如していた。

 長らく安全な権力者の椅子に座っていると、最初に退化する能力がそれらしい。


 13分後。

 執務室の扉がノックされた。


「入りたまえ」

「よぉ。相変わらずいい部屋だな。だから気に入らなかったんだよ。あんたら理事の年寄りどもが。しかも、自分の身は安全だと高を括る。こんな間抜けに使われていたかと思うと、泣けてくるぜ」


「……何を言っている?」

「まだ分からないのか。愚かなじじいだ。これからあんたは、アトミルカの本拠地に拉致されるんだよ! このオレ、アトミルカナンバー7! ギッド・ガードナーによってな!!」


 この段階になって、ようやくフェルナンドは「しまった」と感じた。

 すぐに彼は叫ぶ。


「反逆者だ!! 誰か! おい! 早く来い!! 何をしている!!」

「ああ、あんたご自慢のSランクさんたちか? 残念だけど、全員眠たいんだとさ。廊下でぐっすり就寝中だ」


「ば、バカな! 国際探索員協会のSランク探索員だぞ!? 貴様も同じSランクのはずだ! どうして3人も!?」


 ギッドは「救えねぇなー。じじい」と唾を吐いた。


「Sランクよりも上のランクを作っとかないから、正しい力の計測を誤るんだよ。おらよっと! ああ、安心しろ。目やら口やら塞いだりしないから。死なれちゃ困るし、何よりこれから行くのはアトミルカの本拠地。何を見られても、何を叫ぼうとも、もう帰ってくる事はないからな!!」


 イドクロア製のロープでフェルナンドを捕縛した7番はすぐに【転移白石ホワイトストーン】を使用した。

 【転移白石ホワイトストーン】はアトミルカ独自の技術であるため、その座標を探るのは困難。


 こうして、白昼堂々と国際探索員協会の要人が誘拐されたのであった。

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