第589話 【苦労人のあっくん・その5】バイオリコスパイダーの猛進

 リコスパイダーは元から外皮が極めて頑強だった。

 スキルを弾く上に、巨体にも関わらず動きは俊敏。


 さらに個体によっては子蜘蛛を産み出し、数が膨大なためこちらもかなり厄介。

 極めつきは煌気オーラ弾を口から放つため、物理攻撃以外にも注意する必要があり、近距離、中距離、遠距離のどのレンジでも気は一瞬たりとも抜けない。


 これだけでも面倒なのに、ペヒやん謹製『ハッスル』により煌気オーラ爆発バースト状態。

 モンスターの煌気オーラは主に身体能力の向上に転用されるが、煌気オーラ弾を扱えるタイプは当然その威力も増す。


『阿久津さん! リコスパイダーですが!』

「ふぇ? はいっ!!」


 名前を呼ばれて狂犬モードから正気に戻る莉子ちゃん。

 なお、名前は呼ばれていない。


『あ、いえ。リコスパイダーについてなのですが』

「はいっ! あのクモさんは、わたしの名前を六駆くんが付けてくれたんですよぉ!!」


 訂正します。

 「六駆くんが名付けたから、もうそれは実質愛を囁かれているのと同義」とこちらの乙女は判断した模様。

 つまり、名前を呼ばれていました。


「あぁ……。悪ぃが、対処しながら報告は聞くぜぇ。和泉さん! 援護頼むぜぇ!! 『結晶外殻シルヴィスミガリア』!! おらぁ!! 『結晶大横刃シルヴィスエピセスィ』!!」


 あっくんが最近よく使う、多数の敵を同時に攻撃できる結晶による巨大な薙ぎ払いが繰り出され、5匹全てに命中させた。


「いけない! 阿久津さん! 結晶を戻して防御展開させてください! 小生もサポートを!! 『エクセレンス・ディフェンダー』!!」

「ちっ! 悪ぃ冗談かぁ!? ほとんど無傷でおまけに即反撃だぁ!? くそがぁ! 『結晶小盾シルヴィスバァルド』!! ぐっ!!」


 和泉Sランクの機転と本人の素早い対処でダメージは軽傷に留めるあっくん。

 サーベイランスが悲報を告げる。


『その個体に名称が付きました! バイオリコスパイダー! 危険ランクはSS! 過去に例がないため、ランクは急遽新設です! 子蜘蛛が生まれる前に決着を! どれほどの規模の子蜘蛛が生み出されるのか不明ですが、非常にまずいです!!』


 事態の重大さを理解した遊撃隊のメンバー。

 彼らは全員が団結して、自分に出来得る最高の仕事に着手した。


「ああ、もー! 水戸さん! たっぷり凝視してください!!」

「す、すまない、青山さん! ありがとう!! 程よいサイズだね!!」


「それ、フォローのつもりですか? 絶対に労働組合に訴えますからね……」

「体に煌気オーラが漲る!! 心が燃えて来る!! この高揚感!! 自分は限界をまた1つ超えられそうだ!! 阿久津くん、すまない! 待たせた!!」



「あぁ。水戸さんよぉ。あんた、限界も超えたみてぇだが、常識人枠のラインも越えちまったなぁ? 多分もう帰って来れねぇぜ?」


 さようなら、水戸くん。こんにちは、新しいおっぱい戦士。



「わたしだって!! やっつけますよ!! バイオとか付いたらもうわたしの名前が先頭じゃないですもんっ!! この子たちを殲滅して、リコスパイダーの権利を守りますっ!!」


 莉子ちゃん、煌気オーラ開放。

 戦う動機がいつにも増してしょうもないが、その戦力は数値化できない程頼もしい。


「あーあー。もうめちゃくちゃなんだよなぁ……。まぁ、とにかく、一気に叩き潰すぜぇ! 全員、歯ぁ食いしばってくれよなぁ!! 山場はここみてぇなんでなぁ!!」


 あっくん遊撃隊。

 反転攻勢へ打って出る。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 水戸監察官が右の拳に煌気オーラを集中させる。

 体の一部に煌気オーラを集める戦法は古くから使われているが、未だに運用される機会が多い。


 煌気オーラ総量は修行での増加があまり見込めない。

 時間を費やせば増量するが、効率が悪い。

 よって、煌気オーラ総量に関する修行は切り上げ、煌気オーラコントロールの中でも効率的な運用法を身に着けるスタイルが近年の探索員では一般的。


 水戸信介の煌気オーラ総量は平均的なSランク基準値の2倍近くあり、これは充分に恵まれていた。

 拳に煌気オーラを集約させれば、繰り出すスキルの威力は当然跳ね上がる。


「和泉くん! 防御のサポートを頼む!! 自分が左の2匹を撃つ!!」

「かしこまりました! 『エクセレンス・ウォール』!!」


 治癒スキルが得意な和泉Sランク。

 極めて煌気オーラコントロールの繊細なスキルなため、それを極める事は大半のスキルをある程度扱えると言う証明書。


 体の弱い彼は自分の欠点としっかり向き合い、補助スキルの習得に専念していた。

 つまり、発現される盾スキルだって一級品。


「キュリィィィィ!! グゥィィィィィ!!」

『水戸監察官! 巨大な煌気オーラ砲が来ます! 推定7秒後!』


「それだけあれば充分だ!! 『螺旋糸飛拳スパイラレッドブロー』!! もう一発!!」

「グァイィィィィ」


 水戸監察官の放ったスキルは分類すると、バニング・ミンガイルの得意とする『一陣の拳ブラストナックル』に近いものであり、圧縮された煌気オーラ拳を振り抜くことで対象を撃ち抜く。

 『一陣の拳ブラストナックル』は直接対象に触れることで真価を発揮するが、水戸監察官のスキルは中距離から拳撃を飛ばすやり方でも充分な破壊力を見せた。

 これは糸スキルと併用の妙である。



 あと、おっぱいドーピングによる戦意高揚によるところは極大。



 一方、莉子ちゃんはと言えば。

 煌気オーラを開放した事でバイオリコスパイダーたちを威嚇する事に成功。

 強い者ほど、より強い者の気配を克明に察知してしまうのは生存本能。


 身動きの止まったバイオリコスパイダー目掛けて、阿久津特務探索員が結晶シルヴィスを操る。


「俺ぁよぉ、おめぇらみてぇに破壊力お化けのスキルなんかねぇんだよなぁ。つーことで、性格悪ぃ攻撃するぜぇ! リコ蜘蛛ぉ!! 『結晶シルヴィス』、分散展開!! たまにゃ大技使っとかなきゃなぁ? おらぁ!! 粉々になれやぁ! 『五面包囲金色結晶流星群ペンデ・ディアトン・アステラス』!!」


 5つの衛星から同時に放たれる極大スキル。それは結晶の流星群。

 これにはメタリックに外皮をキメたバイオリコスパイダーも耐えられない。

 断末魔もなく、1匹が粉砕された。


「あのぉ! あっくんさん!」

「あぁ? どうしたぁ? 小坂にゃ残りを片付けてもらわねぇと困るんだがなぁ?」



煌気オーラを纏わせた攻撃ってどうやるんでしたっけ!?」

「……俺を困らせんのがうめぇな、おめぇはよぉ。んな事まで忘れたのかぁ? よく探索員の採用試験通ったなぁ」



 思い出して頂きたい。

 莉子ちゃんは採用試験の際、どうやってクリアしたのか。

 思い出せない方は時空を遡って、まだピュアだった頃の莉子ちゃんを見て来よう。


 そう。

 六駆くんがズルして合格させている。

 莉子ちゃんの放った『ライトカッター』はほんのりとよそ風が吹くレベルだった。


 その後、トロレイリングの補助を受けながら逆神流スキルを習得して行った莉子ちゃんだが、ある時から『苺光閃いちごこうせん』に頼る戦法に傾倒し、し過ぎた結果、だいたい全ての習得したスキルを忘れていた。


 ペーパードライバーのようなものであり、免許を取って1年の莉子ちゃんは主だったスキルの大半を使わなくなって既に半年が経つ。

 しかも仮免に落ちてから教官を恫喝して合格をもらったドライバー。


「……あぁ。分かった、よーく分かった。おい、小坂ぁ。右手に煌気オーラ集めてみろぃ」

「こうですか!?」


 全身から煌気オーラが噴き出した。

 そうじゃないのだが、拳にも煌気オーラがダバダバ溢れているので問題はない。


「日引さんよぉ! 小坂のデータをモニターに出してくれぃ!!」

『はい! ……出ます!!』


 あっくんは素早く全てを読み取る。

 スキルの名前と特性は逆神流が公認されたのち、修正登録されているのだ。


「こいつならイケんだろぉ? 『斧の一撃アックスラッシュ』ってヤツだぁ。手刀に煌気オーラ纏わせて、斧みてぇに斬撃と打撃の2種類のダメージ与えるみてぇだなぁ? 逆神流ってヤツぁ、よく出来てやがんぜ。おら、行ってこい!!」

「あっくんさん! 意外と教えるの上手ですね! 六駆くんの20000分の1くらい!! 小坂莉子! 行きます!! 『瞬動しゅんどう』!! やぁぁぁぁ!!」


 単純な身体強化スキルの『瞬動しゅんどう』は普通に使えた莉子ちゃん。

 高速で同じ名前を持つメタリックな蜘蛛に迫る。


「たぁぁぁぁ!! 『斧の一撃アックスラッシュ』!! ……あれ? ふぇっ!?」


 誤解のないように解説しておくと、『斧の一撃アックスラッシュ』は逆神四郎が考案した逆神流の基礎スキル。

 あっくんが言ったように、少ない煌気オーラで2種類の攻撃を繰り出せる体術スキル。



 決して、大地に巨大な地割れを作るスキルではない。



『ば……バイオリコスパイダーの消滅を確認しました。ええと、それからですね、阿久津さん』

「あんま聞きたくねぇんだがなぁ」


『今の莉子ちゃんのスキルで、討伐対象だったモンスターの群れが消し飛びました。約4割の討伐対象が一瞬で』

「あぁ。……まあ、なんだ。仕事が減って助からぁな」


 その後、「えへへっ。ちょっと失敗しちゃいましたぁ!」と可愛くはにかむ莉子ちゃんだった。

 、とは。


 彼女はいつも日常的な表現に疑問を呈してくれる。

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