第987話 【毎度おなじみ逆神六駆が参りました・その1】お金はどこですか!! あ、間違えた! ピンチはどこですか!! ~お金はどこですか~

 スキルはメンタル勝負。

 逆神六駆のモットーであり、今や全てのスキル使いが縛られている1つの指標。


 メンタルが安定していればジャイアントキリングも起こり得る半面、メンタルが乱れると大物も捕食対象になりかねない、そんな要素。


 逆神六駆とは。


 6つの異世界へ望まぬ転生を繰り返し、最初こそ使命感と充実感を携えて平定していたものの、実力が付いていくのと反比例するように崇高な使命に(笑)を取り付けて、親父にトラックで撥ねられるのも無表情でこなすようになり、周回者リピーターを終えた時には無気力な殺戮マスィーンと化していた。


 もう何もしたくない。


 何もしたくないからお金が欲しい。


 お金を稼ぎたいけど、よく考えたら自分は高校生。しかも17歳。

 中身はとっくに46なのに、学校で若い子に混じって学業に励みそれから就職活動して仕事を重ねてキャリアも重ねて貯金も重ねてやっと隠居できる頃には外側も40代後半くらいになっており、こんなもんやってられっかと手っ取り早く稼ぐために探索員を志す。


 「お母さんに楽させてあげたいんだぁ!!」と真っすぐな瞳をキラキラさせていた小坂莉子氏を過去のものにしたり、南雲修一氏のメンタルを削り切っていっそチャオらせたり、なんやかんやしているうちに六駆くんだけ勝手に綺麗になったのはご存じの通り。

 だが、お金は欲しい。


 隠居するのである。


 家族と気心の知れた仲間とのんびりゆっくりだらりと過ごして、気が向いたら探索員としてちょいと仕事をして、子供を作って「お父さんは何で仕事しないの?」と聞かれたらば「うふふふふ! お金があるからだよ!!」と教育なんか知った事かと言わんばかりのセリフを幼心に染みつけて、感じの悪い成金家族みたいな雰囲気を醸し出しながら隠居生活するのだ。


 目標としていた金額にようやく届きそうになったところで、本部に安置されているはずだが今はひょっとすると死んでるかもしれないフェルナンド・ハーパー氏に資産を凍結させられて、さらに莉子ちゃんと婚約したことで仕事に対する向き合い方も変化。

 マジメに頑張れば、お金はそのうち貯まるんだ。


 そんな綺麗な労働者になりかけていた。

 もうほとんどなっていた。


 が、1億5千万円という響きが彼の中で胎動する。


 あれ! それ貰って今の貯金と合わせたら! あれ!?

 そう。気付いてしまったのだ。


 この戦争でガチれば隠居が叶う。

 僕の頑張って貯めたお金に酷い事したハーパーさんは後顧の憂いなく殺そう。



 気付いてしまったのである。



 つまり、メンタルの面では時折不安定になっていた最強の男が、いよいよもってメンタルも最強に仕上がった。

 そして先ほど現世に帰還。


 日本本部に激震が走ったところであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「うわぁ!! すっごい壊れてる!! 大変だぁ!」


 六駆くんの出現したのは1号館。

 南雲監察官室である。


 厳密には隣接している仮想戦闘空間。

 ここに門が生えているため、現状必ず連結させる必要のある『ゲート』を使えば、これまた必然的に門の生えているところにしか出現できない。


 1号館が無事だったので、難なく帰還をキメる。

 そのまま彼は南雲さんのデスクへ向かい、端末の並ぶ椅子に腰かけた。


 何はともあれ、状況確認。

 窓から見える凄惨な景色だけでは全てを把握できない。



「うわぁぁ!! 豆大福があった!! これ、桐の箱に入ってる!! 絶対に美味しいヤツだ!!」


 豆大福を探していただけでした。



 まず彼は念入りに箱を確認する。

 舐め回すように上から下へ。左へ右へ右から左へ最終的には横から横へ。


「よし!! 賞味期限は今日まで!! これなら大丈夫だ! 僕、お腹壊さない!!」


 賞味期限は目安とかいう戯言を捨てた男に死角はなかった。

 賞味期限も消費期限も絶対に守る。


 もったいないと貧乏性出してお腹壊したら結局損なのである。

 賢くなった六駆くん、とりあえず豆大福をひとつまみ。


「……いや!! ダメだ! ダメ!! 莉子が楽しみにしてるのに!! 僕が先に手を付けたらダメだ!! 怒られる!!」


 綺麗だろうと汚かろうと、嫁さんは怖い。

 豆大福に一礼してから「どうしようかしら!!」と腕組みしていると端末が起動した。


『逆神くん!? なんで戻って来てくれたのか分かんないっすけど! 助かるっす!!』

「あ! 山根さん!! なんかですね、雨宮さんが1億5千万円くれるとか! いや、2億だった気がしてきた! 2億5千万くれるとか言うので!! ちょっと来ました!!」



『……あ。了解っす』


 五十鈴ランドとは通信途絶中だが、だいたい全部把握した山根健斗くん。

 彼も六駆くんとは随分長い付き合いになったので、これ以上の言葉はいらない。



 代わりに端末に本部の地図と被害状況を重ねたマップを表示して「今はこんな惨状っす」と端的に伝えるデキるオペレーター。


「なるほど! じゃあとりあえず、僕はもう1個出てる門の方に行きますね! 空飛ぶとね! バレちゃうから!! ダブルチャンスですからね!! どっちにもバレずにひっそりとヤります!! 行って来ますねー!! ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅうん!! 『ゲート』!!」


 本部にはもう1つ門がある。

 きたねぇヤツで、サイズもかなり小さい。


 ピース編でどっかのお排泄物が出してミンスティラリアに行こうとしたけど叩き返された件をどなたか覚えているだろうか。

 覚えていたらそれは脳のリソースが無駄遣いされている証拠なので、違う事を覚える方が良いと助言しておきたい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 逆神大吾が出していたきたねぇ門。

 歪で存在感もないので戦いが激化しても放置されており、それは東側にあった。


「よいしょー!! うわぁ! ティラミスがたくさんある!! ……これ食べたらお腹壊すパターンだな!? 僕は騙されないぞ!! あれ?」


 眼前には大量のティラミス。

 そのちょっと奥を見ると、開けた場所でよく知っている男女が座り込んでいた。


「ごふぁ!? 逆神くん……? なにゆえ本部に……げふぅ……」


 和泉正春監察官である。

 当然のように佳純さんの膝枕でランデブー継続中。


「あ゛あ゛あ゛あ゛!! 怖い、怖い!! すみませんでした!!」

「ん? どうしたんですか? 逆神くん? 私ですよ? 土門です! 土門佳純!! そのうち和泉になるので佳純呼びを定着させてくださいね!!」


「ども、ひぃ……か、佳純さんですね! あの、ええっ!? いや、どういう状況なのか分からないんですが!! なんで頭から大量の蛇が……!! あと亀がいっぱいいる!!」


 佳純さん、未だにツインテールは蛇のままである。

 当たり前の事をしているだけの佳純さんは首をかしげる。


 かしげると蛇がわささと横に流れて六駆くんが戦慄した。


「和泉さんが体調不良でして! あ、失礼しました! 和泉監察官が!! ですので、私、土門佳純副官は周囲の警戒のためにスキル発現中です!!」


 和泉さんが倒れ伏している以上、佳純ランデブーを再開できない。

 ならば膝枕で監察官の吐血を堪能しているのもまたいとおかしではあるのだが、敵に侵攻されている最中であることを考慮すると太ももを血で濡らして喜んでいたら背後から襲われましたというバッドエンドの可能性だって考慮しなければならない。


 ゆえの蛇と亀。正確にはヤマタノオロチとスッポンとカミツキガメ。



 もう六駆くんに効果がバツグンである。

 一瞬でメンタルが揺らぎ始める、最終形態になりそうだった最強の男。



「か、佳純さ……ん……。逆神くんは蛇が苦手なのでげふっ……」

「そうなんですか! でも、スキル解除したら私たち丸腰ですよ? 丸腰って致すと同義ですか? そういうことでしたら丸腰も受け入れますが、和泉さんの危険の可能性がある以上は私、好む好まざるでスキルの発現を止める事はできません!!」


 末脚系恋愛乙女、佳純さん。

 莉子ちゃんとの決定的な違いは「致す事と任務の両方を遵守する」ことであり、監察官の副官として喩え「最強格がにょろにょろしたものが苦手で実力発揮をできない」という状況があっても彼女は和泉さんを優先する。


 戦局的には間違っているが、副官としては間違っていると言いきれない。

 それを理解した上で不動の膝枕な佳純さん。


「わ、分かりましげふっ。では逆神くん。小生の得ている情報をごふっ」

「あ! 大丈夫です!! ちょっと一旦戻ります!! 佳純さん! その服、可愛いですね!! では! さようなら!!」


 六駆くんが再びきたねぇ門の中へと戻って行った。


 彼が去った後で和泉さんが呟いた。


「捕虜がいたのでげふっ……が……。それも、意識不明と意識ありの両方ごふっ……」

「わー! 逆神くんっていい子ですよね! 彼女じゃない子もちゃんと褒められる男子ってすごく好感が持てます!! 莉子ちゃん、ステキな旦那さんゲットしてますねー!!」


「それはごふっ……単純に蛇に臆しただけでげふぁぁぁぁぁ」

「はい、和泉さんはこっち向いてください! 興奮するからまた吐血しちゃってるじゃないですか! ……パージします!! まずはホットパンツ!!」


 その後、気合で血を吸い込んだ和泉さんであった。

 近くで震えながら状況を見守っていた南野モヒカン、旧名はキスミント。


 「泥を啜ってでも生きて帰って、切り干し大根を美味しく作ろう。私なんか前線に出て来ても本国に迷惑をかけるだけだった。ヒャッハー」と、故郷に思いをはせる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 再び南雲監察官室に戻った六駆くん。


「はぁ、はぁ、はぁ!! 怖い!! 佳純さんが敵だったら僕、負けてたかも!! デカい蛇もむちゃくちゃ怖かったけど、普通サイズのがいっぱいいる方が怖い!! ……豆大福食べよう。1個くらいなら莉子も怒らないよ。ちょっと落ち着かないと戦えない!」


 結局豆大福を1つ摘まんでモグモグし始めた六駆くん。

 「あれ!? 逆神くんが戻って来てるっすね!?」とこちらもカロリーメイトを食べてロキソニン飲んでいる山根くんが気付いた。


 佳純さんのおかげで作戦会議の好機が生まれたのである。

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