第392話 監察官・川端一真、ついにいつものポジションに落ち付く

 姫島幽星は驚いていた。

 年端もゆかぬ娘たちが、いかに数の優位があるとは言え自分と渡り合っている事実に困惑し、少し遅れて喜びがこみ上げて来る。


「某がウォーロストに落ちて10と余年……! よもや女子供がこれほどの力を付けておるとは! これは斬りがいがありそうだ! 『くろ乱斬らんぎり』!!」


 凄まじい量の真空の刃で3人同時に攻撃を仕掛ける姫島。


「みみっ! 小鳩さん、ここは芽衣にお任せです!! 『分体身アバタミオル多重防御デュアルガード』!!」

「助かりますわ、芽衣さん! はぁぁっ! 『銀華一突ぎんかいっとつ』!!」


 芽衣と小鳩のコンビネーションは抜群の相性を誇る。

 片方が守ればもう片方は攻める。

 その逆も然り。


 そこに参戦するのは。


「やぁぁぁっ! 『風神十手エアロセイバー』! 一刀流! 『絡取吸収剣カラメルサクション』!!」


 煌気オーラを吸収する逆神流剣術を駆使するリーダーの莉子はさらに別格。

 近距離から遠距離まで全てをこなす万能乙女は、弱点と言える弱点がない。


 強いて言うならば、胸部装甲が薄いところだろうか。


「愉快、愉快よの! そちらの娘は剣を使うか! 某の前で刀を抜いた事を後悔させようぞ!!」

「臨むところです! 逆神流は悪い人には負けないんだからぁ!!」


 Aランク探索員2人とBランク探索員1人。

 こう表記すると大したことはなさそうだが、その実、彼女たちはそれぞれ一線級の戦う乙女。


 むしろ、その3人を同時に相手にして笑みを浮かべる姫島幽星の実力を評価すべきか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは久坂剣友と55番の師弟コンビ。

 相手はピータン・スリッピー。


「ふひっ! ふひひっ! 『リフレインドリンク』!! げひっ! 『トゲ飛ばすヤツローゼンランツェ』!!」


「おおっ!? こやつ、スキルをコピーしよったで!? 55の! 相殺じゃ!!」

「了解した! 久坂剣友! 『ローゼンランツェ』!! ぐっ!!」


 ピータンは薬物を摂取する事で、自在に体質を変化させられるセルフ改造人間。

 それも、自分で自分に長期間薬物投与を続けた末のこの姿。


 実験にはミスがつきもの。

 彼は何度かの失敗を経て、言語中枢と痛覚の7割を失った。


 だが、実験欲とでも呼べば良いだろうか。

 その飽くなき探求心は、ピータンの精神を蝕んだままウォーロストでの時を過ごしていた。


「こりゃあいけん!! 『梅花ばいか』!! 『一輪挿いちりんざし』!!」

「おぐぁうぅぅっ!! い、痛い! ぐひ、痛い、痛い!!」


「すまない、久坂剣友! 助かった!」

「なぁに、気にせんでええ! それよりも厄介じゃのぉ。こやつ、スキルを増幅してコピーしよるで! うかつに攻撃できんわい!」


 ピータンの戦闘スタイルはコピーによる模倣ではない。

 たまたま、今回がコピーを可能にする薬剤に当たっただけで、その戦い方は繰り返す度に違うものが現れる。


 実験に同じ結果など1つもないとは、南雲修一が月刊探索員のインタビューで述べた格言であったか。

 久坂は「なんか急に腹立って来たわい」と、弟子に八つ当たりした。


 海岸線では加賀美隊とクララが対空迎撃戦を継続中。

 逆神四郎は山嵐助三郎の治療で手が離せない。


 坂本アツシは「うっわ。鬼ヤベーっすね。ははっ」と現実逃避している。


 膠着状態が訪れるかと思われたが、諸君、誰かをお忘れではないだろうか。

 寡黙な仕事人の異名を誇る、優秀な監察官の事を、である。


「……本来ならば不意打ちに頼りたくはないが。私の残された煌気オーラと戦局を鑑みれば……致し方なし! 誹りを受けるなら、戦いの後で甘んじて享受する!!」


 川端一真監察官がひっそりと岩陰に潜みつつ、しっかりとフラグを立てていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 一瞬の出来事だった。

 ピータン・スリッピーの死角から飛び出した川端は、大きく跳び上がる。


 動きが鈍いうえに、注意は完全に目の前にいる久坂と55番に向いていたため、川端は確信をもって右足に残りの煌気オーラを纏わせる。

 勢いそのままに、ピータンへと襲い掛かった。


「……悪く思うな! つぇぇいっ! 『降下岩砕蹴こうかがんさいげり』!!」

「あでぇ!? い、痛い……! 首、痛い! なんだ、これ?」


 川端一真渾身の一撃は、確かにピータン・スリッピーの首に直撃した。

 常人ならば骨がへし折れるほどの衝撃である。


 だが、悲鳴を上げたのは川端の方だった。


「ぐあああっ!! な、なんだと!? 私の体が、この男の体から離れない!?」

「ぐ、ぐひっ。オレの外皮には、物体が、吸着する薬が常に、ふ、噴き出している。だから、お前、もう離れられない。ぐひっ、ぐひっ」


 おわかりいただけただろうか。


 川端一真監察官は、ピータン・スリッピーの右肩に右足がズッポリはまってしまい、そのまま肩に乗るような形で動けなくなったのだ。

 状況がイメージできない方がおられるならば、「戸愚呂・兄」で検索して欲しい。



 「彼が戸愚呂・弟の肩に乗っている状態にそっくり」で説明は済むからである。



「なにをやっちょるんじゃあ! 川端の!! お主、それどがいするんじゃ!? これもう完全にワシら攻撃できんじゃろうが!!」

「確かにそうかもしれん! どんな攻撃も川端一真に当たってしまう! なんなら、川端一真の方が先に死ぬかもしれん!!」


 川端の安否が気になる、全国18人の川端ファンの諸君。

 安心してください。無事でいますよ。


 まだ。今のところは。


「す、すみません……! 弱った私でも何かのお役に立てればと思ったのですが……! まさか、こんな事になろうとは……!!」


 何なら元気に喋れる状態である。


 それは同時に『ピータン・スリッピーの川端添え』と言うクリーチャーがカルケルに誕生した瞬間だった。

 この場に逆神六駆がいてくれたらと思わずにはいられない、緊急事態。


 だが、天はまだ探索員協会チームを見捨ててはいなかった。

 あの男がやって来る。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 さかのぼること、30分前。


 五楼京華上級監察官の密命を受けた雷門善吉監察官は【稀有転移黒石ブラックストーン】でイギリスに飛んでいた。

 時差の関係でまだ真夜中の彼の地。

 人工島・ストウェアである。


 五楼は「監察官を戦場に投入する」決断を逆神六駆消失の瞬間に下し、雷門、楠木両監察官にその命令を託していた。

 ストウェアには【稀有転移黒石ブラックストーン】の発着座標がある。


 つまり、『ゲート』がなくてもカルケルの発着座標が生きている今ならば、【稀有転移黒石ブラックストーン】ではしごすることで戦力の投入が可能。

 雷門は急いでストウェアの司令官室へと駆けこむ。


「あららー! 雷門さんじゃないの! おひさー!!」

「あ、雨宮さん!? いらっしゃったんですか!? い、いえ! いらっしゃるに越したことはないのですが!!」


「いやー! ジェニファーとよろしく仲良ししててさー!! さっき帰って来たとこなのよー! もー! おじさん、仲良しし過ぎてクタクタなのよ!」


 仲良しが何を指しているかは、この場で言及できない。

 理由も申し上げられない。実に無念である。


「雨宮さん! 緊急任務です!!」

「おけまる! それ、明日でいい?」


「緊急任務ですよ!? 明日じゃダメです! もう全部終わってますよ!!」

「じゃあ良いじゃないのー。終わるんでしょ?」


「世界が終わるんですよ! お願いですから、私と一緒に来てください!」

「やだー! おじさん、強引な人きらーい」



「ご、ご、ごの人ばぁ! 全然、ウッグエーン! 言う事をァァァァンイェア!! 聞いてくれへんからァァァイイッヒッフー!! 私かて、一生懸命、一生懸命にィィィアッハハーァ! オンドォルゥアエイヒーン!! ナ゛ッ!!」

「やだ! 雷門さん、ガチ泣きじゃないの! 大丈夫? おっぱい揉む?」



 こののち、騒ぎを聞きつけて起きて来た水戸監察官によって、「帰ってきたら活きの良いおっぱいを奢りますから」と言う高度な交渉が行われた。


 雨宮順平上級監察官、戦場へと馳せ参じる。

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