第391話 囚人・姫島幽星とピータン・スリッピー、襲来 監獄ダンジョン・カルケル 海岸

 5番は海岸線で攻撃を始めた14番を確認してから、なるべく目立たないようにカルケルの消失した中央制御室跡の近くに着陸した。


「……この気色の悪い感触には慣れそうにないな。これきりにしてもらおう」


 煌気オーラ座標になっている5番。

 モニョっとした空気がまとわりつくような不快感を覚える。


 それから1分も経たないうちに、10番と見慣れない囚人が2人転移して来た。

 5番を確認した10番は敬礼する。


「我らの転移のためにご助力! 感謝いたします!!」

「いらん気を遣うな。私はもう完璧なコンディションではないからな。目印にだってなろう。それが現状のベストな選択だ」


 リアリストらしい、5番の考えである。


「それで? そっちの2人が選りすぐりの囚人か?」

「はっ! こちらの日本人が姫島幽星です!」


 姫島は頭を下げずに「お見知りおきを」とだけ声に出した。

 続く言葉は現れず、彼は刀の感触を手で確かめているように見える。


「何と言うか。陰気な男だな。気難しい職人のようだ。しっかりと命令を聞くのか?」

「そこは問題ありません! 3番様の作られた『従属玉スレイブ』をこの者たちは体内に仕込まれています! 仮に裏切るような事があれば、命はありません!」


「やれやれ。3番の悪趣味な発明品には辟易するな。よくもまあ、そのように品性を疑いたくなるものを次々に作れるものだ。そっちの大男は?」

「ピータン・スリッピーと言います! イドクロアの調合に長けた男で、肉弾戦もできるとの事です!」


 ピータンは「ふ、ふふ、よろ、よろしく。オレ、実験したい。早く、ふひ、ふひっ」と不気味に笑う。


「……おい。大丈夫なのか? 特にピータンとか言う男の方は。同じ名前の中華料理があるだろう? 私はあれが苦手でな。まったく良いイメージが湧いてこないが」

「まずはこの囚人2名を戦線に送り込めとの指令です! 5番様は後詰をお願いします!!」


 5番の不安は拭われぬまま、10番は癖の強い囚人を率いて走り去っていった。

 「まあ、お手並み拝見といくか」と彼は呟く。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 海岸線では、防衛部隊が飛来してくるアトミルカ本隊を迎撃していた。

 相手が飛んでいるため、近距離を得意とする塚地小鳩と木原芽衣は支援に徹しており、我らがどら猫、椎名クララAランク探索員が輝きを放っていた。


「うにゃにゃー! 狙いを定めるまでもないにゃー!! 『超大回転ロッタツィオーネ大鷲の爪アークイラ』!! にゃははー! 楽勝だぞなー!!」

「やぁぁぁ! 『風神壁エアラシルド二重ダブル』!! 加賀美さん、土門さん! どんどん撃ってください!!」


 旦那の帰る場所を死守するのは女房の務め。

 小坂莉子は防御壁を展開しながら、対空スキルを持つ者たちをガードする。


 彼女は自分のスキルをなるべく見せないように留意しており、特に攻撃スキルは然るべき相手に対してのみ使うべきだと考えていた。

 切り札を隠して相手を油断させる戦法は、師匠の六駆譲りである。


「にゃにゃにゃー!! 撃つぞなー! 撃つぞなー!!」

「クララさんったら、あんなに生き生きして……! きっと、世界平和のために戦うのが嬉しいのですわね!」



「みみっ。クララ先輩は単純に的当てゲームを楽しんでるだけだと思うです。雲谷さんと組んだ頃から、ちょっと危険な匂いがするです。みみっ」

 芽衣の鋭い指摘を、小鳩は聞こえなかった事にした。



 迎撃は加賀美、土門、クララの3人でほぼ完封状態であり、「これは陽動だろうな」とほとんどのメンバーが思い始めた頃、タイミングよく10番が囚人を引き連れて登場した。


 まず対応したのは死の淵から舞い戻った山嵐助三郎。

 彼は回復した事で煌気オーラの質が上がっていた。


 サイヤ人かな?


「あれは……! 敵の幹部ですね!! 加賀美さん! オレ、あなたに学んだスキルでやってみせます!!」

「待つんだ、山嵐くん!! 不用意に前に出てはいけない!!」


 姫島幽星が刀を手にする。


「ほう。竹刀を振る、か。こちらは真剣だが、剣を構えた以上、手心を加えるのは無粋。……かぁぁっ!!」


 姫島幽歳の攻撃方法は単純である。

 剣圧による『真空波スラッシュ』を放つ遠距離攻撃か、煌気オーラを纏わせた刀を振るう近距離攻撃かの二択。


 だが、少ないスキルに絞った方が強いのは木原久光監察官を見ていれば何となく分かってしまう。

 つまり、こういうことである。



「う、うわぁぁぁぁ!! げふぁっ!!」

「山嵐くん!!」



 山嵐助三郎Bランク探索員、凶刃に倒れる。

 たった3時間の間で、2度目の虫の息。


「おお……。山嵐の……。四郎さん、お任せしてもええですかいのぉ?」

「ほいほい。お任せ下されですじゃ。『白い粉の回復ハッピーターン』!!」


 後方で構えていた久坂剣友が10番と姫島、ピータンを見定める。

 「なるほどのぉ」と頷いて、彼は言った。


「こりゃあ手強いヤツが来たけぇのぉ。チーム莉子の手が空いちょるヤツは、こっち来てくれぇ! ワシと55のだけじゃあ、ちぃと苦戦しそうじゃわい!」


 久坂の要請に応じたのは、小鳩と芽衣。

 姫島の得物を見て、どうやら近距離戦闘タイプだと判断した彼女たちは臨戦態勢に移った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 姫島は脚力を煌気オーラで強化し、坂道を駆け下りる。

 彼は斬る相手を選ばない。


 屈強な男だろうが、か弱い女だろうが、目に留まった者は全て斬る。

 姫島にとっては生きとし生ける者全てが獲物であり、自分を高めてくれる供物。


 彼は自分の事を「快楽殺人者ではない」と言い切るが、「自己の研鑽のために人を躊躇なく斬る」と言う思考が異常な事に変わりはない。


「芽衣さん! まずは敵の出方を見ますわよ! 銀華・六枚咲き! 『トライアングル・シルバーレイ』!!」

「くだらぬ。煌気オーラで具現化したものならば斬られぬと思うたか? 『黒斬くろぎり』!」


 小鳩の銀華は高速で動き回っており、規則性もないためそれを捉えるのは容易ではない。

 初見であればなおさらである。


 が、姫島はまるで座頭市のように素早く抜刀し銀華を両断したのち、納刀する。


「男しか斬らぬ騎士道精神などうつけの戯言よ。女と会えば女も斬る。神仏悪鬼羅刹、そのいずれも斬ってこその人生である」


「みみみっ! 小鳩さん! ヤバい人です! 雲谷さん系のヤバい人です!! みみっ!!」

「ええ! そこはかとなく感じられるサイコパス臭は消せませんわね!!」



 雲谷陽介。

 出番はとっくに終わったのに未だその精神についてヤベーと罵られる。



 一方、ピータン・スリッピーの前には久坂剣友と55番。

 ピータンは2メートルを超える巨漢である。


 対して、久坂は160センチほど。

 55番は180センチの長身だが、そんな彼もピータンの前に立つと小さく見える。


「ふ、ふひっ。お前たちで、実験。ふ、ふひっ」



「おお……。55の。ワシらはハズレ引かんで良かったのぉとうちょったが……。こりゃあ、どっちもハズレじゃのぉ……」

「確かにそうかもしれん! 先ほどから敵のよだれが垂れているのが不快だが、ヤツの足元のワカメが溶けている! この男、味噌汁が飲めないと見た!!」



 ピータンは体内で毒素を生成できる体を持っている。

 彼の本業は薬剤師だったが、イドクロアの知識が暴走し、いつしかイドクロアを用いた人体実験に傾倒するようになっていった。


 その最初の被験者に迷わず自分を選んだ辺りから、彼の狂人ぶりはよく分かる。


「こりゃあ、触りとうないわい! 鳳凰拳! 『無尽烈波むじんれっぱ』!!」

「確かにそうかもしれん! 『ローゼンランツェ・みだれ』!!」


「うぎゃえぁあぁぁっ!! い、痛い……! 実験、実験!! 『バイタルアップ』!!」


 ピータンの体が不気味にうごめき、2人の攻撃を喰らった患部が緑色に変色した。


「お、覚えた! 今のスキル……!! ふ、ふひ、ふひっ」


「嫌じゃのぉ。どがいしても気持ち悪うて仕方がないわ」

「確かにそうかもしれん!!」


 防衛部隊の奮戦は続く。

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