第213話 ダンジョン攻略競争、スタート! 常盤ダンジョン第2層

 空間転移が済むと、そこは当然だが見慣れないダンジョンだった。


「うわぁ。なんか湿気があって嫌ですね。不快指数が高いなぁ」

「にゃははー。最初の感想がそれなのかにゃー」

「芽衣ちゃん、どうして小鳩さんのお尻にしがみつくの? わたしも空いてるよ?」

「みみっ!? こ、これはアレです! 大きさとかじゃなくて、新規サービスです!!」

「……なんだかそこはかとなく不安ですわ」


 既に1回戦は始まっている。

 のんきに感想を言っている場合ではない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『さあ! 両パーティーの転送が完了して、今まさに1回戦のスタートです!! まずは両監察官に自軍のアピールポイントを語って頂きましょう! 下柳しもやなぎ則夫のりお監察官!』


『えー。うちのパーティーは何と言ってもリーダーの梅林うめばやし蓮司れんじですねぇ。彼は34歳でAランクになった苦労人なんですけどねぇ。それだけに経験値が豊富ですから。使えるスキルの属性も5つと、これは優秀ですよ、ええ』


 山根の言っていた通り、日引ひびきは淀みなく実況をこなしていく。


『それでは、南雲修一監察官! ……あーっと! ちょっと待ってください! その南雲監察官のパーティー、常盤ときわダンジョンに転送されたチーム莉子に早速動きがあるようです!!』

『えっ!?』


 ちなみに、チーム莉子がいる常盤ダンジョンと、梅林軍団のいる古住こすみダンジョンにはサーベイランスが複数飛んでおり、映像がリアルタイムで放送される。

 南雲は最後まで「今年はサーベイランス貸したくないんです!!」と抵抗していた。


『これは……! ええと、ダンジョンの壁を削っております! 資料によりますと、彼は逆神六駆Dランク探索員! 少々事情が把握できません。南雲監察官、解説をお願いします!!』



『……答えたくありません』

『おっと! 南雲監察官、今年は秘密主義でいくようです!!』



 南雲は思い出していた。

 あれは有栖ありすダンジョンでの事だっただろうか。


 六駆がダンジョンの外壁から内部に侵入して、昔のゲームの裏技みたいな進み方をした記憶が、現在南雲の脳裏を駆け回っている。


 初手でチェックメイトはあんまりじゃないかと、南雲は涙を堪えていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ダメですねー。このダンジョン、どこまでも壁が詰まってますよ。『螺旋手刀ドリドリル』で頑張ってみたけど、普通に攻略するしかなさそうだね」

「そっかぁ。有栖ダンジョンの経験が生きるかと思ったのにねー!」


 その経験が生きていたら、南雲は死んでいた。


「木原さん? 逆神さんって悪魔か何かですの?」

「その答えにたどり着いたスピードは小鳩さんが1番かもです。みみっ」


「おーい! みんなー! モンスターとりあえずやっつけたから、下の階層に進もうー!!」



 クララパイセン、ダンジョンに入り仕事がデキる女にジョブチェンジ。



 だが、例によって誰もその姿を見ていない。

 サーベイランスにすら映らない彼女の仕事を一部で『不可視の御業インビジブルジョブ』と呼んで、崇拝されるようになるのはずっと先のお話。


 第2層に降りた六駆たちを、エバラウシドリの群れが出迎えた。

 どうやら、常盤ダンジョンはスタンダードな仕様のようであり、いきなり強敵登場などと言う劇的な展開は待っていなかったようである。


「この程度、わたくしの槍で一掃して差し上げますわ!」

「ちょっと待ってください!! 小鳩さん! ちゃんとみんなの意見を聞いて!!」


「はひぃ!? す、すみませんですわ……! そ、そんな大声で叱られるなんて……!!」

「クララ先輩」

「おりょ? あたしをご指名かにゃ? どうしたのー?」



「いえ、クララ先輩ご飯食べそこなっているんで、お腹空いてないかなって!」

「おおーっ! 六駆くん、なんて冴えたアイデアだぞなー!! それいただきにゃー!!」



 六駆は無言で『光剣ブレイバー』を具現化。

 具現化スキルは高ランクの探索員が使用するので、セーフ。


 莉子はアイテム箱から鍋と串を用意する。

 芽衣は黙って近くにある燃えそうな木くずを集める。


「えっ、あの、みなさま? 何が始まるんですの?」

「小鳩さんは芽衣と一緒に焚火の準備です。湿気があるので、良い感じの木を探すのが大変です。手伝って下さいです。みみっ」


「よっしー! いくにゃー! 『パラライズアロー』!!」

「捌くのはお任せを! ふんふんふんふんっ! からの、『鬼火おにび』!!」


 チーム莉子、手慣れたチームワークでエバラウシドリを焼き始める。

 腹が減っては戦は出来ぬ。


 まずはクララの食事を済まさねばならない。

 チーム莉子の総意だった。


 なお、小鳩は六駆の剣捌きを見て普通に引いている。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 実況席のあるアリーナステージでは集まったギャラリーが大盛り上がり。

 そこに花を添えるのが日引ひびき春香はるかAランク探索員。


『さあ、両陣営とも順調に第2層へ進みましたが! 梅林軍団がモンスターを相手にしている間に、なんと!! チーム莉子は倒したモンスターを食べ始めましたぁ! しかも相当に手慣れております! 南雲監察官、これはどういう意図があるのでしょうか?』



『……私には分かりません』

『南雲監察官、徹底した情報の隠匿! 今年のダークホースは決まりかぁ!?』



 これにはオーディエンスの注目を奪われた下柳監察官も面白くなさそうであり、彼は解説席から自軍の援護射撃を試みる。


『いや、しかしモンスターを普通食べますかね? いや、もちろん食べられるモンスターはいますよ? ですけどねぇ。対抗戦でする事ですかねぇ? 品位がないなぁ』

『下柳監察官、ここぞとばかりにネチネチと嫌味を言ってきます! さすが監察官の男版泉ピン子と呼ばれるだけのことはあります! 審査員の皆さんはどうでしょう!?』


 1回戦は5人の審査員が百点満点の採点形式で評価して、総得点の高い方が勝者となる。

 また、審査員は他の競技に出場予定の監察官室パーティーから無作為に選ばれる。


『では、自分が。雷門らいもん監察官室の加賀美政宗です。まず栄養補給を試みるのは良策ではないでしょうか。この先、どこで休憩ができるかも分かりません。もしかすると、これからずっと連戦かもしれませんし。自分は評価できると思います』


 こちら、久しぶりに登場する加賀美政宗Aランク探索員。

 Aランクの中でも実力者の彼が対抗戦に出てこない方が不思議である。


 彼は六駆たちとルベルバック戦争で背中を預けた仲だが、公明正大で忖度をしない性格なのは諸君もご存じの通り。


『なるほど! 加賀美Aランク探索員のご意見も分かります! が、しかし! 食事休憩があだとなったか! 古住ダンジョンの梅林軍団は早くも第3層へ! 一方、チーム莉子は火の始末を念入りに行っております!! 素晴らしい心がけですが、差が広がるぞ!!』



◆◇◆◇◆◇◆◇



「いやー。食べましたねぇ」

「むふー。食べたにゃー」


「逆神さん? あなた、朝食を食べ過ぎてお腹がいっぱいだと、つい先刻おっしゃっていらっしゃいましたわよね?」

「小鳩さん。教えてあげますよ。食べられるときには無理してでも食べておくのが、戦場で長生きするコツです」


「そ、そうですわね……。なんだか逆神さんがとても高校生だと思えなくなってきましたわ。ベテランの香りが漂っている気がするのですが……」



 塚地小鳩、ハイペースで六駆の秘密に手をかける。



 さすがは久坂の秘蔵っ子である。

 だが、今はまだその時ではない。


「さあ、遅れた分を取り戻しましょう! 『螺旋手刀ドリドリル二重ダブル』!! ふぅぅぅんっ!! あ、良い感じに次の階層に行けますよ! さあ、みんな!!」


 協会本部のアリーナでは、南雲が静かにコーヒーを手にしていた。

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