第1296話 【帰還・その1】バルリテロリに帰ろう ~ナンシー、涙を拭いて~

 逆神人殺助が死んだ。

 もとい、討伐された。


 きっと元は善良な青年で、虫も殺したことがないほどの無垢な心を悪霊たちに利用されたに違いない、そうに決まっている。



 壱から捌までの中に主人格がいたとすれば、もうこの話はよそう。



 なにはともあれ、ついに綺麗になった逆神家のしがらみ。

 これで帰る事が出来る。


「ろ、六駆くん……あのね。わたしね……。もう成人だから!! あのね!! いつでも大丈夫だから!! あのね!!」

「えっ!? ………………………………えっ!?」


 六駆くんが無言でリコられた。

 社会通念上の常識とかいうものを身に付けてしまった六駆くん。


 たった今、やっとこさ最終決戦が終わったのに何言ってんだろこの子、みたいな顔をしてしまった事を反省する。

 今のは「よぉし! いっちょ子供でも作ってみようかな!!」と元気よく返事するべきだったと反省した。


 ただ、親父の顔がチラついたのもまた事実。


 「勢いでキメられて生まれたのが僕なんだよね……」とちょっとだけしんみりした、最強の男。


 ちなみに莉子ちゃんも「……あぅ。ちょっと今のは良くなかったかもだよ」と反省しており、ただそれを声に出して口にも出すと「なんか急にせっせと、いやさ、おせっせと致す事ばっかり考えてどうもすみません」となり、ちょっと頭が弱い子みたいになると考えた末の夫婦プロレス。


 今は何を言ってもナニを連想させてしまうので、逆神カップルはそっとしておくのが良い。

 そんな時、頼りになるのが我らが南雲修一上級監察官殿。


 いよいよ始まる。

 戦後処理。


 南雲さんの戦いだけはこれからだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「さあ。ナンシーさん。全てが終わった。このブラジャーで涙を拭くと良い」

「ああ、もう嫌よ!! 男爵、あなたっていつもそう!! ヒステリックに喚く私も、現実に打ちのめされそうな私も、優しくブラジャーのように包み込んでくれる!! そんなのって反則よ!! フットボールだったら乱闘が起きてるわ!! ……けれど、ありがとう。その、男爵? あなたって、結婚しているの?」


 なんか始まりそうな川端卿。

 穏やかに微笑んだ川端さんは言った。



「すまない。ナンシーさん。私は心に決めたおっぱいが2房あるのだ。ただ、別のおっぱいが困っているのに捨て置く事もできない。ゆえに、貴女の家が直るまで、そのおっぱいを私が預かろう。南雲さん。それでよろしいですな?」

「……最低よ!! あなた、最低だわ!!」


 冷静になって川端さんのセリフを振り返ってみると、割と最低だった。



 全おっぱいに平等な愛を捧ぐが、受け取るおっぱいの愛は2房だけ。

 それが1房になろうとも、0房になろうとも、おっぱいという概念だけになろうとも、先にこっちが千の風になろうとも、違えることは叶わぬ。


 ちなみにその相思相おっぱいであるナディア・ルクレールさんはピュグリバーの地酒飲み過ぎて気持ち悪くなっておられますので、今この瞬間に川端さんの事は1ミリも考えていない事、ここに付言しておきます。

 気持ち悪い時に恋だ愛だ乳だとねむてぇ事言ってられっかよ。


「いや、困りますよ。川端さん。あなたは亡命する予定なんですから。ええと、ナンシーさん、でよろしいですか? はじめまして。私の英語は拙いですが、聞き取って頂けると助かります。日本本部の上級監察官。南雲修一と申します」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! さっきハリウッドの特殊メイクみたいな顔になって、チャオとか叫んでいた人だわぁぁぁぁぁぁ!! 騙されるもんですか!! 男爵!! 私を抱きしめて! 今だけでいいの!!」


 川端さんがいつの間にかおっぱい通訳者に。

 おっぱいのように柔らかくナンシーと探索員協会とかいう謎の組織との間の緩衝材になる、我らが孤高の男爵。


「落ち着くんだ、ナンシーさん。私を見るんだ。私は貴女のおっぱいを見る。そうだ。ゆっくりと呼吸をして。おっぱいを上下させて。いい子だ、ナンシーさん」

「……川端さん。じゃあ、ええと。私の権限で全部見なかった事にするので。あの。名前だけなんか変えてもらって。あとは3カ月くらいこっちに駐在してもらえますか? その辺もなんか良い感じに誤魔化しますので。で、その後は日本本部に帰って来てもらうと困るので、その足でフランスに亡命してください」


 少し離れたところでバニングさんが呟く。

 隣にはサービスさん。


「薄々は気付いていた。口には出さなかったが。なにせ我らも南雲殿に救って頂いた身。とはいえ、戦後処理で便宜供与頂いたのも我らアトミルカが最初であれば、言うべきも私だろう。……毎度の事だが、あの方も無茶をなされる。六駆とは違う方向で」

「ふん。……チュッチュチュッチュチュッチュ。……チュッ」


 「お前は無茶してもらっている進行形なのだから少し遠慮してチュッチュしろ。重要容疑者が。まだ裁判前だろうが」と白髪長髪練乳野郎を嗜めるバニングさんは、多分これから「アレがナニした時には南雲さんを救う会」の筆頭顧問になりそうな気がする。


「どういう事なの!? 男爵!! この人を信じても良いの!? 私、私ね、怖いのよ! もう裏切られるのは嫌なの!! 男爵ぅ!!」

「ああ。こちらの南雲さんは義とおっぱいに生きる人だ。信じて良い。義というのは英訳が難しいから、おっぱいに生きる人だ。信じて構わない。そうですな? 南雲さん」



「流暢な英語で私をおっぱい族にしないでください。信頼を得るために私が失うものが大きすぎやしませんか? こういう時、逆神くんがなんの役にも立たないのってズルいよね……」


 六駆くんは莉子ちゃんとイチャイチャしております。



 「まあ、とにかく川端さん。ナンシーさんの家が再建するまでお願いします」と頭を下げた南雲さん。

 以降、ナンシーの家の周辺で犯罪が起きるとどこからともなく駆けつけてくれる正義のヒーロー『マスクド・おっぱい』が頻繁に目撃されるようになるのだが、それはまた別のお話。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 コーヒーが飲みたくなって来た南雲さんの隣にサーベイランスが降下して来た。


「あ! 山根くん!! 君ぃ!! なに逃げてるんだよ!! ちゃんとサポートしろよぉぉ!! 私、結局単騎で異常な軍勢を纏めることになったんだぞ!!」

『さーせん。ところで南雲さん』


「なによ」

『アメリカ探索員協会のクレメンス上級監察官から入電です。繋ぐっすねー』


「え゛。ちょ、まっ! まぁぁぁ!! やぁぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁぁぁねぇぇぇぇぇぇぇ!! やーめーろーよー!! まだ何も考えてないのにさぁぁぁ!! 今、アメリカの偏屈なおじさんと顔つき合わせて、なに喋れって言うの!?」

『えっ。あっ。……申し訳ない。貴官の勇戦にまずは感謝を。あの。アメリカの偏屈なおじさんです。ジャック・クレメンス上級監察官と申します。着任のご挨拶もせずに、その』



「えっ!?」

「えっ!?」


 まあそうなる。



 山根オペレーターがお互いに何の準備もできていないという最悪で最高のご対面をお膳立てしてくれた。

 胸襟を開くとはかくあるべしか。

 あるいはノーガードのインファイトか。


 お互いにはじめましての新任同士で、お互いに引継ぎで「関係最悪やぞ」と言われていた組織のトップがどっちも相手の状況を知らないままに通信開始。


「あの、ええと。……私、英語は得意ではなくて」

『は、ははははっ。何を仰るか。とてもお上手であらせられる。ははははっ』


「あ。え。そ、そうですか?」

『え、ええ。翻訳を介さずに、その。あの。アレできて、ああ。意思疎通。はい。できますので。は、ははははははっ』


「え。あ。う、嬉しいなぁ。ああ、違う。失礼しました。光栄です。はい」

『えっ。あっ。そんな。あの。こちらこそ、恐縮で。はい』


 消極的過ぎるノーガード戦法が功を奏す。

 お互いに「あれ? なんか思ってたよりすっげぇ気まずい!!」と確信しており、こんなもん突っ込んだ話を仕掛けた方が負ける。


 現状は「お互い大変でしたね」「ええ。まったく。あの。今度、うちの妻のピザ食べます?」と「また今度改めて飲みましょうね!!」的な社交辞令を公式の通信でキメざるを得ず、そしてそれをやった瞬間に「国交正常化」というオプションが光り輝く。


 今回のバルリテロリ戦争は全容がどの国にもまだ伝わっておらず、日本本部ですら混乱している上に半壊しているのでデータとしては残せていない。

 ゆえに、「おめぇ! あの時は騙したなぁぁぁ!!」という後顧の憂いが極めて薄いと言える。


 しかも。


「……チュッチュチュッチュチュッチュチュッチュチュッチュチュッチュ」


 これサービスが元国協の一番偉かった理事なので、国際探索員協会が未だに形骸化している手前、今なら日本本部が「もう大変でぇ。みんなのために頑張ってぇ。すっごい大変でしたぁ」と感想文でもしたためたらば、あら不思議。

 限りなくグレーなハッピーエンドに向かえるのである。


 気付けるか、南雲さん。



「あの! 今度、私の方でアレしますので! 貴国には被害状況を纏めておいて頂けると! 比較的スムーズにナニして、可及的速やかにアレできるかなと私は思います!!」

『あ! な、なるほど! それはとても良いアイデアですな! 我が国としましても、得難き友好国が提示してくださった得難きアレを重視しながら、柔軟性のあるナニをして参りたいと! ええ!!』


 断言しない外交がキマった。



 過去1番の孤独な戦いを切り抜けた南雲さん。

 さあ、ひとまずバルリテロリにみんなで帰ろう。

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