第57話 小坂莉子、逆神六駆といわれなき恋人認定される

 始業式を終えて、自分の教室に戻ってきた莉子とお荷物。失礼、六駆。

 クラスの席順が出席番号で並んでいるのは、六駆にとっては幸運で、莉子にとっては不運だった。


「莉子! ねえ、莉子! 僕、4分の3くらいの人の名前が思い出せないんだけど! どうしたら良い!? 声かけられたら、どうしたら良い!?」

「その時は助けてあげるから! だから、わたしの制服の裾を引っ張るヤメて!!」


 2人の様子は、実に仲のいいカップルにしか見えなかった。


 そして、高校生くらいの年頃と言うのは、人の恋路を邪魔したくて仕方のない者がクラスには必ず一定数存在する。


「おい、逆神ぃ! お前、小坂とデキてんのか? 陰キャが夏休みで勘違いしちゃってんじゃねぇよ! なあ、お前ら!」


 彼はヒロシくん。

 もちろん、六駆の記憶には既に存在しないクラスメイトであり、ヒロシと言う名前も、取り巻きの連中が「ヤメたれよ、ヒロシくんー!」と呼んだから判明した。


「あ、これはどうも。すみません。莉子がいないと僕、右も左も分からないもので」

「おい、マジかよ! 聞いたか、みんなー! マジで逆神と小坂、付き合ってんだってよぉ! ウケるよなぁ! 陰キャとマジメ女のカップルとか!」


 騒ぎが広がって行くのを良しとしない莉子は、少し大きな声で反論する。


「そんなんじゃないってば! って言うか、小学生じゃないんだから、誰が誰と仲良くしててもいいでしょ? 子供なんだから! ホントに迷惑だよ!」


 ヒロシくん、正論を叩きつけられる。

 この莉子が時々放つ正論は、かなりの威力を持って標的に襲い掛かる。

 六駆もたまに喰らってはダメージを受けると言う、世界最強の男公認のメンタル攻撃。


「な、なぁぁぁにぃぃぃ!? てっめぇ、小坂! 調子乗ってんじゃねぇぞ!!」

「ひゃあっ! ヤメてってば!」


 莉子の腕を掴んで、かかされた恥の清算を図るヒロシくん。

 ダンジョンでモンスターと戦っている莉子にとって、ヤンチャな同級生など取るに足らない存在である。

 このまま大人の対応をしていれば、気も済んでどこかに行くだろう。


 が、ここで六駆おじさん、動く。


「危ない! 僕の莉子に何してるんだ!! ふんっ!」

「なんだよ逆がみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 ヒロシくん、教室の後ろまで吹っ飛んでいく。


 六駆がいつもの癖で、莉子に迫る外敵の処理をしたのだ。

 スキルを使っていないのが幸いだと莉子は思うが、クラスメイトからすれば、大人しい男子生徒が恋人のために悪漢を裏拳一発でKOしたように見えた。


 「わぁぁぁ!」と教室が熱気に包まれる。


「ひ、ヒロシくぅぅぅぅぅん!!」

「やべー! 白目剥いてる! ヒロシくん、生き返れ! 誰かー! 助けて下さぁい!!」


 取り巻きも一応、自分たちのグルーブのボスを心配してはいるが、「ヒロシくん、これもうダメだな」と内心は冷たい感情を持っていた。

 それよりも、一瞬にしてクラスのヒーローになった六駆くんである。


「マジか、逆神! お前、すげーな! 小坂さんのために!!」

「ね! 私、スカッとしちゃった! 莉子ちゃんの事、そんなに大事なんだね!!」


 莉子はどう答えたらこの小火ぼやを消す事ができるか、少し考え込んでしまった。

 一瞬の判断の遅れが命取り。

 これは師匠の教えであり、ダンジョンでも高校でも同じだと彼女に教訓を得る機会を与えるものでもあった。


「莉子は、僕にとって絶対に失う事のできない大切な人ですから!!」


 六駆おじさんの良くないハッスル、なおも継続する。


 もはや、その発言は交際宣言どころか、公開プロポーズのようなものであり、恋に恋するお年頃の男女を夢中にさせた。


「逆神! 夏休みで変わったなぁ! 小坂さんとお幸せに!」

「莉子ちゃん、良かったね! こんなに頼りになる彼氏ができてさ!!」


「やっ! ちがっ! 待って! みんな、それ勘違いだよぉ! ねね、六駆くん!!」


 莉子の救援要請を受けて、六駆は静かに頷いた。

 そののち、声を大にして言うのである。



「莉子の事は、僕が責任もって守ります! 朝から晩まで! おはようからおやすみまで!! 何なら夢の中までも!!」

「六駆くぅぅぅん!!!」



 高校二年生の二学期の初日。

 小坂莉子に恋人ができたらしかった。

 もちろん実際にはそんな事実はないが、学校では公式のニュースとして扱われる。


 事ここに至れば、もはや手遅れ。

 ミンスティラリアで戦火の拡大を目の当たりにした経験が、彼女に告げていた。


 この大火たいかは、もう止められない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 午前中で学校は終わり、莉子にかつてない程の解放感を得ていた。

 六駆と共に、現在帰宅中である。


 今日はこの後、逆神家でスキルの特訓の予定。

 だが、彼女の頬は膨らみっぱなしだった。


「いやはや! 意外と上手くいくものだね! なんか、クラスのみんなもやたらと優しかったし! これは僕のアドリブ力が秀でている証拠かな! ねえ、莉子!?」

「……そだね。わたしは、色々なものを失った気がするよ」


 正直なところ、莉子はダンジョン探索に異世界での冒険と、度重なるピンチを六駆と共に乗り越えた事で、彼に対して師弟以上の感情を抱き始めていた。

 それは、まだ莉子も自覚していないほど小さな感情の芽吹き。


 であるからして、実際のところ六駆と恋人認定された事実は、莉子にとってそこまで嫌なものではなかった。

 ただし、そこまでの過程の話となると事情が変わる。


「もぉぉ! 六駆くん、学校で急に目立たないでよぉ! ヒロシくん、泣きながら保健室に行ったらしいよ!」

「いや、あれはつい。だって、莉子は僕が守るって約束したじゃない」


「うっ。……もぉ、そーゆう言い方は、なんか! なんか、もぉぉ!!」


 莉子さん、何やら抜け出せない迷宮に足を踏み入れているご様子。

 それが既に割と手遅れな気配を察している諸君においては、どうか生温かい目で見守ってあげて欲しい。


 純粋無垢な女子高生と、ほんわかぱっぱな男子高校生と言う名のおっさん。

 多分、彼らの足を踏み入れた迷宮は、どんなダンジョンよりも難攻不落である。


 その後も事あるごとに莉子の感情を波打たせる六駆。

 そこで彼女は、マクドナルドに寄ってバニラシェイクを与えることにした。


「うまぁぁい! これこれ! 昔好きだったんだよ! いやぁ、変わらない味!!」

「はぁ……。良かったね。あれ? スマホにメールが来てる」


 ちなみに六駆にも同じものが届いているのだが、スマホの操作方法をほとんど忘れた彼に、そのメールは開けない。


「わぁ! 六駆くん! 見て、これ!」

「うん? 探索要請? 迷惑メールかなにか?」


「違うよぉ! チーム莉子の優秀な成績を見込んで、新たなダンジョン探索の要請をする、だって! 結果によってはランクアップの査定もされるし、攻略報酬も今回は最低保証額がある!! ご、500万円だよぉ!! 場所は隣の日須美ひすみ市!」


「……再び戦いの時が来たか!」


 探索員の活動は、学校に申請すると社会奉仕として単位認定される。

 こうして彼らは早速、翌日から新たなダンジョンに赴く。


 そこには探索員協会の監察官、南雲なぐも修一しゅういちの思惑が巡らされているのだが、彼らはそんな事を知る由もない。


 なお、このメールが何故かクララにだけ届かず、この日の夕方に莉子が教えてあげたのだが、その話は割愛する。

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