第73話 Aランク探索員・梶谷京児登場 ヤメておけば良いのに無茶しやがって

 山嵐が兄貴と呼ぶ男が現れた。

 特筆すべき点はひとつ。


 頭が真っ赤なモヒカンだった。


 山嵐はソフトモヒカンの先端を赤く染めている。

 対して、この兄貴は真っ赤なモヒカンが頭から生えており、見た目はもちろんのことそのヘアースタイルで日常生活を送っている事を考えたらば、なるほどこれはもう兄貴と呼んでも差し支えないかと思われた。


「六駆くん、六駆くん! もう、行こ? この人たちに関わると、絶対面倒なことになると思うもん! わたし、別に怒ってないから!」

「ああ。そうだね。僕も攻撃されたからつい防御したけど、事を構えるつもりはないし。よし、スルーしよう!!」


 大人な対応のチーム莉子。

 半壊した山嵐組の横を避けるようにして、先へと進む。


「ヘイ、ちょっと待てよ! そこのボーイ!!」


 まあ、そうなるだろうと思っていた。

 恐らく諸君もそう思っていただろう。

 この展開で「あ、どうも」と登山者がすれ違う時のように一礼で済んだら、そっちの方が事件である。


「ええと、なにか?」


 ちなみに、山嵐と遭遇してからリーダーの莉子ではなく、六駆が交渉の窓口になっているのは、過去に莉子とクララを危険に遭わせた苦い記憶からの反省である。

 先ほどの錯乱する山嵐の一撃を防いで見せたのも、その対応が功を奏した結果だった。


「ユーさ、ミーのブラザーに手を出しておいて、そのまま素通りはナッシングじゃないか?」


「ちょっと、ちょっと! そっちが先に仕掛けて来たんでしょー! おかしな言い掛かりはヤメて欲しいにゃ!」

「みみみっ。芽衣は静かにしているです」


 普段は平和主義のクララだが、仲間が不当な扱いを受けると怒りに燃える。

 思えば、かつて御滝ダンジョンで初めて山嵐とやり合った時もそうだった。

 ぼっち……ソロ探索員としての時間が長かったクララにとって、仲間とはかけがえのないものなのだ。


「ヘイヘイ! ガール! ユーの言う通りだったとしてだ。ブラザー助三郎すけさぶろうが攻撃せざるを得ない状況を作った、そっちのボーイにも非があるとは思わないか?」

「バカなんじゃないの? バカブラザーだー。六駆くん、言ってやれー!」


「ええ……。正直関わりたくないですよ。喋り方からしてアレですよ。もう行きましょう。本当に時間の無駄だ」


「ハハハ! ボーイは勝てない相手を認識できる賢さを持っているね! いいよ、許してあげよう! ミーは寛大な男だからさ! そうだ、せっかくだから、名前を聞いて行くと良い! ミーは梶谷かじたに京児きょうじ! Aランク探索員さ!!」


 梶谷かじたに京児きょうじ。25歳。

 先月、念願のAランクに昇格した新進気鋭の探索員である。

 実際のところ、20代半ばでAランクになれる者はごく少数。

 しかも、Bランクからは協会本部が審査を行うため、その実力に太鼓判を押しているのは探索員の大本営ということになる。


 彼は新種のモンスターを狩る事を専門にしており、ダンジョンの攻略自体にはさほど熱心ではない。

 むしろ、その分野に情熱を捧げる探索員の数が少ないため功績をやや過剰に評価された側面はあるが、それでもAランクに変わりはなく、実力は本物のエリート。


 なお、髪を真っ赤に染め上げて鶏冠とさかにしていたり、赤塚不二夫先生のキャラみたいな喋り方をしていたりと、舎弟にしている山嵐共々、強い自己主張を心掛けている。


「ああ、そうですか。それでは、失礼します」

「ふふん。ここまで言われて素通りとは、ユーたち腰抜けもいいとこだね! おや?」


 梶谷は列の最後尾で身をかがめていた芽衣を見つけて、「アーハハ!」と笑う。

 どうも芽衣の事を知っている様子だった。


「ヘイ、ガール! ユー、木原芽衣じゃないか! 監察官のコネを使って、アイドル扱いされている探索員の面汚しめ! おいおーい、こんなガールをパーティーに入れるとか、リーダーは前が見えないくらい濃いサングラスしてるんじゃないのかーい? アーハハ!!」


 大人の対応を取っていた莉子だったが、今の言葉は聞き捨てならない。

 芽衣は実際、その風聞によってひどく心を痛めている。

 そして、その辛い噂に負けないようにと、頑張って修行の道を選んだ。


 それを知っている莉子が、黙っていられるはずがない。


「ちょっと! あなた! 今の言葉は取り消してください!! ひゃわっ!? ちょ、六駆くん! なにするの!? どいてよぉ!」


 あろうことか、抗議する莉子の前にずいと体を割り込ませる六駆。

 まさか、ここに来て本当に苦み走った大人の男として、小僧の妄言に聞く耳持たぬ姿勢を貫くのか。



「……ふぅぅぅんっ!!」

「あしゃぺぇっ!?」



 全然違った。

 六駆おじさん、ノーモーションのガチビンタを梶谷に食らわせる。


 大人の対応を守れなかった彼なのに、心がスッキリしたのは何故だろうか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ゆ、ユー! 手を出したな!? つまり、これから先は、ミーの正当防衛と言う事になるけど、良いんだな!? ヘイ、ユー!!」


 六駆は指をポキポキ鳴らして、梶谷の言葉を聞き流す。

 彼には彼の理屈があった。


「今の僕の攻撃こそが正当防衛ですよ。言葉の薄汚い攻撃を受けて、うちの弟子とうちのリーダーがけなされた。だから、僕は正当防衛に打って出たんです。なんでも、探索員同士のスキル攻撃って禁止されてるらしいじゃないですか? なので、手が出ちゃいました」


 六駆おじさん、渾身の屁理屈が火を噴いた。

 言っている事は何となく正しいように聞こえるが、ぶっちゃけると自分の暴力の正当化である。

 法治国家では、口論と暴力を関連付けてはならない。


 相手がいくら口で攻撃してきたも、手を出した方が負けなのである。


 ちなみにそんな理屈も異世界帰りのおっさんには通用しない。

 数々の無法地帯で力こそ正義の国を渡り歩いて来た六駆にとって、口だろうが手だろうが、出されたらやり返すのが彼のジャスティス。


「なんて程度の低さだ! コネの木原を仲間に入れて、パーティーの名前を売りたいんだろう? だったら、名前を売るもっと手っ取り早い方法を教えてあげよう! 愚かにもミーに喧嘩を売ってボロ雑巾のようにされたという素晴らしい事実は、さぞかしユーたちの名前を業界に広める事だろうよ!!」


「あ。言いたい事は全部言えましたか?」

「何を余裕ぶっているんだ、ボーイ! 内心ガクガク震えてるんだろう?」



「そぉぉぉぉいっ!!!」

「まきゃぶへらっ!?」



 六駆おじさん、今度は反対の手で再びビンタ。

 しかも耳に直撃させるというダーティープレイ。

 ビンタを耳に当てると、その衝撃でひどい場合は鼓膜が破壊される事もあるため、諸君は絶対に真似をしないで頂きたい。


「あ、すみません。さっきのビンタはうちのリーダーの分で、今のヤツが芽衣の分なんです。こういうのって、キッチリ勘定しないと僕、気が済まなくて。ほら、ご飯食べて割り勘しようって時にピッタリ割り切れないとモヤっとするじゃないですか」


 相手を煽らせるなら、おっさんにお任せ。

 実に良い感じに半笑いで挑発するのだから、人生経験の妙を感じる。


「ユー!! ゆ、許さんぞ!! 覚悟はいいんだなぁ!?」


 六駆は自分の後ろにいる莉子に視線で問いかける。

 彼女はハッキリと言った。


「いいよ! 六駆くん、やっちゃえっ!!」

「心得た! 任せといて!!」


 莉子さんの許可を得た六駆おじさん。

 ダンジョンの攻略そっちのけで、何やらバトルの予感が漂い始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る