第442話 【雨宮隊その2】襲いかかる不慮の事態! おっぱい男爵の献身! エドレイルダンジョン第5層

 エドレイルダンジョンでは。

 川端一真監察官が前衛、水戸信介監察官が後衛を務め、雨宮順平上級監察官を完全に挟む陣形で慎重にダンジョン攻略を進めていた。


 「この隊列ならば、雨宮さんがどこかに行く心配もありませんよ!」と水戸が発案したのが第4層に入った時分であり、「やはり若いと発想が柔軟だな。おっぱいのように」と感動した川端がすぐにそれを採用していた。


 彼らは時おり出て来る『機械魔獣マシーンキメラ』を川端の水スキルで破壊しながら、「早く、少しでも早く異界の門へ!!」と急かされる生への本能をどうにか責任感で押さえつけ、他の部隊と足並みを揃えて第5層に到達していた。


「あっ! しまった!!」


 雨宮が何かを喋るたびにビクンビクンと反応する2人の監察官。

 彼らがこんなに敏感になっているのは、その「しまった」がガチのヤツなのか否か、すぐには判断が付かないからである。


「どうしたんですか!? 雨宮さん!!」

「いやー。水戸くん、聞いてくれる? 渡る世間は鬼ばかりの録画するの忘れてたよ。私さ、CS放送で毎週楽しみに見てたのにー!! うわー、ショックだなー」


「そんなもの、どうだっていいでしょう!!」

「何言ってるんだよ、水戸くん! 渡る世間は鬼ばかりって物語はだね! 1話見逃すと、知らないうちに登場人物の誰かに陰湿な展開が始まってたりするんだよ! その変化がものすごく繊細だから、間を飛ばすと困るんだよ!!」


 先頭を行く川端が『機械魔獣マシーンキメラ』を吹き飛ばした後に、短く言った。



「雨宮さん。この作戦が終わったら、コンプリートボックスを私が買って差し上げます」

「えー!? うそー!! ホントにー!? 分かったぞ、川端さん! そういうとこがあなたをおっぱい男爵へと昇華させたんですね! んもう、この気配り上手!! おじさんのハートもぶち抜かれちゃったゾ!!」



 川端は水戸と目が合った。

 「何も言わなくて良い」と瞳で語るおっぱい男爵に対して、水戸は無言で敬礼をする。


 何はともあれ、環境は最悪である。

 このダンジョンは毒の瘴気が厄介過ぎる。


 だが、そこは全員を監察官で固めた盤石の部隊。

 襲い掛かって来る『機械魔獣マシーンキメラ』は強力だが、それをほとんど1人で倒している川端の奮戦もあり、どうにかすんなりと最深部まで到達できそうである。


 そんな風に考えていた時期が、水戸と川端にもありました。


「あっ! しまった!!」

「なんですか。雨宮さん。今度は何の録画を忘れたんですか? 科捜研の女ですか?」



「ごめーん! 『青い新鮮な空気の青クンカクンカブルー』を更新し忘れちゃってた! 発現まで3秒かかるから、2人とも息止めといてくれる?」

「うわぁぁぁぁ!! ガチでしまったのヤツが来てるぅぅぅ!! 息止めといてって、すかしっぺするんじゃないんですよ!? 瘴気に触れたら溶けるんですよ!! 10秒で溶けてなくなるんですから! 3秒でもそこそこ溶けますよ!!」



 緊急事態発生。

 だが、先頭の川端は静かであった。


「川端さん! 何か言ってください!! まずいですよ!!」

「……水戸くん。こちらも少々まずい事になったぞ。……なんか、大きい機械のモンスターが出て来た。しかも複数体」


 重なる緊急事態。


 エドレイルダンジョンは最深部が近づくにつれ、配置されている『機械魔獣マシーンキメラ』の強さも上がっていくスタイルであった。

 川端の前には『機械魔獣マシーンキメラ中型ガンマ』が5体ほど待ち構えており、「ガギギギ」と耳障りな声で吠える。


「水戸くん。覚悟を決めるんだ。私たちでモンスターを排除せねばならない」

「……お供します。川端さん。あの世では、自分に活きの良いおっぱいをご馳走させてください」


 隊列を解除して、水戸と川端の監察官コンビが戦闘態勢に。

 なお、『青い新鮮な空気の青クンカクンカブルー』の残り時間は2分と少々であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 川端一真の水スキルが炸裂する。


「つぇりゃあ! 『激烈水王弾ウォルタラハードショット』!!! くっ。3体までか。水戸くん、後詰を頼む」

「了解しました! 膜が接地している足元ならば!! 伸びろ! 『ムチムチウィップ』!! うぉぉおりゃ! 『土中から伸びる土筆グロウウィングブロック』!!」


 水戸信介の主戦法は、イドクロア装備『ムチムチウィップ』に様々な属性の煌気オーラを纏わせる事で相手によって臨機応変な対応を見せるものである。

 師匠が雨宮順平であるため武器やスキルの名前にその名残があり、それを恥ずかしいと日頃から思っている彼は戦闘でも滅多にスキルを使用しない。


「さすがだ。水戸くん。前に見た時よりもさらにスキルが洗練されている」

「恐縮です! 残りは任せてください!! 曲がれ! 『ムチムチウィップ』!! 『後ろから迫る不審者の影ルックバック・ゴースト』!!!」


 監察官という地位は、単純な戦闘力に換算する事が難しい。


 例えば、本部後方防御指揮官を務めている楠木秀秋監察官は完全な文官であり、単身での戦いとなればSランク探索員に劣る事もあるだろう。

 だが、その分を培ってきた経験と知略、それを土台にした適切な判断で補う。


 総合力で見た際に秀でている者が監察官となるのである。


 だが、川端一真監察官は元より、水戸信介監察官は戦闘力にかなり寄っている監察官である。

 水戸は最年少の監察官でもあり、数年前まではSランク探索員としてモンスター討伐で多くの功績を上げていた。


 つまり、彼らは単純に強い。

 対応すべきものが荒事になればなるほど、この部隊は真価を発揮する。



「あっ。ごめーん! ちょっと一旦、煌気オーラ膜解除しまーす!!」


 それはそれとして、終わりの時が訪れた。



 永遠に匹敵する3秒間。

 川端は足の先から体が崩れていく感触を覚え、すぐに大量の煌気オーラを隣にいた水戸に与えた。


「か、川端さん!?」

「……水戸くん。3秒ならば、私の煌気オーラも合わせれば、どうにかなるだろう」


「うわぁぁぁぁ!! 川端さん!! なんか右足が気持ち悪くなってます!!」

「……気にしなくて良い。そして、もし私が生きていたら。次は私の事を、おっぱい伯爵と呼んで……くれ……」


「か、川端さん!! 川端さぁぁぁん!! おっぱい伯爵ぅぅぅぅぅ!!!」



「はい! 再構築っと! 川端さん、ちょっと溶けちゃいましたねー! 同時発現!! 『新緑の眩しい緑モリモリグリーン』!! ちょっと出力強め!!」


 感動的な別れをした2人が再開するのは、3秒よりももっと早かった。



 雨宮順平の再生スキルは注がれる煌気オーラの量に応じて、その再生速度も変わる。

 『新緑の眩しい緑モリモリグリーン』も通常の発動ならば完全な再生までに1時間はかかるものの、出力を強めることで再生しながらの行軍も可能なレベルに進化する。


「良かった! 川端さん……いえ! おっぱい伯爵!!」

「すまんが、水戸くん。ちょっとテンション上げ過ぎた。伯爵は私にはまだ早い。あと、煌気オーラ返してくれるか?」


 ここまで獅子奮迅の活躍を見せて来たおっぱい男爵。

 ならば、おっぱい日本総大将も動く時が来る。


「よーし! 川端さん、しばらく休んでていいですよー! ここからはね、おじさんがちょっと張り切っちゃうぞ!! ふふふっ、水戸くん。再生スキルを攻撃に転用した時、どうなると思う?」

「えっ!? そんな事ができるんですか!? 知りませんでした……!!」



「うん! 私もやった事ないから、よく知らないんだけどねー!! てへぺろ!!」

「くそぉぉぉ!! 思いっきり引っ叩きたいのに、それをやったら自分の身が危ない!! こんな事ってないですよ!! 川端さぁん!!」



 適当な事を言いながらも、ついに先頭に立った雨宮順平上級監察官。

 言うまでもないと思うが、彼は結構強い。

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