第1177話 【きっと最後の日常回・その13】古龍偽りのパーリーピーポー・ナグモさんの敵本拠地から「チャオ!!」 ~もうストレスでおかしくなりそうチャオ!!~

 久しぶりに最終決戦の地。

 バルリテロリ皇宮に視点が戻って来た。


 ナグモさんはご存命だろうか。


「チャオ!! ふぅー! イェア!! チャオ!! チャオ、チャオ!!」



 手遅れだったかもしれない。



「ナグモ監察官。どれほどふざけられても私には分かります。分析スキルは血圧や脈拍、その他諸々のバイタルサインによってその者がいかに正常かを測定できるのです。……ナグモ監察官。お気の毒ですが、最も正常ではないのが見た目という結果が出ました。道化を演じて現実逃避されるのをおヤメください」


 緑色の外皮から煌気オーラを放出しながらナグモさんが叫んだ。


「もうチャオるしかないじゃないですかぁ!! 私、古龍の戦士になったって逆神くんの指一本で殺される状態なんですよ!? そりゃあね、私は殺されませんよ! 逆神くんにとって私! すっごく有用ですから!! でもぉ! それってちょっと前までの話なんですよ!! ライアンさんだって分析スキルと仰るのならとっくに済んでいるでしょうに!! 分析ぃ!! ……逆神くん最終バージョンはァ! うるさいですね。とか言って! 一旦殺してから生き返らせるっていう! 彼の非人道的なヤツをじっくりコトコト煮詰めた結果できた殺生石みたいな仕上がり方してるんですからぁ!! そして死んでた時の記憶がないから、仮に私が殺されても全然気付けない!!」


 ナグモさんが長尺の地獄語りを済ませてから、フッと澄んだ瞳をしてライアンさんに尋ねた。



「ねぇ。ライアンさん? 今の私は何人目のナグモですか?」

「ナグモ監察官。お心を強く持ってください。私がカウントしている限りはちゃんと2人目ですので。皇宮突入時以降はお亡くなりになっておられません!!」



 何の慰めにもならない事実が飛び交う、そんな地獄でナグモさんはお仕事中。

 これは日常回です。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ナグモさんが心をヤっちまうのは良くない。

 彼には最後の最後、あるいは最期の時までちゃんと六駆くんの近くで実況と解説とツッコミとリアクションを取ってもらうという使命がある。


 これはこの世界において最も崇高な行為のひとつ。

 4つじゃないかバカヤローと憤られる方には申し上げたい。



 4つで収まらないかもしれないからひとつで括っているのである。



 そんなストレスマッハなナグモさんの元へ、ノアちゃんがやって来た。

 続けて穴を空間に出して手を突っ込み、取り出したのは。


「ふふふふーんす!! あ、ナグモ先輩! 今のドラえもん先輩が道具出す感じにしたんですけど、これって査定アップですか!?」

「アップだよ……」


「では。どうぞ!! コーヒーセットを取り寄せました!! ふんすです!!」

「ノアくん……。君ぃ……」


 事ここに及べば、いくら氏が愛してやまないコーヒーだとしても、たかが黒くて苦い汁でメンタルが回復できようはずもなく。



「こ、コーヒーじゃないかぁぁ!! ノアくん! 君ぃぃぃ!! ありがとう!!」


 回復できるそうです。



 よく考えてみれば、コーヒーは南雲さんの全て。


 人生の伴侶である京華夫人よりも先に出会っており、逢瀬を重ねた恋人。

 仕事のパートナーとして長き時を共にしてきた山根くんよりも氏を支えて来た相棒。

 師匠である久坂さんが「ひょっひょっひょ。修一はすーぐ日和るわい」とたまに突き放していた時に、優しく芳醇な香りで癒してくれていた薬箱。


 ナグモきみを守るため。

 そのために生まれて来たのかもしれない。

 それがコーヒー。(出典・ナグモ解体新書 元アトミルカ3番クリムト・ウェルスラー著 ウォーロスト獄中出版)


「淹れよう! コーヒー!! ライアンさんも飲みますよね? ノアくんはカフェオレにしようか!!」

「ナグモ監察官? あちらで仕上がっておられる逆神師範は呼ばれないのですか?」



「すみません。ライアンさん。このコーヒーは3人乗りなんです」


 コーヒーに定員制が導入された瞬間である。



 コーヒーセットを広げて、まずはお湯を立てる緑の竜人。

 コーヒーを淹れるには豆やカップはもちろん、何は置いてもまずはお湯。

 完璧な温度のお湯からしか生まれない至高のコーヒーがあるのだ。


 南雲さんのお出かけコーヒーセットは焙煎済みの豆が基本。

 焙煎したての新鮮な豆は炭酸ガスを多く発生させるのと同時に香り成分も強く出してくれるじゃじゃ馬だとマエストロ・ナグモは語る。


 お出かけセットは出先で挽き立ての豆を用意するのが難しいため、焙煎して少し時間の経ったものを密閉保存している。

 酸化の進んだ、いわゆる劣化したものになるのは致し方ないが、マエストロ・ナグモは首を横に振る。


「違うんですよ。全然分かってない。もう、私の話を全然聞いてませんね。劣化と言いますけどね。人だって年を取れば若い頃とは違うんですよ。所作や考え方とか」

「はい! ナグモ先生!! 加齢臭はそこに含まれますか!!」


「良い質問だね、ノアくん。含めないで!! 自分でもびっくりすることあるんだから! 徹夜明けに顔だけ洗って仕事行こうとして、首の汗を拭いたタオルの匂い嗅いでね? あ。これはシャワー浴びなきゃダメだって痛感する時の、言葉にできない思い。あれはね、急に来るんだよ。昨日まではそんな事なかったのに! って思うの。私は。でも、周りの子たちはいつからそれを感じてたの!? って考え始めたらね、もう職場に行くのが怖くなるの」

「だから南雲先生は山根先輩と2人ぼっちだったんですね! ふんすです!!」


 ナグモさんが「うん……。山根くんも散々加齢臭でいじってくれたけどね。最近は言わなくなったよ。早い子だと20代後半くらいでもう来るから。ふふふ」と呟いて、コーヒーのドリップ作業に戻った。


「そうだった。話の途中だよ。……人もコーヒーも同じ。時間が経てば経年劣化と言いがちだけれど、その時の味があるんだ。ほら、いい香りだろう? 少し酸化が進んでいる分、癖はあるけれどもこれはこれでいいんだ。……よし。さあ、ライアンさん。どうぞ。ノアくんはカフェオレね」


 マエストロ・ナグモは喩え戦地でも、喩え最終決戦でもコーヒーに妥協はしない。

 まずは温めておいたカップに注いだコーヒーをしっかりと嗅ぐ。


「……こっちの形態でコーヒー飲むの初めてだったよ、私。あのね、聞いてくれる? 古龍化してる時って五感も違うのよ。全然匂いがしない。ええ……。そりゃないよ……」


 『古龍化ドラグニティ』は五感を鈍くすることで耐久値の底上げを図る要素もあるため、例えば痛覚だったり、嗅覚、味覚などは鈍くなっている。

 逆に聴覚と視覚は鋭くなっていたりするので、人間とは似て非なるもの。



 そもそも人とはそんなに似てないとか言ってはいけない。

 けものフレンズに対する冒涜ぞ。



「まあ、良いか。これはこれで。…………うん。悪くないな! 舌もなんか強化されてて熱さ感じないけど!! そう言えば私、ブレス噴けるらしいんだよね! やった事ないけど! バルナルド様が言ってた! じゃあ熱湯だろうと冷水だろうと同じじゃないか!! くそぅ!!」

「落ち着かれませ、ナグモ監察官。このコーヒーは実に美味です。私の分析スキルでもB+と出ております」


「……それ、最高評価はSですか?」

「URです」



「くそぅ!! 割と上限があるタイプの評価だ!! ソシャゲ寄りだ!! 椎名くんがよくやってるから覚えてるんだよ、私!! じゃあB+なんてむしろ低評価じゃないですか!!」


 南雲さんがナグモさんなばっかりに、コーヒーがズッ友になってくれない。



 そこにやって来たのはサーベイランス。

 日常回時空でもあっちこっちに飛び回って仕事をしている実は働き者な山根くんの操縦する便利メカが飛んできて、すぐに『緊急のお知らせ持って来たっすよー』と結構陽気な声が聞こえる。


「山根くんか。私さ、古龍化した状態で日常回が終わろうとしてるんだけど? なによ? どうせまた私の面白映像撮りに来たんだろうけど。そんなね、敵の本拠地のど真ん中で私だってそう易々と面白リアクションなんか取ってあげられないよ?」


 ライアンさんが人差し指に残り少ない貴重な煌気オーラを集約させて、目の前の虚空を四角く描いた。

 機動隊員が持っている盾のような形をした簡易的な煌気オーラ壁が構築される。


「ノアちゃん。こちらへ」

「ややっ! 来るんですか!? 興奮しますね!!」


 そんな2人を横目で見ながら、ナグモさんがため息をつく。


「見くびられたものだよ、私も。コーヒー飲んでるからって、これ噴く流れだ! って、そう言いたいんでしょうけれど? 押すなよ、絶対押すなよのパターンに入れられたところでね。私、そういう誘いに乗ったことないですからね。ライアンさんはご存じないでしょうけど。分析スキルも底が見えましたね」


 ちょっといじけているナグモさん。

 山根くんが告げる。


『いいっすか?』

「どうぞ? いいけど? 私はこの不自由な五感でもコーヒーを愉しむよ。まったく、心が安らぎやしない」



『雨宮さんがピュグリバーで戴冠式を済ませたんすよ。だもんで、正式に探索員協会から退役する事が決まったっす。やったっすね! ナグモさん! 上級監察官が夫婦でデキるっすよ!! おめでとうございまーす!』

「ぶふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 これが日常。

 あるべき日常である。



「えっ。やだ。待って。若い子のSNSでさ。え、待って無理。が定型文みたいになってて、なんでなのかなーってずっと思ってたんだけどね、私。これ、本当に咄嗟の時には出るね。えっ。待って? 雨宮さん、辞めたの!? 聞いてないよ!? 私、一応今って最高指揮官だよね!? ……聞いてないよ!!! 伝えてよ!!! 相談してよ!!! もうそれ決まったの!? 撤回は無理!? え、待って無理!!」


 ナグモさんになっても南雲ブレンドは芳醇な香りと酸味の利いた奥深い味わいでなんやかんや心を落ち着かせてくれたという。

 吉兆ですね。


 ナグモ上級監察官殿。

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