第1178話 【きっと最後の日常回・その14】呪縛から解き放たれたバニング・ミンガイルさん ~これを自由と呼ぶのならば、私を再び縛って頂きたい~

 ついに長き戦いの人生から解き放たれたっぽいバニング・ミンガイルさんは「ふっ。もう私のような老兵が出る幕はなかろう」と周囲を走る若き戦士たちを頼もしく感じながら、小鳩隊に帯同していた。


 戦いが日常だった男の日常から戦いがなくなった。

 これは何かしらのパラドックスが発生するのではなかろうか。


 古代ギリシアのパラドックス提唱者、エレアのゼノン氏に是非とも聞いてみたいので、やはり恐山。恐山のイタコが全てを解決してくださる。

 エレアのゼノンという響きがどことなく聖闘士星矢みがあるのも古代ギリシアが関係しているかと思いちょっと調べてみたら、エレアって地名だったと知った時のリアクションに困る感じをどうしたら良いのか。


 でもエレア派という学派が生まれているのだから、異名や二つ名の起源なんて意外と平凡なものなのかも知れない。

 では、バルゴのシャカという響きがカッコ良すぎる事についてはどうか。



「ふん。バニング。チュッチュチュッチュチュッチュ。これを使え」

「……サービス。お前、どうして急に私と距離を詰めて来た? 察するに、お前は自分の日常回がないからと言って、私にすり寄って来たな? こんなものくれてやる。その練乳と一緒に持って帰れ」


 関係ない事を考察していると被害者が出てる。この世界の日常だった。



 気付けばバニングさんとぴったり並走しているサービスさん。

 サービスさんが名前で相手を呼ぶのは最近だとノアちゃんと芽衣ちゃま、加えて瑠香にゃんリモートに乱入して瑠香にゃんと連呼していた。


「訂正を求めます。瑠香にゃん、そんな記憶ありません」

「にゃはー。瑠香にゃんは日常回に来て日が浅いからにゃー。慣れたら何となく記憶が残るようになるぞなー」


「さらに訂正を求めます。日常回はこれが最後だと瑠香にゃんは記録しています」

「にゃー。瑠香にゃん、瑠香にゃん。大人は嘘をつくんじゃないぞな。間違いをするだけなんだにゃー」


「…………? 瑠香にゃんは人工知能をスリープモードに戻します。この時空は瑠香にゃんにかかる負荷が大きいです」

「あいあいにゃー。この後でまとめの恋愛ってクソだにゃー回があるから、それまであたしがおんぶしてあげるぞなー」


 どら猫の適応能力が高いだけであって、全ての者がメタ空間の全容解明をしている訳ではない事を諸君には承知して頂きたい。


「おい。よせ! お前!! 練乳を寄越して来るな!! 私は甘いものを好かん!!」

「ふん。チュッチュチュッチュチュッチュ。チュッチュ?」


「何を言っているのかも分からん!! そもそも、お前とてピースのトップに立っていた男だろうに! なにゆえ人との距離感がここまで下手くそなんだ!? どうやって調整していた!?」

「ふん。チュッチュ。ライアン。チュッチュ」


「……ライアン殿と異常なほど気が合う理由が今さらながらによく分かった」

「ふん。バニング。俺の右腕になれ」



「おい! 誰か助けてくれ!! これならば死にかけている方がよほど楽だ! いや! もう莉子の恋愛相談回でいい!! 莉子を呼べ!! まさか今回、この整えていない白髪の相手をさせられるのか、私は!!」


 戦いが日常だった男から戦いを引っこ抜くと、新しい地獄が生まれる事が分かった。



「ふん。……これを使え。お前を認めよう。バニング。チュッチュ」

「ふざけるなよ、お前! 1度チュッチュしたものをどうして相手に贈って友誼を築けると思う!? 嫌悪感しか湧いてこないとなぜ分からん!?」


「ふん。チュッチュチュッチュチュッチュ」

「開き直ってチュッチュを増やすな!! 1度相手に差し出したものを1度の遠慮で引っ込めるな!!」



「ふん。チュッチュチュッチュチュッチュ。バニング。これを使え」

「そういう事ではない!! もうチューブがペコペコになっているものを私に渡して! それを仮に私が使って! お前はどんな気持ちなんだ!!」


 ニィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ。



 バニングさんは「誰か! 助けてくれ!! あるいは敵!! 今すぐ襲ってこい!! 私を!!」と悲痛な叫びを轟かせたが、バルリテロリは日常回時空をちゃんと順守して不介入をキメているし、莉子ちゃんはダズモンガーくんの背中でまたスヤァしているし、そのためダズモンガーくんは近くに来てくれないし、芽衣ちゃんはダズモンガーくんの尻尾をモフモフしているし、小鳩さんは先陣を務めてもう日常回の出番は終わりましたものと既に本編時空に入ったつもりでいるし、応答してくれる者がいない。


「うにゃー」


 いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「……ガチャと言ったか。クララ。お前がよくやっているゲームの、くじ引きは」

「言い方からおじいちゃんみが漂ってるけど概ね合っとりますにゃー」


「私は今、そのガチャで何を引いた?」

「ふん。バニング。これを使え」



「中身のなくなった練乳を差し出してくるな!! 何に使うのだ!! おい、クララ! ガチャとやらには外れが入っているのか!? 金を払って外れを掴まされるのか!! 日本人の娯楽感覚はどうなっている!?」


 普遍的な日本人の感覚をどら猫に尋ねるのはご遠慮ください。



 サービスさんは仲間が欲しい。

 友達百人できるかなとウキウキしている訳ではないが、ライアンさんとは別行動で芽衣ちゃまがダズモンガーくんの尻尾に奪われている今、ちょっと寂しかった。


 ピース時代も今は贖罪のために呉に植わっているペヒペヒエスか、終盤でゲットした辻堂さん、そしてずっと一緒だったライアンさんの誰かが絡んでいてくれた。

 それが今はどうだ。


 誰もいない。


 そこで見つけた、バニングさん。

 戦いの使命から解放されたらしい歴戦の雄を見て、サービスさんは「チュッチュ」と思った。


 質の悪いメンヘラ女子に恋されたみたいなバニングさん。

 これが最後の日常回でいいのだろうか。


「うにゃー」


 いや、まだ希望はある。

 ここに「にゃー」と鳴く、日常回でも本編時空でも戦闘、コミュニケーション、サブカルチャーと結構なんでもイケる、イケないのは大学と努力だけというクララパイセンが、なにやら訴えかけるような瞳で2人のじじいを見つめていた。


 バニングさんは62歳。

 これを1じじいとすると、サービスさんは少なく見積もっても3じじいに相当するはず。


 だが、パイセンは22歳。

 22歳から見たら、62歳も62歳が3倍プラスαになっても割とじじい。


 そしてこのどら猫、年配者からは特にオヤツを貰う事に長けている。


「ふん。猫。これをくれてやる」

「にゃはー! さっき瑠香にゃんにもらったクラッカーに付けて食べるぞなー!! 莉子ちゃん用の太もも装備も甘くないヤツは結構残っとるんだにゃー! ウマウマだにゃー!!」


「よし。クララ。そのままサービスの相手をしてやってくれ」

「バニングさんも練乳チュッチュするぞなー。郷に入っては郷に従えって言うにゃー」



「私はそれほどまでの業を未だ背負ったままなのか?」

「日本語って難しいぞなー」



 いつもならばこの辺でミンスティラリアにいるアリナさんに視点が移り「バニングの身に何か起きておるような気がする……」と、空を見上げて憂いてくれるタイミングだが、残念なことにほとんど同時刻、ミンガイルさんちの奥さんは悪辣な魂が魔王城に顕現しようとしていたためゴーストバスターズしていたところ。


 こんなところでも被害をもらたす災厄。

 水戸くんである。


 サービスさんがポケットから練乳を5個一気に取り出した。

 これにはバニングさんも物申さずにはいられない。


 氏はスキル使いとして自身を追い込み、己が力のみで研鑽を続け歴戦の雄まで上り詰めた。

 対してサービスさんはデトモルトの技術を使い、痛みや苦しみは伴うものの加齢と若返りを繰り返して強くなるというドーピングみたいなレギュレーション違反を犯しており、この時点で両者は相容れぬ関係にある。


「お前。そのポケットはどうなっている」

「ふん。俺に興味を持ったか、高みに立つバニング」


「よせ。ヤメろ。私を高みに連れて行くな。私はもう平身低頭生きていく」

「俺のポケットには時間を凍結させた空間を生み出している。ふん。不思議に思うか? お前ほどの男が」


「よせ。本当によせ。私を持ち上げるな。頑なに高みへと連れ去ろうとするな」

「時間を凍結させれば圧縮も可能。つまり、凍りついた時の空間は俺の裁量でいくらでも収縮させることが可能。……ふん。敢えて俺に説明をさせるか。高みに立つ……高みング」



「こいつ……! 私を利用して面白さアピールして来ているのか……!? 手遅れだ! もう尺がない!! よせ!! このまま終わると次が怖い!! いや、クララ! 次はない! そうだな!? お前の口からそれを聞けたら、私は心がとても安らかになる!! 頼む!!」

「にゃはー。じゃあ! そうですにゃー!!」


 「じゃあ! を付ける必要はない!! それを付けたらもう逆説的な感じになるだろうが!!」と力強いツッコミを繰り出したバニングさんである。



 そこにやって来たのはダズモンガーくん。

 遅れて来た日常回の大物ルーキー。


「ぐーっはははは!!」

「ダズモンガー殿!!」


「莉子殿が目を覚ましましてございまする! バニング殿にアリナ殿と結婚式の予定はどのように立てたのかと是非伺いたいと申しておられまするぞ!!」

「えへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ! やっぱり時間は有効活用しないとですから! 教えてくださいっ!!」


 バニングさんが天を仰いだ。

 もうそこには変な色の空もない。


 本当に諦めたような「ふっ」という空気の漏れる音を出したのち、バニングさんが言った。



「サービス。1番甘くないヤツを寄越せ。やはり莉子の恋愛相談はいささか苦い」


 ニィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ。



 日常回時空が恐らくエピローグ時空に連結するであろう未来を把握している者はまだこの場に、いやさ、この世界に存在しない。


「うにゃー」


 存在しないのだ。

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