第299話 上級監察官・五楼京華の「通信を切れ」
日本にいる五楼京華の元にサーベイランスによる連絡が届いたのは、急襲部隊が進発して2時間が経過した時分だった。
「……ずいぶんと早いな」
「こりゃあ、もしかして救援信号かのぉ? ワシ、肩作っちょいた方がええかのぉ?」
「うぉぉぉん! 芽衣ちゃまぁ! 今すぐおじ様が行くからねぇぇぇぇぇ!!」
「木原くん。あなた、守備担当だよ? そしてボクは一応司令官なんだけど」
立ち上がる監察官たち。
誰一人として動揺による心の揺らぎを見せないのはさすがであった。
「五楼上級監察官! 通信の所在地はイギリスですが、急襲部隊からではありません! 雨宮上級監察官からです!」
「雨宮からだと!? なにゆえこのタイミングで……。分かった、繋いでくれ」
日引春香が「了解しました」と言って、速やかにモニター通話が始まった。
『やっほー! 京華ちゃん! 今日も綺麗だねー! さすが、監察官の中に咲く一輪の花! どう? 今度私と一緒にイギリスでデートしない? 京華ちゃんはもう若くないけど、おじさんも若くないからさー。ここは熟年デートをしっぽりとキメちゃおうよ!! 夜景の綺麗なホテル用意するから! あ、京華ちゃんの方が綺麗だよ!!』
「日引。通信を切れ』
五楼京華と雨宮順平。
日本探索員協会の双璧を成す2人だが、その仲は極めて悪い。
主に五楼が雨宮を好いていないのが原因であった。
上級監察官の仕事は全て自分が引き受け、イギリスに行かせたら行かせたでたいして役に立っていないと報告が相次ぎ、たまに通信して来たかと思えば迷わず逆鱗に触れて来る。
五楼京華は「もう、この痴れ者はイギリスに移籍させて、南雲を昇格させるか」と最近、結構本気で考えていた。
『京華ちゃーん! そりゃないよー! 聞いて、聞いて! 私ね、アトミルカの幹部倒しちゃったみたいなのよ! いやー、自分の実力が怖い!!』
『……聞かん訳にもいかぬ報告か。日引、すまんが内容を纏めてくれ』
「五楼さん。それってパワハラとセクハラを同時に受けろと言うご命令ですか?」
「はいはい。春香さん、ここは自分にお任せっすよ。どうも、雨宮さん! 南雲監察官室の山根っす! お話伺ってもいいっすかー?」
五楼と日引は、山根がかつてないほどのイケメンに見えたと言う。
それから山根が事情聴取する事、約15分。
彼はおおよその内容を聞き取って、要約して五楼に伝えた。
「ええと、人工島・ストウェアにアトミルカの7番が強奪作戦を仕掛けて来まして。その作戦の影響で川端監察官は両腕を負傷。現在は雨宮上級監察官によって治療済み。侵入して来た7番はおっぱいの力で水戸、川端両監察官と共に捕獲した。だそうっす!!」
「後半は意味が分からん。だが、山根。ご苦労。これは期末の査定を大幅に加点する働きだった。まったく、雨宮と会話ができるとはな。優秀な男だよ、貴様は」
「あざーっす! 春香さんのピンチだったんで、自分張り切っちゃいましたっす!!」
実に良い塩梅で監察官が全員揃っていた。
彼らは情報を共有し、意見を出し合う。
「急襲部隊を出した途端に、ストウェアを急襲された訳だが。偶然だと思うか? 貴様たちの忌憚なき意見を聞きたい」
まずは楠木が発言する。
「あまりにもタイミングが合い過ぎていますね。考えたくはないですが、下柳くんの時のように我々の情報が洩れている可能性を考えるべきでは?」
それに反論するのは、監察官のご意見番。
最長老の久坂。
「いや、そりゃあ考えにくかろう。もしも情報を得ちょるんじゃったら、急襲部隊があっちに出た瞬間を叩くのがベターじゃろ? わざわざストウェアを襲う意味が分からんのよのぉ。確か、ストウェアっちゅうたら、急襲部隊がおるフォルテミラ島からえらい離れちょるじゃろ?」
雷門が久坂の質問を引き取る。
「フォルテミラ島と人工島・ストウェアは200キロ以上離れています。久坂さんのおっしゃる通り、急襲部隊による作戦を妨害する目的だと考えると、いささか遠回りし過ぎな感がありますね。……私、号泣した方が良いですか?」
「泣かんで良い」
各々の意見を聞いた五楼が総括する。
なお、木原監察官には福田弘道Aランク探索員がドーナツを与えているので意見を求めなかった旨を付言しておく。
「私もこの襲撃は偶然の一致であると考える。あまりにもタイミングが良すぎると言う楠木殿の意見も分かるが。逆に考えると、アトミルカの本隊は我々の急襲作戦にまだ気付いていないと推測できる好材料とも言える。久坂殿の言うように、攻め込まれる事が分かっていれば、戦力の分散など愚策。それも1桁ナンバーとなれば、なおさらだ」
監察官たちは頷く。
「念のため、南雲にはこの事実を伝えておこう。山根。サーベイランスを起動させろ」
「うっす! 了解っす!! カタカタターン!」
遠く離れた場所でも即時にモニター通話のできるサーベイランス。
開発した南雲修一は実に優れた技術者である。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぶふうぅぅぅぅぅぅぅっ!! ストウェアが襲われたんですか!? ストウェアって、国際探索員協会が連名で造っている、あのストウェアですよね!?」
実に優れた技術者であり、今回の作戦総指揮官である南雲修一。
イギリスの地でも元気にコーヒーを噴く。
『そうだ。幸いな事に、雨宮をはじめ水戸と川端の3人で無事鎮圧したらしい。川端の精神状態が極めて不安定だと聞いたので、今は雨宮と水戸に警備を強化させている』
「川端さんが……。あの寡黙な方が精神を病むとは、想像を絶する策謀がうごめいていたのでしょうね」
主におっぱいのせいである。
『ついては、念のためそちらも警戒しておいてくれ』
「分かりました。現在、地上待機組は屋払くんと青山くんの潜伏スキルで身を隠しています。コーヒーを皆で飲むくらいの余裕はまだありますよ」
『結構。ダンジョン攻略はチーム莉子に行かせたのだったな? 首尾はどうだ?』
「悪くないです。現在、第7層まで攻略が済んでいます。逆神くんが定期的に『
五楼は「そうか」と返事をした。
続けて言った。
『逆神に現金を適時投入すると言う作戦の効果がテキメン過ぎて、なにやらアレだな。人間の心根はどうしてこうも汚れるのかと、悲しくなるな』
「お言葉ですが、五楼さん。逆神くんの心はかつてないほどクリアですよ。5万円で浄化される心根は、もしかすると世界でも類を見ないほど清潔なのかもしれません」
五楼と南雲は2人揃って「はぁ」とため息をつく。
なお、六駆の心根は世界でも類を見ないほど単純なだけである。
人は余りにもシンプルな構造のものを見ると、そこに意味を見出したがる生き物である。
何の意味もない、ただの欲望に忠実なおじさんがそこにいるだけなのに。
五楼との通信を終えた南雲は、改めてコーヒーを飲む。
先頭で指揮を執るのも気力と体力の両方をすり減らすが、こうしてただ待つだけというのも精神的になかなか堪える。
「小坂くんたちは上手くやっているだろうか」
総指揮官の呟きに、急襲部隊の理性たちが応じた。
「大丈夫ですよ。小坂さんは立派なリーダーになりましたし、逆神くんがいれば万が一もありません。ルベルバックの頃と同じ、いや、それ以上に安心できます!」
「加賀美さんのおっしゃる通りですごふっ。小生たちにはできない事を、やってのける若いパーティー。実に頼もしいげふっ。協会の未来は明るがふっ」
南雲は思った。
「無事に行ってくれと思う事で、何かトラブルが起きてもアレだから、私は無心でコーヒーを飲もう」と。
今日のコーヒーも抜群の仕上がりであり、豊かな風味は彼の心に寄り添っている。
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