第498話 【最終決戦その7】狂気の愛は全てを呑み込む ~乙女たち、最後の撃ち合い~

 愛の戦いがクライマックスを迎える中。

 こちらでは一足早く人命救助の結果が出ようとしていた。


「ふぅぅぅぅぅぅん!! あー。キツいなぁ。……おっ! でもこの感じ!! そろそろ終わりますね! やっぱり隣で煌気オーラ力場作ってくれる人がいるとかかる時間が短いや!!」

「ひょっひょっひょ。ワシも六駆のの助手でしか働けんようになるっちゃあのぉ。まあ、出番がのうなるよりはマシか!」


「確かにそうかもしれん!! 雷門善吉の事をたまに思い出すと胸が苦しくなる!!」

「おお……。55の。ヤメちゃってくれぇ。あれでもワシと同格の監察官じゃぞ……」


 遠くの方で誰かの号泣する声が聞こえた気がした久坂剣友監察官。


「すみません! アトミルカのお二方! どっちでも構いませんので、バニングさんに煌気オーラ分けてあげてもらえます? ほぼ体は元通りになったんで、気付けに煌気オーラを流してあげたら恐らく意識が戻ります!」


 ザール・スプリングが即答した。


「私が!! 私がやります!! バニング様のためならば、どんなことでも!!」

「落ち着いてください。あんまり大量の煌気オーラ流し込むとショック起こしちゃうんで、ゆっくりお願いしますね」


 「はっ!」と了解したザールは、生まれたての赤子に接するように慎重な手つきでバニングの胸に手を置き、ゆっくりと煌気オーラを注ぎ込む。

 効果はすぐに現れた。


「……ぐっ。……がはっ!!」

「バニング様!!」


 これまでほとんど感じ取る事さえできなかった呼吸音が大きくなり、次第に安定していく。

 そして、彼は目を開けた。


「……私は。……ふっ。そうか。逆神。お前の仕業か。敗者から死に場所を奪うとは。つくづく容赦のない男だな」


 すぐに状況を理解するのはアトミルカナンバー2の面目躍如。

 涙を流し復活を喜ぶ弟子のザール・スプリングを見て、バニングは穏やかな表情になった。


「……私も、弟子を悲しませるようではまだまだ未熟か。……時に、逆神。アリナ様をどうした。お前がこうして私を治療してくれていたと言う事は、誰がお相手をしている!?」


 六駆が親指を立てて歯を見せる。

 この絶妙におっさん臭い動きで胸を弾ませるのは莉子さんだけなので、バニングは「……ああ」と、とりあえず何に対してなのか分からない返事をした。


「うちの莉子が! 結構いい勝負してますよ!!」

「い、いい勝負、だと!? 逆神。お前には言っていなかったが、アリナ様は」


「無尽蔵に煌気オーラが湧く能力持ちですよね?」

「悟っていたのか……!? であれば、なにゆえあの少女はアリナ様と戦えている!?」



「なんか、愛の力らしいですよ! たまに聞こえて来るんですよ!」

「……ふっ。何を言っているのかさっぱり意味が分からん」



 それから、バニングはザールに「すまないが、肩を貸してくれ。アリナ様が立っておられるのに私が横になれる道理がない」と言って、彼は立ち上がった。

 「さすがじゃのぉ。ようもまあ、死の淵から帰って来てすぐに立てるもんじゃ」と久坂が半分呆れながらも称賛した。


 彼らの視線の先では、なんだか頬を染めて興奮している莉子さんと、明らかに憔悴してきているアリナさんがスキルの撃ち合いを続けていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 アリナ・クロイツェルの精神は今やガタガタだった。

 彼女は長らくの時を隔絶された空間で過ごしていたため、他者との対話自体が久方ぶり。


 その久方ぶりの相手に選んでしまったのが、恋する乙女ラブバーサーカーの莉子さん。



 精神構造がぶっ壊れている莉子はアリナにとって劇薬であり、圧倒的優位な状況で追い詰められると言う訳の分からない窮地に立たされていた。



「えへへへっ! そろそろ防御の間隔が乱れて来ましたよ?」

「……くっ。それは! そなたの攻撃があまりにも意味不明であるから!!」


「そうなんです!! 意味が分からないのに、思うだけで力が湧いて来る!! それが愛です!!」

「や、ヤメろ!! これ以上、意味の分からぬ事をのたまうな!!」



「どうしてそんな苦しそうな顔するんですかぁ! わたしなんて、六駆くんのこと考えるだけで胸が弾んで!! 何でもできそうな気持ちになってくるんですよぉ!!」


 莉子さん。嘘はいけない。君の胸は微動だにしていない。



 一方、アリナは最終手段に打って出る事を決めていた。

 彼女にとってこの戦いは「人生最期の終の戯れ」であり、「人生最期のトラウマ製造タイム」ではないのである。


 既に転生時の記憶の反芻でうなされる事は確定的だが、遊びをヤメてしまえば圧倒的な煌気オーラの物量で莉子そのものを消し去ってしまう事も可能。

 アリナ・クロイツェルは、戯れる事を諦めた。


「……はぁぁっ!! 今より放つ一撃で、莉子。そなたは終わりだ。そなただけではない。このヴァルガラそのものも消滅するだろう。最期に愉悦に浸るつもりが、とんでもない目に遭った。だが、それもこれまで!」


 アリナの掲げた右手に煌気オーラが集約されていき、それは巨大な白い花となる。

 今にも崩れて消えそうな儚い花に、無尽蔵の煌気オーラが送られ続けている。


「むーっ! いいでしょう!! アリナさんが考えを改めてくれないのなら!! そのスキルはわたしが壊します!!」

「なっ? そなたほどの実力者になれば、この煌気オーラの意味が分からぬ訳があるまい!? どうして! どうして平然としていられる!? どこかおかしいのか、そなた!!」


「失礼ですよぉ!! もぉぉ!! 言ってるじゃないですかぁ! 愛の力があれば、どんな困難にだって打ち勝てるんです!!」

「そ、その戯言はもうヤメよ!! うぁぁぁぁ!! もう充分だ!! 消えてなくなれぇ!! 『臨界メルト絶花エンデ』!!!」


 巨大な花の形をした「終わり」がゆっくりと莉子に向かって、と言うよりもヴァルガラの大地に向かって落下し始める。

 莉子は「ふぅ……」と大きく息を吐いてから、煌気オーラを溜め始める。


 諸君。覚えておいでだろうか。

 『苺光閃いちごこうせん』には属性が存在しない代わりに、他者の煌気オーラやスキルを乗せる事ができる特性が存在する。


 莉子さんの考えはこうである。


 『苺光閃いちごこうせん』に『絶花エンデ』を乗せてしまえば、その巨大な煌気オーラの操作権は自分に移譲されるのではないか。

 「試したことはないけど! んー。六駆くんの作ってくれたスキルだもん! できるよねっ!!」と。


 これを考えと呼んでいいのかは確実に議論を巻き起こすだろう。

 だが、既に迫りくる『絶花エンデ』に対応できるのはこの小柄な少女ただ1人。

 この場にいる全ての者の命運は、苺色の煌気オーラを操る小坂莉子の両腕に託された。



 両胸じゃなくて本当に良かった。



「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! いきますよ、アリナさん!! これが煌気オーラなんかを超えた!! 新しい力ですっ!! 『苺光閃いちごこうせん特盛愛の革命ラブレボリューション』!!!」


 かつてない程の大きさの『苺光閃いちごこうせん』が、『絶花エンデ』と接触する。

 その衝撃で大地は割れ、マグマが噴き出し、空が裂けた。


「無駄な事を!! スキルとは、所詮は煌気オーラの強さが全てを左右する!! 妾の煌気オーラはまだ増大を続けるぞ!! これを何とする!! 莉子ぉ!!」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! アリナさん! 気付きませんか!? おかしいなって!! やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 「戯言を!」と吐き捨てたアリナだが、確かに異変を感じていた。

 煌気オーラを放出すればするほど、何故か自分のいる上空に向かって『絶花エンデ』が押し返されてくるのだ。


 莉子の『苺光閃いちごこうせん』に『絶花エンデ』乗せちゃえ作戦は成功していた。


 こうなると、操作の権限を失ったアリナは煌気オーラの放出を止めるしかない。

 が、それが叶わないのは本人が1番分かっている。


「くぅぅっ!? しまった! そなた、妾の煌気オーラを操作して!?」

「ふっふっふー!! 力に勝る力!! それが!!」


 莉子は『苺光閃いちごこうせん』のスピードを落とした。

 何のために。


 もちろん、キメ台詞を言うためである。


「愛の力です!! わたしはこの戦いに勝って! 六駆くんと結婚して!! 新婚旅行でプーケットに行って水着でイチャイチャするんだからぁぁぁぁぁ!!! えへへへへへっ!! 子供は最低でも3人は欲しいですっ!!」


 莉子さん。この壮絶な戦いを締める言葉は本当にそれで良いのですか。

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