第613話 【世界平定協会ピース・その4】「そろそろ俺が動くか。チュッチュ。チュッチュ」 ~首領ラッキー・サービス氏、ミンスティラリアを発見する~

 異世界・デトモルト。

 ガラスのビルでは最上位調律人バランサーのライアン・ゲイブラムがつい先ほど得たばかりの情報を持ち、エレベーターに乗っていた。


「どこまでをサービス殿はご存じなのか。まったく、面倒な事になって来た」


 珍しく愚痴をこぼすライアン。

 だが、サービスの部屋のあるフロアに到着すると表情を正す。


 そのまま姿勢よく歩いて行き、一番奥にある部屋の扉をノックした。


「ライアンです。サービス殿。ご報告があって参りましたが、よろしいでしょうか」

「ああ。入れ」


「はい。失礼します。……出直して参ります」

「チュッチュ。チュッチュ。何を遠慮する事がある。俺は何も気にしない。そこの椅子にでも座れ。もう2分ほどで済む」


 ピースの首領ラッキー・サービス氏。

 今日は両手に練乳を持って、ダブル吸引中。


 その表情はピクリとも動かず、喜怒哀楽のどれでもない顔で椅子に腰かける。

 副官にさえ感情を表さない姿は、サービスのこれまでを見てきたライアンにしかこの男の傍仕えが務まらない証明か。


「あの。サービス殿」

「なんだ。チュッチュ」


「1つずつ飲まれるのはいかがですか? いくら若返られたとはいえ、一気飲みは誤嚥性肺炎の恐れが。あなたに今倒れられると、必然的に私もすぐに倒れます」

「ふん。ライアン。お前に対して失望した事はまだない。ゆえに教えよう。これは時短だ。同時に練乳を2本摂取する事で、俺の体は糖分を蓄える速度を上げることができる」


「はい」

「分かっているのに、俺に敢えて言わせるか。お前もなかなか度胸のある男だ。その点も高く評価している。良いか、1度しか言わんぞ」


 サービスは空になったチューブをテーブルに置いて、ライアンの方へ向き直った。

 白髪の青年はニィっと笑う。



「2本同時に練乳を飲めば、次の練乳も2本同時に飲める。ここまで言えば分かるな?」

「いえ。まったく分かりません。報告をしてもよろしいですか?」



 ライアンは端末の操作を始めた。

 「俺にすら臆さぬその姿勢。得難いな」とサービスは満足そうに頷く。


「上位調律人バランサーのバンバン・モスロンですが、倒されました」

「ほう。あれがやられるか。相手は?」


「日本の上級監察官と筆頭監察官が交戦しましたが、最終的にバンバンを倒したのは、逆神家の当代。逆神六駆です」

「だろうな。バンバン・モスロンの特異煌気オーラに対応して見せるとなれば、逆神家か、それに近いアンタッチャブルな存在だろう。データは取れたか」


「はい。可能な限りですが。通信スライムを回収しております。今はロブ・ヘムリッツが解析を進めているようです」

「あれは拾い物だったな。それで? バンバンはどうした」


 ライアンは端末を操作し、ストウェアをモニターに映す。


「ダンク・ポートマンにより、ストウェアに収容されました。もう1名、バンバンがスカウトしたスキル使いも同行しております。負傷の程度は分かりませんが、しばらくは動けないでしょう。ですが、ダンクの戦力となった可能性が高いかと」

「そうか。それで良い。精々、力を蓄えさせておけ。時が来れば俺が事を済ます。それまでは好きにさせろ」


「はい」

「ライアン。新しい箱を取ってくれ」


 ライアンは黙って未開封の練乳を手に取った。

 やたらと重いのでラベルを確認すると、50個入りと書かれていた。


 口の中がなんだか甘くなったと言う。


「報告は以上です」

「そうか。では、俺から伝える事がある」


「何でしょうか。練乳の追加発注でしたら、一昨日既に済ませましたが」

「ほう。お前も高みに近づいてきたか。大幅加点だ。しかし、それではない」


 サービスは静かに、感情を込めずに言った。


「逆神家の逃げた先が分かった。異世界の座標。そこに繋がるダンジョン。全てを把握した。バンバン・モスロンを意に介さぬレベルの一族。そろそろ目障りだ。俺が動く」


 ラッキー・サービス。

 いよいよピースの首領が立ち上がる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ライアンが珍しく驚きを隠さなかった。


 ラッキー・サービスと言う男は、重要事項と判断した仕事だけは人に任せない。

 それは副官のライアンも例外ではなく、ピースの設立計画を彼が聞かされたのは全ての準備が整ったのちの事であった。


 そのサービスが情報を共有する。

 敵の強大さを推し量るものさしとしては、この上ない。


「あなたが自ら、捜索をしておられたのですか?」

「そうだ。逆神家についても調べ尽くした。結論から言う。あの一族はデトモルトの若返りと方法こそ違えど、幾度となく人生をループしている可能性が極めて高い。逆神四郎と逆神大吾の記録は見つからなかったが、逆神六駆に関しては国協の煌気オーラ監視衛星が記録していた。昨年の7月末。逆神家において煌気オーラの反応が消失しては出現する妙な動きをを少なくとも5度確認している」


「それは確かに、妙ですね。ですが、逆神家はスキル使いの一族。何者かが修練としてスキルを発現させていたのでは?」

「俺もそう思わんでもなかった。が、煌気オーラ反応は同一人物のものであるのに、再出現する度にその総量が大きくなっていた。それも、人間が生涯をかけて成長する度合いをはるかに超えて。それが5度だ。俺がデトモルトの存在を知らなければ、衛星の故障だと判断していただろう。理屈は分からんが、人生をループしていると見るべきだ。それが実現できれば、若返りなどよりもはるかに質の良い成長、いや、進化と呼べる。人類の限界を超える事もできる」


 ついに逆神家が行ってきた崇高な使命(笑)。

 異世界転生周回者リピーターのシステムに気付いた人間が現れた。


 現時点で逆神家の事情を知っている者は全員が六駆くん、もしくは逆神家の人間から直接聞かされたケースのみであり、自力で真実に到達したのは間違いなくサービスが初めて。


「ループ……。それはまた、途方もない精神力が必要になりますな」

「ああ。逆神家にはそれがあるのだろう。もしくは、次代が生まれた瞬間から精神力を鍛えるのかもな。いずれにしても、チュッチュ。ヤツらの異常性の仮説はチュッチュ。限りなく真実に近い形でチュッチュ。チュッチュチュッチュされた訳だ」



「すみません。サービス殿。大事なセリフの時くらいは練乳を控えて頂けませんか?」

「ライアン。練乳を控える事で、情報の精度が上がるのか? くだらん事を言うな」



 ピースが誇るコンピューターおばあちゃん。

 ペヒペヒエスがやって来た。


「ラッキーちゃん。言うとった情報の座標、全部分かったで。ほんま、おばちゃん使いが荒いわぁ。嫌んなるで」

「ご苦労。ライアン。日本の御滝市にある御滝ダンジョンだ。ここを俺たちで押さえる」


 ライアンは相手がサービスでも臆さず意見具申する。


「しかし、ダンジョンを押さえたところでヤツらは転移スキルで移動しますが」

「逆神家は甘い。仮にヤツらが転移して逃げたとしたら、異世界はどうなる? ピースの侵攻を受けて壊滅するぞ? ダンジョンに手を出した時点で確実に防衛へ打って出る。その過程でヤツらの数が減らせれば良し。それができずとも常に奇襲される恐れありと理解すれば、今度は異世界から軽々に出られぬように仕向けられる。この上ない牽制だ。ペヒペヒエス」


「嫌やわー。この子、まーたおばちゃんに仕事させる気やん。ほんま、親の顔が見たいで」

「若返らせている、あれを叩き起こせ。最上位調律人バランサー、4人全員で打って出る」


「ええけどな? おばちゃん、先にコピー戦士の起動実験するで? その後やからな?」

「良いだろう。10日以内に済ませろ」



「アホか。なんぼ急いでも3週間はかかるわ。練乳吸い過ぎて見積もりまで甘くなっとるやん。名前がラッキーやからって、何でも幸運に恵まれる思うたらあかんで」

「ペヒさん……。私はあなたの胆力を尊敬する。しがらみがないとは言え、サービス殿にガチツッコミをするとは」



 サービスは静かに頷いた。

 どうやら、想定内の時間だった様子。


「では、3週間ののち。御滝ダンジョンを制圧する。ライアン。部隊の編制を任せる。使える駒を用意しろ」

「はい」


「ペヒペヒエス。辻堂の調整が終わり次第、俺のところへ寄越せ。洗脳ではなく自らの意思でピースに参加させる」

「ええけど、ようやるわ。死人蘇らせるとか。気色悪いわぁ」


 最後の最上位調律人バランサーの名前は辻堂つじどう甲陽こうよう

 日本人である。


 日本探索員協会の初代上級監察官を務めた男でもある。


 何やらシリアスな風が吹き始めた世界平定協会ピース。

 その風に刻まれるのは、逆神家か、探索員協会か。

 それとも風遊びでピースが手傷を負う事になるのか。


「仕事にかかれ。チュッチュ。俺もさらに調査を続ける。チュッチュ。ライアン、チュッチュ。チュッチュあれば、チュッチュしろ」

「はい」


「いや、そうはならんやろ。どないして今のでコミュニケーション取れるん? ライアンちゃんはまともやと思うとったのに。おばちゃん悲しいわー」


 ピース本格始動。


 ここまで100話もかかりました。




 ——第8章、完。

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