第425話 監察官・南雲修一の古龍荒行篇 異世界・スカレグラーナ

 南雲監察官室の隣にある仮想戦闘空間に門が生えて来た。

 この世界では、門が生えて来るとそれは移動の始まりなのだ。


「南雲さん! 逝きましょう!!」

「ああ。準備はできている! ……ねえ、逆神くん? 君のセリフさ、誤変換されてない?」


「何を言っているのか分かりませんが、逝きましょう!! いやぁ、『ゲート』出してピクニックするだけで日当10万円だなんて! 僕、探索員協会好きだなぁ!!」

「誤変換じゃないの!? ま、まあ良いか。すまなかったね。休みの日に私の都合に付き合わせてしまって。小坂くんが気分を悪くしていないと良いが」


「大丈夫ですよ! 莉子なら、ほら!!」


 六駆に遅れて、門から出て来た小坂莉子。

 彼女はお弁当の入ったバスケットを抱えている。



「おはようございます! 今日は六駆くんにピクニックに行こうって誘われましたぁ!」

「おおい! 私の修行を本当にピクニックと合同でやるの!? 逆神くん!? お金払ってるんだよ、こっちは!!」



 六駆は「まあまあ。お金の分は働きますよ。ぐへへ」と笑って、更に門を生やした。

 行き先は決まっている。


 異世界・スカレグラーナ。

 今日は南雲修一の古龍スキル修行の様子をお送りします。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 スカレグラーナのヌーオスタ村にある『基点マーキング』に門が生える。

 それだけで、この世界の住人はだいたい全てを理解する。


「ナグモ! ナグモ来る!」

「多分手土産ひとつなしで来る! ナグモ!!」

「もうじき40歳で肌がかさつくナグモ!!」


 スカレグラーナに住むホマッハ族は先天的な煌気オーラ感知能力を持っており、特にかかわりの深い異世界人である南雲修一の煌気オーラはお年寄りから子供まで知っている。


「よくぞ参った、ナグモ。卿と再会できる日を心待ちにしておったぞ」

「これはバルナルド様。出迎えてくださるとは……!! 恐縮です!」


 竜人バルナルドがナグモ一行をお出迎え。

 なお、事前に六駆から竜人たちは連絡を受けている。


「修行をしたいと言う卿の熱意には心打たれる思いだ。余のように長きを生き過ぎると、どうしても自己研鑽は怠りがちになってしまうゆえ、若き卿の力になれる事、喜ばしく思う」

「本当にバルナルド様の優しさが身に染みます……。今日はよろしくお願いします」


 バルナルドはかつて古龍を統べる頂点に立っていた、元帝竜。

 ナグモは日本探索員協会で色々な面倒事を引き受ける筆頭監察官。


 トップに立って癖のある者を従える苦労がこの2人の仲を良好にしていた。

 それでなくとも、元から彼らの価値観は近い。

 修行のパートナーとして最良だろう。


「よし! じゃあ、始めましょうか! 南雲さん!! お二人も連れてきましたよ!」


「ふははっ! 逆神はいつも我に新鮮な刺激をもたらしてくれる! 感謝するぞ!!」

「ジェロードよ。貴公はいささか血気盛ん過ぎる。加減するのだぞ」


 竜人・ジェロードと竜人・ナポルジュロも合流。

 豪華な竜人トリオが集結する。


「うん。逆神くん。皆さんにはご協力頂けてありがたいんだけどさ。これから何をするの? そこのところが不安で仕方ないんだけど」

「簡単ですよ! まず、ナポルジュロさんに古龍の煌気オーラをぶち込んでもらいます! 僕の古龍の煌気オーラって所詮は具現化した類似品ですから。本場のヤツはキきますよ!!」



「ごめん! ちょっと待って! 少しだけで良い!」

「じゃあ、お願いしまーす!!」



 ナポルジュロが右腕をナグモに向ける。

 そこには光の玉が浮かんでおり、煌気オーラを高密度で凝縮させなければこのように綺麗な光球状に変質はしない。


 実に幻想的な美しさに、レジャーシートの上で旦那の仕事を見学中の莉子さんは「ほぇぇ」とほんわかした表情で見惚れる。

 そして、幻想がぶち壊されて現実のものとなる。


「ぬぅん! 受け取られるが良い! ナグモ!!」

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 普段、六駆がナグモに撃ち込む『貸付古龍力レンタラドラグニティ』は緑色をしているが、ナポルジュロの煌気オーラは紫色。

 その紫の靄の中から、ナグモが現れた。


 普段は言動がアレになるが、それは「古龍の力に押し負けないようにするナグモの自浄作用」の補助として六駆が『古龍上々ドラグアゲアゲ』を付与しているからである。

 今回はまず、外見に変化が見て取れた。


 特に注目すべきは顔。

 金色の瞳に黒い角が伸びる。

 どこからどう見ても強者の風格であった。


「ナグモよ。気分はどうであるか? ナポルジュロの煌気オーラは我ら古龍の中で最も穏やかゆえ、恐らく拒絶反応は起きておらぬと思うが」


 ナグモが口を開いた。


「……ふっ。まさか、古龍の力のさらに先があるとはな。だが、心配だ。これでは、愛する者を抱きしめることができない」



 やっぱりダメだったようである。



 ナグモの自浄作用がアレな感じになるのならば、『古龍上々ドラグアゲアゲ』を使わなくてもこうなる気はしていた。

 六駆の計算違いだろうか。


「よし! 無事に自分でアゲアゲになれましたね! ここまでは計画通りだ!!」

「さすが六駆くんだよぉ! はい、唐揚げ!」


 彼女の唐揚げをモグモグやりながら、六駆は満足そうに頷いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから、バルナルドとの模擬格闘訓練が行われる。

 いくら古龍の煌気オーラを直で注入されたからと言って、さすがに竜人バルナルドには及ばない。


 それは六駆も織り込み済みであり、あくまでもこの戦闘訓練は「ナグモに古龍の煌気オーラを馴染ませる」ためのもの。

 10分が過ぎ、15分が過ぎてもナグモはバルナルドに挑み続ける。


「凄まじい気迫……!! 卿の中で今、古龍の力が滾っておるのを感じるぞ!!」

「ふっ。すぐに私の力にして見せるさ! 大切なものを守るためならば、私は力を欲する!! だが、力に心までは呑まれないさ!!」



 初手で呑まれているのだが、それは言わないであげて欲しい。



「実際、大したものだ。人間で古龍の力を使いこなせる者が逆神六駆。貴公以外にも存在するとは」

「いやだなぁ、ジェロードさん。誰だって時間をかければ古龍スキルくらい使えますよ! ただ、ナグモさんは筋が良いですよね! 適性に恵まれてる!」


「うむ。我の煌気オーラを受けて五体満足でいるだけでも驚愕だが。よもや、手加減しているとは言えバルナルド様と殴り合うとは。なんとも末恐ろしい」

「これもお二人の協力のおかげですよ! あ、唐揚げ食べます? 莉子がいっぱい作ってくれたんで! どうぞ、どうぞ!!」


「うむ。貰おう」

「せっかくなので我も頂戴する」


 そりからさらに15分。

 レジャーシートでピクニックを楽しむ六駆と莉子。

 と、2人の竜人。


 30分が経ったところで、南雲の体に変化が起きた。

 シューシューとガスが抜けるような音がしたかと思えば、彼の姿は一般的な人間の姿へと戻る。


「この辺りが限界ですか。よし、回復だ!! 『気功風メディゼフィロス』!!」

「う、ううっ! 逆神くん……。私、結局どうやってもああなるのかい?」



「なりますね! じゃあ、ヤメます!?」

「今更ヤメられないでしょうが!! 行くよ! アレな方の私が言ったけど、守る力が欲しいのは事実なんだから!!」



 それから、30分のタイムリミットを竜人達と戦い、回復させてまた戦う。

 現世の午後6時になるまでそれを繰り返した結果、ナグモは古龍のスキルの基礎を習得するに至る。


「じゃあ、僕ら帰るんで! また来ますね!!」


 ぐったりしたナグモを抱えて、六駆と莉子が「おじゃましました」と門の中に消えていく。


「待て。逆神六駆。これはナグモの気概に感服した我の贈り物だ。目を覚ましたらナグモに渡してくれ」

「あらー! カッコいい剣! ジェロードさんの手作りですか!? 分かりました! 渡しておきます!!」


 古龍スキルを習得し、新たな装備もゲットしたナグモは南雲修一に戻る。

 なお、この日から疲労のため3日ほど仕事を休むのであった。

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