第477話 【雨宮隊その9】監察官・川端一真の「前略、ジェニファーちゃん。おっぱいの調子はいかがですか。私は捕虜になりました。そして多分、クビになります」 異世界・ヴァルガラの牢獄

 異世界・ヴァルガラにて、アトミルカとの戦いに敗れた雨宮隊。

 厳密にいえば戦いに負けたわけではなく、身内に足を引っ張られ、そのまま沼底まで引きずり込まれたのだが、いずれにしても彼らは投降した。


「あなたたちには人質としての価値があります。ゆえに、命は奪いません。まあ人質としての価値がなくなった後は、私の実験に付き合ってもらいましょうか。監察官が3人。特に雨宮順平上級監察官。あなたは素晴らしいモルモットになりそうだ」


 3番の開発した特注の牢獄。

 当然だがスキル使いを幽閉する目的で製作されているため、煌気オーラの無効化対策は完璧。


 だが、煌気オーラを無効化せずとも雨宮隊は全員が青息吐息。

 脱出を試みる極大スキルはおろか、通常のスキルですらもう満足には撃てない状況であった。


「では、牢番は任せましたよ。8番。何かあれば連絡しなさい」

「了解しました! 怪鳥の照り焼きを食べても構いませんか?」


「好きになさい。……よくもまあ、飽きずに同じものをそれだけの量食べられますね」

「美味しいですから! よろしければ3番様もどうですか!!」


「……そのやり取りはもう済ませました。私はまだ各地の侵入者どもの処理がありますので、失礼しますよ」

「はい! では、喉が渇いたら連絡します!!」


 3番は「その連絡は不要です」と言い残して、去って行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 牢獄には4人。

 雨宮隊の3人とあと1人は。


「なんだ。貴様、何か言いたそうな顔をしているな!? たかが一国の監察官ごときが! 身分を弁えろ!!」


 フェルナンド・ハーパー理事である。


 自分が発端になってアトミルカ殲滅作戦の重大局面をぶっ潰したにも関わらずのこの態度。

 さすがは国際探索員協会の理事まで上り詰めただけの事はある。

 肝の座り方だけは一線級と認めても良いだろう。


「……この!! あなたさえいなければ!!」

「ヤメときなさいって、水戸くん。理事さんに嚙みついたって何も変わんないよー。と言うか、70も半ばのおじいさんに責任の所在を認めさせるのもかわいそうじゃないの。うちの久坂さんとか四郎さんが異常なんだよ。普通、このお年になったら耄碌するよー」


「貴様。日本の上級監察官だったな? なるほど、上官が口の利き方を知らんから、部下も無礼な態度をとる。所詮は極東の島国でいい気になっているだけの集団だな」

「ねー? おじいちゃん、何言ってんのか分かんないでしょ? そんな事よりもさ、これまで私たち戦いっぱなしだったんだから。良い機会だと思って体を休めようよ。ほら、水戸くん。おっぱい男爵を見てごらん?」


 雨宮の視線の先には、紙とペンを目の前にして一心不乱に手紙をしたためる川端一真監察官の姿があった。


 通常、人質が自害する可能性を考えてペンなどの凶器になり得るものは捕虜に与えないものだが、川端は8番に「すまないが、書くものをくれないか」と願い出ると「あ。いいですよ」と快諾されていた。


 そもそも、雨宮隊は手錠や足かせのようなもので拘束すらされていない。

 何故か。


「遺言でも書いているのか。まったく、日本人の感性は理解に苦しむ。そのような事をするのならば、脱出の手筈でも整えんか!」


 極論、人質は1人いれば交渉が成立する。

 そして、このフェルナンド・ハーパーと言う男。

 絶対に自分で命を絶つような人間ではない。


 要するに、ハーパー理事がここにいるだけでアトミルカとしては必要な人質が確保できている訳であり、加えて疲弊しきっている監察官たちは煌気オーラを無効化する檻の中にさえ入れておけば何をされても対処できると言う、3番の完璧なロジックの証明でもあった。


「川端さん。本当に遺書をしたためているんですか? ヤメてくださいよ。縁起でもない」

「ん? ああ、すまない。集中していて聞いていなかった」


「そんなに熱心になって……。どなたか、遺志を伝えたい人がいるんですか?」

「遺志? 水戸くん、何を言っている」


 川端は一旦ペンを置いて、若い監察官の間違いを正す。



「私は、『OPPAI』の貸し切りの件。それを詰めている。なにせ、1週間にもわたる長期間だからな。キャストの指名は熟考しなければ」

「心配して損しました。川端さん、昔は自分と一緒になって雨宮さんに振り回されていてくれたのに。気付けばあちら側の住人になってしまいましたね」



「水戸くん。気を確かに持つんだ。我々は捕縛されたが、まだ五楼上級監察官も、久坂さんも、南雲くんも健在だ。それに、逆神家の人たちがいる。私はカルケルで共に戦ったから知っているのだ。あの人たちがいれば、どんな難局だって覆せる」

「すみません。良いお話なんですけど、OPPAIの話のあとなのでイマイチ心に響きません。どうしてその話を先にしてくれなかったんですか」


 水戸はため息をつくと、牢番の8番と目が合った。

 8番はにっこりと笑ってから、水戸に向かって謝罪する。


「申し訳ないなぁ。自分だけが照り焼き食べてて。よし、待っていてください。ちょっと3番様に聞いてみますよ。あなたたちにも照り焼き分けてあげても良いかって!」

「あ、いえ。お気持ちだけで結構です」


 水戸も疲労がドッと溢れてきたように思えた。

 腹の立つ理事と同じ牢に入れられて、自分の上官はやけに正しい決断をするし、極めつけに牢番の8番がなんか普通に良い人に見える。


 雨宮は壁にもたれかかって眠っていた。

 よほど疲れているのだろうと考えた水戸は、「自分も来るときに備えて、体を休めよう」と思い直した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 イライラしている人間が同じ空間に1人いるだけで、なんだか居心地が悪くなるのは何故か。

 ハーパー理事はどこに出しても恥ずかしくない老害であり、数分おきに癇癪を起すエリートであった。


「ああ! くそ! お前たちが役に立たないせいだ!! どうして私がこんな目に遭う!!」


 学習する男、水戸信介。

 彼は耳障りだと思いながらも雨宮に倣って目を閉じて、何も聞こえていない風を装う。


 そうなると、必然的にハーパー理事の八つ当たりの矛先は今もせっせとペンを走らせている川端に向かうのである。


「おい! 貴様! さっきから何を書いている!! 見せろ!!」

「あっ。……何をなさるのですか」


「OPPAIだと!? くだらん! この非常時に何をしているんだ、貴様!! 誰だ、ジェニファーとか言う女は!! どうせ金目当ての欲深い娼婦だろう!」


 川端監察官、無言で立ち上がりハーパー理事の前へ歩み寄る。

 「なんだ!!」と恫喝する理事の顔の高さに合わせるように少し腰を落とすと、目を見開いた。


「私の事はどう言って頂いても構わん。だが、ジェニファーちゃんを悪く言うんじゃない!! あの子は弟たちの面倒を見るために貴重なおっぱいを提供してくれる天使だ!! あああああ!! ダメだ、私の中の魂が!! あなたを許せないと叫んでいる!!」

「何を訳の分からんことを言ってい」



「そぉぉぉぉぉぉいっ!!!」

「えべぁっ!? ひ? ひぃ、ぐぇっ!! 痛い、痛い痛い痛い!! 何をする!! 無礼者!!」



 川端一真監察官。

 またの名をおっぱい男爵。


 その高潔な魂は、母なるおっぱいを穢すこと、何人たりとも許さず。


「無礼なのはあなただ! これはキャシーの分! これはジェシーの分!! そしてこれは!! ジェニファーちゃんの分!! もう1回、ジェニファーちゃんの分っ!!」

「えべっ、がふっ、ま、待て。ヤメろ。ぼはっ、ぺけっ!? や、ヤメて……! じぇ、ジェニファーの分、多すぎばべぇあっ」


 気が済むまでハーパー理事をビンタした川端一真監察官。

 彼は8番に「すまないが、もう1枚ほど紙をもらえないか?」と願い出た。


「構いませんけど、まだ何か書くんですか?」

「ああ。辞表を書かなければならん。だが、後悔はない。協会のお偉いさんを殴れても、おっぱいだけは裏切れん。私は不器用な人間なのだ」


 8番は川端が何を言っているのか分からなかったが、「この人はなんかすごいな」と感じ、紙を10枚ほど差し入れるのであった。

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