第766話 【順番に監察官室を覗いてみよう・その8】久坂監察官室はストレスフル 「お主は帰れ言うちょるじゃろが!」「んなこと言われてもよぉ!」 ~どら猫が召喚されます~

 日本本部のみならず、探索員協会ならばどの国でも説明不要の久坂監察官室。

 主の久坂剣友は伝説的な探索員として、多くの書籍を出版し新興の探索員協会のお手本になっている。


 武勇に優れ、知略にも長け、老獪さを得てなお探索員のトップに君臨し続けている、この仕事の生き字引。

 既に弟子を新たに取る気はないらしいが、今は愛弟子の婚活に必死。


 塚地小鳩お姉さんがなんだかカウントダウンに入った様子なので、既に久坂老人は自宅敷地内にオール電化住宅を建てるべく見積もりを終えている。

 息子になった久坂五十五くんにも「誰ぞええ相手はおらんかいのぉ」と、息子自慢をしながら「死ぬまでに孫が見たいんじゃ。こがいな衝動に突き動かされるの、初めてじゃぞ」と、活力を取り戻していた。


 のが、つい3週間前までの久坂さん。


「おうおうおう! そろそろ帰ろうぜ、剣友! 俺ぁ太刀を極めつつある!!」

「……スイッチ買ってやったじゃろが。誰ぞとマッチングしちょけ」


「バカ野郎!! おめぇの隣で戦う機会がまた巡って来たんだぜ! 剣友と戦うのも楽しかったがよぉ! やっぱ背中合わせて共闘すんのも乙なもんじゃねぇか!! 帰ってモンハンしようぜ!!」

「五十五? 今は何時じゃろうか?」



「午前11時22分、51秒だ! 父上!!」

「……嘘じゃ。昼にもなっちょらんのか? もう10時間くらい働いたじゃろ?」


 大学生の単純作業アルバイト感覚に陥っている久坂老人である。



 辻堂甲陽の後見人を押し付けられたばっかりに、息子と水入らずの老後が若くなったハゲに侵されている現状。

 「辻堂甲陽の処遇は常に久坂監察官が監視する事により承認される」と、雨宮さんと京華さんが世界に発布しちまったため、もう後には戻れない。


 これまで割と若い者に「まあええじゃろ!」と責任を押し付けて来ていた久坂さん。


 「因果応報をワシは今、間違いなく体験しよるわ。加賀美のがやりよるみたいにのぉ。真っ当に、真面目に、親切に生きてくりゃ良かったわい……」と、なんか人生を振り返ってしょんぼりしている。


「おう! 五十五! 飯にしようぜ!!」

「辻堂甲陽! まだあと30分ほど昼休みまでには時間がある!!」


「かぁー! こまけぇな、おめぇさんも!! 剣友もうるせーヤツだっけどよぉ! 息子までそんな似なくてもいいじゃねぇか! なぁ!」

「そうじゃろ! 五十五はのぉ! ワシの息子になってくれる前からワシと似ちょるとこが結構あってのぉ! これが運命かとワシも柄になくロマンチックな……。ワシ、なんでお主と仲良うおしゃべりせんといけんのじゃ」


「若ぇ頃からの仲良しコンビだったじゃねぇか!!」

「黙らんかい、このハゲぇ! ちぃと前にワシら殺そうとしたこと、忘れると思うちょるんか!? 年寄りの記憶力バカにすんのもええ加減にせぇよ!!」



「かぁぁー! じじいはしつこくていけねぇなぁ! だろ、五十五よぉ!!」

「確かにそうかもしれん!!」

「……ご、五十五?」


 久坂さんがストレスで退役しそうです。



 そんな陰惨とした監察官室に、救世主が降臨する。


「にゃはー! 久坂さん、お邪魔しますにゃー!! 南雲さんからお遣い頼まれたぞなー! なんか、色々な書類と装備のサンプルなんだってにゃー!!」


 クララパイセン、推参。

 潤滑油ヌルヌル乙女の筆頭格であり、そのコミュ力はきっかけさえ得れば天衣無縫。


 最近はコミュ力お化けなみんなの後輩ノア隊員がいるので、大学では霊圧が消えるし、放っておくと部屋から3日は出てこないパイセンはやや押され気味。

 だが、そもそもクララパイセンは争うつもりはなく、本能のままに生きているので今日も気にせずどら猫ウォーク中。


 冬休みという名のボーナスステージが、この乙女を強くする。


「じゃ、お邪魔しましたぞなー!!」

「まま、待て待て! クララ! ちぃとゆっくりして行けぇ! のぉ!?」


「そうしたいけどにゃー。あたし、お腹空いたぞなー! カフェテリアが呼んでるのにゃー!!」


 久坂さんはスマホを取り出し、70代とは思えない指捌きでいくつかの店舗を端末のモニターに転送し表示させた。



「寿司、肉、ウナギ、好きなもん食うてええぞ。酒なら日本酒がある。修一の事は忘れて構わんで。ワシが後でごめんなさい言うちょくけぇのぉ!!」

「にゃはー!! あたし、ここの子になるにゃー!!」


 久坂ランキングで家族を除くと、最近常に1位にいるのがクララパイセン。

 あっくんはもう義理の息子扱いなので、殿堂入りしました。



 これまで監察官室の成り立ちや業務について少しくらいは触れてきたこのシリーズ。

 ついに「本当に様子を覗くだけ」の回が来てしまった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「かっかっか! 猫ぉ! いつ見ても良い食いっぷりだなぁ!!」

「恐縮だぞなー!! うまうまだにゃー!!」


「若ぇ女は飯食わねぇのに、おめぇはガツガツしてんなぁ! 太んねぇのか?」

「辻堂さん、そーゆうの女子に言ったらダメだにゃー。ちなみにあたしは何故か太らんにゃー」


「おー。あれだ、あれ。乳に栄養いくってヤツか!! でけぇもんなぁ、猫ぉ!」

「セクハラだにゃー! 罰として、辻堂さんの大トロもらうぞなー!!」


「あ゛! おめぇ、こんにゃろ!! 手錠されてるとは言え、俺の飯ぃ搔っ攫うたぁ……! 猫ぉ! おめぇ、剣術始めろ! 俺が一端の剣士に育ててやる!!」

「この人見た目が若いから忘れそうになるけど、完全に話したこと忘れるおじいちゃんだにゃー。あたしは弓がいいぞなー。にゃー! ヒラメゲットだにゃー!!」


「恐ろしい反射神経じゃねぇか。さすが猫だな。おめぇ。人のそれを凌駕してんぞ」

「もうキャラ設定について説明するのは面倒になったから、猫でいいにゃー!!」


 ちょっと前まで敵組織の最高幹部だった男から好きな寿司ネタを普通に強奪する椎名クララどら猫探索員。

 それを眺める久坂さん。



「クララ……。お主、初めて会うた時にゃ、莉子ちゃんに紛れて気にならんかったが。相当なやり手じゃのぉ。ワシの弟子になるのはどがいじゃろ? 甲陽が死刑になるまでの間でええで! 好きなもん朝昼晩と食うて、好きなだけ昼寝して、酒飲んで構わんけぇ!! 日に1万小遣いもやろう!!」


 久坂さんご乱心の様子。

 それは何を教える弟子なのですか。



 「小鳩に帰ってこい言うのは気が引けるけぇ我慢しよったが……。クララ引き抜くのはありかのぉ?」と真剣に考えている久坂さん。

 辻堂の再来により、あっくんやクララパイセンなどの有能な若者を集めたくなる。


「父上!」

「いや、すまんかった! ワシは五十五! お主がおればええんじゃ!! 一時の気の迷いなんじゃ! 勘弁してくれぇ!! 愚かな父親を見捨てんでくれぇ!!」


「落ち着いて欲しい、父上! モンスター討伐の案件が回って来たのだが、恐らく木原監察官へ向けられたものが手違いで届いたと思われる! どうしたものだろうか!!」

「よし! 受けよう!! ワシ、戦いたくてうずうずしちょったんじゃ!!」


 辻堂甲陽という名の貧乏神に憑かれたせいで、かつてないほど労働意欲に満ちている久坂監察官室。

 現実逃避ができれば何でもいいのである。


「おっ! いいねぇ! やっぱり男は戦場でこそ輝くってな! 剣友! 行くかぁ!!」

「五十五? どうにかして、このハゲだけここに置いて行かれんじゃろか?」

「父上! それでは上級監察官や他の者に迷惑がかかる!!」


 久坂さんは「血圧が沸騰するで、こりゃあ……」とその辺にあった槍を適当に持つと、「もう面倒じゃから、この部屋からダイレクトに目標座標へ転移させぇ」と投げやりな指示を出す。


「承知した!! 目標、モルザイヤダンジョン!! 煌気オーラ力場展開!! 【稀有転移黒石ブラックストーン】を人数分使用!!」


 転移座標設定を無視しないでください。

 これは五十五くんが有能なだけです。


 空間が歪み、南米にあるダンジョンの第7層へ転移した4人。

 目の前にはタコ型のモンスターが触手を伸ばしてお待ちかね。


「気色悪いのぉ。……そうじゃ、晩飯はイカの刺身にするのがええ。五十五、贔屓の店に連絡しちょってくれるか。一緒に酔い潰れよう」

「父上! 今日は休肝日なので、飲酒は許可できない!!」


 久坂さんは無言でタコをなます斬りにした。

 ビチビチと跳ねる触手の残骸に、やはり無言でスキルを発現。


 滅却する。


「にゃはー! さすがだにゃー!! もう何してんのかあたしには分からんぞなー!!」

「おめぇもよくこの状況で平然と飯食ってんな、猫よぉ。その度胸、ますます気に入った! 度胸っ言うくれぇだ、乳のデカさと関係あんのかね? よし、弟子になれ!!」


「嫌だにゃー!! 接近戦とか冗談じゃないぞなー!! あたしは距離取って安全な攻撃しかしないのにゃー!」

「かぁー! ワガママな猫か、おめぇ! よし! なら全部飛ばす斬撃でまとめるか!! これならどうよ?」


「剣って重いから無理だにゃー」

「どこまでも芯の通った猫だなぁ、おめぇ! 猫にしとくにゃもったいねぇ!!」


 どら猫とハゲが寿司食いながら喋ってるのを見て、「帰ろうかいの」と静かに再転位した久坂監察官室。

 ちゃんと仕事したのに、なんだか満たされない久坂さん。


「……70過ぎて仕事辞められんし、なんか面倒事増やされるし。高齢化社会ってクソじゃ。国政に打って出るかのぉ」


 仕事しながら現実逃避に余念のない伝説の探索員。

 お気を確かに。


 しばらくどら猫をお貸しします。

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